よい)” の例文
日の暮れるのが早い季節で、暮れてから大分になるが、時間としてまだよいの口だ。だのに、細い路地には早くも人がひしめいていた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
源氏が二条の院へ帰って見ると、ここでも女房はよいからずっとなげき明かしたふうで、所々にかたまって世の成り行きを悲しんでいた。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
夜は好きなだけよいっぱりしていられるし、いつ起きようと、家賃を催促する下宿の主人とか家主とかにつきまとわれずに出あるける。
見ると、間のふすまが二しゃくばかりいて、そこにKの黒い影が立っています。そうして彼の室にはよいの通りまだ燈火あかりいているのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一昨日おとついばんよいの口に、その松のうらおもてに、ちらちらともしびえたのを、海浜かいひんの別荘で花火をくのだといい、いや狐火きつねびだともいった。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まだ暮れたばかりの夏のよいのことだった。不意に起った銃声に、近所の人々は、夕食のはしほうりだして、井戸端のところへ集ってきた。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
乗客の視線が、自分の身体にふりそそぐのを感じながら、彼女は村川と一緒に、銀座のよいを散歩する幸福を、いろいろに想像していた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
英気をやしなうため、よいのくちに、ほんのちょっと寝ておくつもりだった竹童ちくどうは、いつかはなから提灯ちょうちんをだしてわれにもなく、大いびき。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
七日のよいがまたうってつけのたなばた晴れで、加うるに式部小町とあだ名をされた上野山下の国学者神宮清臣かんみやきよおみ先生の愛女まなむすめ琴女ことめ
まだよいのうちは帳場の蓄音機が人寄せの佐渡さどおけさを繰り返していると、ぽつぽつ付近の丘の上から別荘の人たちが見物に出かけて来る。
沓掛より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
薬売くすりうりの小父おじさんは、そのよいみなとから汽船きせんって、むすめをつれて、とおい、とおい、西にしうみしてはしっていったのであります。
二番めの娘 (新字新仮名) / 小川未明(著)
よいのうちに私の謀略でしたたか酒を飲まされていたその成金は、いまやひどく神経質な態度で札を切ったり、配ったり、打ったりしたが
闇夜やみよだった。まだよいの口だ。開墾地に散在している移住者の、木造の小屋からは、皆一様に夜業よなべの淡い灯火あかりの余光が洩れていた。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
お兼 ほんとによいのあなたはみじめだったわ。坊様はあなたの皮肉に参らないで、かえってあなたを哀れみの目で見ているようでしたよ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
よいから朝まで寝言の言い続け、コレお登和こうしてくれ、ソレお登和ああしてくれとお登和さんという名が百遍も出ましたろう。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
まだよいの口から、家の周囲はひっそりとしてきて、坂の下を通る人の足音もすくない。都会に住むとも思えないほどの静かさだ。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
屋敷町やしきまちのことで、まだよいうちであったにもかかわらず、あたりはいやにしんとしずまり返っていた。時々犬の遠吠が物淋しく聞えて来たりした。
幽霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小野と新吉とが、間もなく羽織袴を着けて坐り直した時分に、静かなよいの町をゴロゴロと腕車くるまの響きが、遠くから聞え出した。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あちらこちらでふくろうがホーホーといて、夜の七時といえば都会では、まだほんのよいの口です。銀座なぞは人で、さぞ雑踏しているでしょう。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
雛のよいの可愛いい飲食なども、本来はまた野外の楽しみを移したものらしく、しかも天龍川や相模川の川沿いで、この際に古雛を送り流し
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
よいもすぎたが、すると、家来が来て、中村座の雪之丞が、久々にて、機嫌うかがいのため、参館したことを知らせるのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
よいの大津をただふらふら歩き廻り、酒もあちこちで、かなり飲んだ様子で、同夜八時頃、大津駅前、秋月旅館の玄関先に泥酔の姿で現われる。
犯人 (新字新仮名) / 太宰治(著)
夜の八時ごろ、私はいつものようにお幸のもとに参りますと、この晩はよいから天気そら模様が怪しかったのが十時ごろには降りだして参りました。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
土にみ入るように降りしきって、軒端をつたうしずくのおとがそゞろに人を物思いに誘うと云う晩、織部正はよいの口から夫人の部屋に閉じ籠り
よいの中に二人客がつき、終電車の通り過る頃につかまえた客は宿屋へ行ってから翌朝まで泊りたいと言出す始末であった。
吾妻橋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
まだよいのうちの出来事で、内外の戸締りもなく、庭は打ちつづくお天気に踏み固められて、足跡一つ残ってはおりません。
夕汐ゆうしおの高い、もやのしめっぽいよいなど、どっち河岸を通っても、どの家の二階の灯もなまめかしく、川水に照りそい流れていた。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
もしまた、馬や、駕籠かごや、人足の用があらば、よいのうちに宿屋の亭主にあってよく頼んでおくがよい、相対あいたいでやると途中困ることがあるものだ。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
妾をば別にとがめざるべき模様なりしに、よいのほどしたため置きし葉石への手書てがみの、寝床の内より現われしこそ口惜しかりしか。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
春が過ぎ夏がおとずれ、水郷の祭のよいであった。社詣やしろまいりの戻りの女車おんなぐるまがつづいて、いずれが筒井の車だか分らなかった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
昨夜ゆうべよいから容子が変なので行李の産所へ入れるとは直ぐ飛出して息遣いきづかいも苦しそうに喏々ニヤニヤきながら頻りと身体からだをこすりつけて変な容子をする。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
三味線さみせんは「よいは待ち」をく時、早く既に自ら調子を合せることが出来、めりやす「黒髪」位に至ると、師匠に連れられて、所々しょしょ大浚おおざらえに往った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
昨日カヤノが帰ってゆき、今日よいの上りで高子がたち、明方近くの下りでミチを送りだすと家の中はしんかんとした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
火鉢一つでは、こんな天井の高い家ではもうしのげる時節ではない。それによいもだいぶふけたらしかった。おまけに酒の酔いもさめぎわになっていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
よいから夜中に掛けてツクを乗りますが、是は不思議なもので、代々近村の重次郎じゅうじろうと云う人がツク乗りを致します、其の扮装なりが誠に可笑しゅうございます。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
なかでも夏のよいの別れの場面などは、遠い昔に読んだ荷風かふうの『六月の夜の夢』を思わず想い起させるほどの情趣に富んだものだが、まあそれはそうとして
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)
ある蒸し暑い夏のよいのことであった。山ノ手の町のとあるカフェで二人の青年が話をしていた。話の様子では彼らは別に友達というのではなさそうであった。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
政雄はその晩既によいくちに隣町の淋しい処で女を襲おうとしたが、人が来たので逃げ、それから近くのカフェーへ入って酒を飲みながら夜をかし、そして
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
よいうちに内野さんと下村さんの二人でそりゃ大議論をしたのよ。先生は書斎でいつも通りご勉強でしょう。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
よいから勢いを増した風は、海獣の飢えに吠ゆるような音をたてて、庫裡くり、本堂のむねをかすめ、大地を崩さんばかりの雨は、時々砂礫すなつぶてを投げつけるように戸を叩いた。
死体蝋燭 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
よいに月が出る時は、いつも矢車草やぐるまそうの森の精が御殿の庭まで迎えに来てくれました。王子は千草姫の所に行って、御殿の戸がしまる十時少し前に帰って来られました。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
夕暮となりよいとなり、銀燭ぎんしょくは輝き渡りて客はようやく散じたる跡に、残るは辰弥と善平なりき。別室にさかなを新たにして、二人は込み入りたる談話はなしに身を打ち入れぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
見たところそこは多勢の抱妓こどもたちをはじめ家中の者の溜り場にしてあると思われて縁起棚えんぎだなにはそんな夜深けでもまだよいの口のように燈明の光が明るくともっていて
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
最早もう其家はつぶれ、弟は東京で一人前の按摩あんまになり、兄は本家に引取られて居るが、虫は秋毎に依然として鳴いて居る。家がさながら虫の音におぼれる様なよいがある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
もう二十年も前にその丘を去った私の幼い心にも深くみ込んで忘れられないのは、寂然ひっそりした屋敷屋敷から、花のころ月のよいなどには申し合わせたように単調なものう
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
首を廻らして凱旋門通りのうろこのように立ち重なるよいの人出を見ると軽い調子になって彼女は言った。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
よいりの私もここへ来てからは、九時の鐘を聴かないうちに寝ることにした。(大正七年一月)
春の修善寺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それははるよいでありました。坊さんは法事ほうじへいってるすでした。法師はじぶんの寝間ねまの前の、えんがわへでて、きなびわをひきながら、坊さんの帰りを待っていました。
壇ノ浦の鬼火 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
場所は庭の中のちんである。すぐ側に恋人が坐っている。美しい夕月のよいである。二人の他には誰もいない。……しかし、彼女は処女であった。そうして性質はおとなしかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今の芝公園と愛宕山あたごやまさかいのところを「切通し」という、昼間からよいの口までは相当賑であったが、夜がけると寂しくなり、辻斬などもしばしば行われた、翁は子供心に
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)