嫉妬しつと)” の例文
平常ふだんから心掛の良い、少し氣の弱いお吉が、どんなに嫉妬しつとに眼がくらんだにしても、そんな大それた事を仕出かさうとは思はれません。
かれ憎惡ぞうを嫉妬しつととを村落むらたれからもはなかつた。憎惡ぞうを嫉妬しつともない其處そこ故意わざ惡評あくひやうほど百姓ひやくしやう邪心じやしんつてなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ゆき子は、おせいに対する嫉妬しつとで、からだふるへて来る。石のやうに動かない男の心理が、ゆき子にかあつと反射して来て苦しかつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
小生は勿論「けふの自習課題」の作者に芸術的嫉妬しつとを感じさふらふ。然れども恍惚くわうこつたる少女の顔には言ふからざる幸福を感じ候。
伊東から (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
あゝ、教育者は教育者を忌む。同僚としての嫉妬しつと、人種としての軽蔑けいべつ——世を焼く火焔ほのほは出発の間際まで丑松の身に追ひ迫つて来たのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
子供はそれを見ると、一種の嫉妬しつとでも感じたやうに気狂ひじみた暴れ方をして彼の顔を手でかきむしりながら押し退けた。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
梅子は思はず赧然たんぜんとしてぢぬ、彼女かれの良心は私語さゝやけり、なんぢかつて其の婦人の為めに心に嫉妬しつとてふ経験をめしに非ずやと
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
だが、多分その演技の目的は子供の唇に歌はれる戀と嫉妬しつととの調しらべを聽くといふことにあるのだらうが、實にいやな趣味だと、少くとも私は思つた。
誰も彼も世のしわざにいそしんでゐた。しかし、この穏かな平和な田舎ゐなかも、それは外形だけで、争闘、瞋恚しんい嫉妬しつと執着しふぢやくは至る処にあるのであつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
まつたくわきらないやうなはち動作どうさへん嚴肅げんしゆくにさへえた。そして、またたきもせずに見詰みつめてゐるうちに、をつとはその一しんさになに嫉妬しつとたやうなものをかんじた。
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
わたし此後このゝちあるひ光子みつこ離縁りえんするかもはかられぬ。次第しだいつては、光子みつこ父母ちゝはゝに、此事このこと告白こくはくせぬともかぎらぬ。が、告白こくはくしたところで、離縁りえんをしたところで、光子みつこたいする嫉妬しつとほのほは、つひすことが出来できぬ。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
およそ彼の光つた手際は、学問に於いて、運動に於いて、事毎にいよ/\私をおそれさせた。このやうな、すべて、私には身の分を越えた伊藤との提携を、友達共は半ば驚異の眼と半ば嫉妬しつとの眼とでた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
雖然けれども妻に對して一種の反抗心を持ツてゐるのは事實だ………此反抗心は弱者が強者に對する嫉妬しつとなんだから、いきほひ憎惡ぞうをの念が起る………所詮つまりおれは妻が憎いのでなくツて、妻の強壯な體を憎むでゐるのだ。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
嫉妬しつとと、卑劣と、嘲罵てうば
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「奧の嫉妬しつとからない事を告げ口させる——と言ふやうな疑ひもあるだらうが、それは大丈夫だ。狷之介はまだ十九歳、一本氣の男だ」
しか一人ひとりでもふところのいゝのがにつけば自分じぶんあとてられたやうなひどせつないやうなめう心持こゝろもちになつて、そこに嫉妬しつとねんおこるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彼奴だと分ると嫉妬しつとの蛇のきばは即坐に折れてしまひましたよ。と云ふのはそれと一緒にセリイヌに對する私の戀も蝋燭消しの下に消えたからです。
彼の秘書官の如く働くので、社員中に大分不平嫉妬しつとの声がさかんなのです、けれど一身の毀誉褒貶きよはうへんごときは度外にきて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
何ものにも影響されない、独得な女の生き方に、富岡は羨望せんばう嫉妬しつとに似た感情で、ゆき子の変貌へんばうした姿をみつめた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
彼は少時しばらく下つてゐたのち、両手の痛みに堪へ兼たのか、とうとう大声に泣き始めた。して見れば御降おさがりの記憶の中にも、幼いながら嫉妬しつとなぞと云ふ娑婆しやば界の苦労はあつたのである。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
放逐、放逐、声は一部の教師仲間の嫉妬しつとから起つた。嗚呼、人種の偏執といふことが無いものなら、『キシネフ』で殺される猶太人ユダヤじんもなからうし、西洋で言囃いひはやす黄禍の説もなからう。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
それは今からおもへば、七八円ほど安價あんか組立寫眞器くみたてしやしんきだつたが、それを見、また景色にしろ人ぶつにしろ相とう立派りつはうつし出されてゐるPOP印畫いんぐわながめた時、わたし嫉妬しつとに近いうらやましさをかん
自分の全身にはほとん火焔くわえんを帯びた不動尊もたゞならざる、憎悪ぞうを怨恨ゑんこん嫉妬しつとなどの徹骨の苦々しい情が、寸時もじつとして居られぬほどにむらがつて来て、口惜くやしくつて/\、忌々いま/\しくつて/\
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
淡い嫉妬しつとをたしなめられたやうな氣がしたのでせう。それでも、結び文を封を解かなかつたのは、何といふ仕合せだつたのでせう。
村落むらいきほ嫉妬しつと猜忌さいぎとそれからあらたおこつた事件じけんたいするやうな興味きようみとをもつ勘次かんじうへそゝがれねばならなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
嫉妬しつとが彼を捉へた、彼を刺したのである。しかしその刺㦸は健康によいものであつた。らす憂鬱の牙から彼を離して、休息させるものであつた。
露西亜ロシヤの社会民主党へ贈りなさる文章に相違無い——両国の侵略主義者が嫉妬しつと猜忌さいきして兵火に訴へようとする場合に、我々同意者は相応じて世界進歩の為めに
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
もとより内証はよし、病室は第一等、看護婦の肩に懸つて長い廊下を往つたり来たりするうちには、自然おのづ豪奢がうしやが人の目にもついて、誰が嫉妬しつとうはさするともなく、『あれ穢多ゑただ』といふことになつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
十九の花嫁の胸に、どんな憎惡と嫉妬しつとが渦を卷いてゐても、それを賓行の出來るお仙でないことは、平次の眼にもあまりにも明かです。
これを掘らせたのは吉太郎とお富の細工で、草之助はその密計みつけいを聽いて、嫉妬しつとのお島殺しを便乘させたのだと、後でくはしくわかりました。
小夜菊におぼれた友吉が、女房のお鳥の嫉妬しつとの眼を盜んで、小夜菊の顏を見に來るのでせう、從つて小夜菊の家へ來る時は女房の居る場所や
奧方は時の老中酒井左衞門尉の息女、土佐守は一目も二目も置いて居りますが、さすがに嫉妬しつとがましく、それはなりませんとはいへません。
その嫉妬しつとを恥かしいことだとは百も承知して居るが、二人の仲があんまりむつまじいのを見ると、つひムラムラツとしたのだらう
これは人に切られたものとわかり、よく突つ込んで訊くと、右太吉との嫉妬しつとの爭ひから、匕首あひくちで斬られた傷とわかりました。
あの女は利口過ぎたが、生れつき嫉妬しつとがひどかつた。半次郎とお梅の言ひ爭ひを聽いて、つくづく半次郎を夢中にさせる相手の女が憎くなつた。
寅吉の女房にも逢つて見ましたが、これは嫉妬しつとと心配で半病人のやうになつて居るだけで、何んの役にも立ちません。
この冷たさと容易に人に打ち明けない殼の中には、案外烈々と燃えさかる嫉妬しつとほむらがあるやも知れず、平次も妙に身内の引締まる念ひで相對しました。
お才がお仙を殺したのなら、因果關係は極めて明らかですが、嫉妬しつとと憎惡に燃えたお才が、自分の用意した二梃剃刀で、窓の外から伸びた手で殺されてゐるのです。
夫兵庫の放埒はうらつを止める力もなく、蔭では泣いて居ると言つた型の、消極的な人柄ですが、こんなのが思ひの外嫉妬しつとが強いのではあるまいか——と平次は考へて居りました。
しかし、もつと/\突込んだ本當の原因といふのは、染五郎とお絹の仲が良過ぎて、ツイしうとの六兵衞の存在を忘れ、五十になつたばかりの獨り者の六兵衞は、筋違ひの嫉妬しつと
平次のこしらへごとは、なか/\の筋です。お房の淡い戀心に、少しばかり嫉妬しつとあふりさへすれば、風呂敷をほどくやうに簡單に、この娘は何も彼もさらけ出してくれるでせう。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
日頃妙に嫉妬しつとを感じて居るお國とが、到頭大變なところで意見が投合してしまつたのです。
「何人となくめかけを入れて、ひどい目に逢はせて居る。嫉妬しつとが激しくて、ケチで、無道で、薄情だから手のつけやうがない。中には自殺したのも、め殺されたのもあるといふことだ」
事件は女の嫉妬しつとか、女の嫉妬と見せかけた、恐ろしくタチの惡い男の毒計でせう。
この女は嫉妬しつとのために、常識も健康もたしなみも失つてしまつて居る樣子です。
これは清兵衞のためには恩も義理もある香具師やし仲間の大親分星野屋駒次郎の忘れ形見で、二人は當然お客樣扱ひで暮すべき筈ですが、姉のお北が美し過ぎるため、女房お杉の嫉妬しつとかうじて
銭形平次捕物控:180 罠 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
そいつは若作りのこび澤山のお倉に取つては嫉妬しつとをさへ感じさせる狂態だつたのでせう。その上骨董におぼれた晩年の重兵衞は、女房のお倉に半襟はんえり一と掛買つてやる氣さへ失つてしまつたのです。
恐ろしい嫉妬しつとだ、——もつとも慾も絡んでゐた。