とつ)” の例文
彼女がとついださきの有名な実業家のことを常に注意していたので、其の男が、あの関東の大震災の時無残にも圧死し、彼女を除く外
悪魔の弟子 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
熱海に避寒してゐる心臓の悪い父や、代々木にとついでゐる気の弱い妹などが電報を受取つて、驚くさまなどが思ひ描かれてゐたのだ。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
煙草屋の娘が差入屋へとついでいるという様なことも、矢張り出鱈目であった。第一、その煙草屋に娘があるかどうかさえ怪しかった。
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして行く谷水を見ていると、かつての年、妹の登子とうこが足利家へとついだときの白い姿や、あの夜のさかんな庭燎にわびやらがふと目に浮ぶ。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくし三浦みうらとついだころは五十さいくらいでもあったでしょうが、とう女房にょうぼう先立さきだたれ、独身どくしんはたらいている、いたって忠実ちゅうじつ親爺おやじさんでした。
「破談にした責任があるからな」と田原は苦笑しながら云った、「ともえどのがとつぐまでは、往来を遠慮するほうがいいと思ったのだ」
その木戸を通って (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こは片岡中将の先妻の姉清子せいことて、貴族院議員子爵加藤俊明かとうとしあき氏の夫人、媒妁なかだちとして浪子を川島家にとつがしつるもこの夫婦なりけるなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
匈奴きようどにして昭君せうくんを愛するも、昭君あに馬に乗るのうらみあらむや。その愀然しうぜんとして胡国ここくとつぎたるもの、匈奴が婚をひたるにほかならず。
愛と婚姻 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「もと六人むたりありしが、一人はわが友なるファブリイス伯にとつぎて、のこれるは五人いつたりなり。」「ファブリイスとは国務大臣の家ならずや。」
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
……お君がとついだ後、金助は手伝い婆さんをやとって家の中を任せていたのだが、選りによって婆さんは腰が曲り、耳も遠かった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
しかしそのひとは、いまどこにとついで、いいおかあさんになったか、あかるい燈火あかりしたには、うつくしい姿すがたいだすことはできなかったのでした。
街の幸福 (新字新仮名) / 小川未明(著)
クララはそれが天使ガブリエルである事を知った。「天国にとつぐためにお前はきよめられるのだ」そういう声が聞こえたと思った。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
大和からすぐ彼の父にとついだのでなく、幼少の頃大阪の色町へ売られ、そこからいったんしかるべき人の養女になって輿入こしいれをしたらしい。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お雪は又、附添つけたして、仮令たとい倒死のたれじにするとも一旦とついだ以上は親の家へ帰るな、と堅く父親に言い含められて来たことなどを話した。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そんな人にはこの方の価値ねうちはわかりますまい。お姫様はものの理解の正しい同情心の厚い方におとつがせいたしとうございます。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
六師団付の軍人にとつぎ、離縁されて、ここに下宿屋を建てた。どこか色っぽい感じの女で、生きていたらもう五十五か六になっている筈だ。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
とつぎ遲れになり、兩親の死んだ後は、船宿の株を人に讓つて、有餘る金を費ひ減らすやうな、はなはだ健康でない生活を續けてゐるのでした。
津田にとついで以後、かつてこんな不体裁ふしだらを夫に見せたおぼえのない彼女は、その夫が今自分と同じへやの中に寝ていないのを見て、ほっと一息した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして明治十二三年頃に、その一人娘をその頃羽振の好かった太政官の役人の一人である、私の妻の父にとつがせたのです。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その時、野村の心にどんな打算があったとしても、とにかく閑子は望まれて、一応は人にもすすめられてとついだのである。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
そもじの母のドラは、ベーリングの従妹いとことか言うたが、ステツレルにとつぐまえ、ベーリングとねんごろにしおったのであろう。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それだからなほ、逢はす事は出来んのだ。女が一旦とつぐ事にきめた家を出るといふのは、これはよく/\なのだ。そこを君も考へてくれんければ困る。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
近いうち台湾にいる理学士のところへとつぐことになっている妹も、同じような式服で、写場へ乗りこんだものだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女がペテルブルグでい立ったこと、しかしとついだ先はS市で、そこにもう二年も暮していること、ヤールタにはまだひと月ほど滞在の予定なこと
娘を映画俳優にとつがせていて、この婿むこは今はまるで不遇だが、もとはちょっと売り出しかけたことがあり、そんな関係からか、高田みのるなどから贈られた
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
若し我等を再び神にとつがしむる善き憂ひの時到らざるまに、汝の罪を犯す力既に盡きたるならんには 七九—八一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
姉妹きょうだいという姉妹はみんなよそへとついでしまっていたので、ミーチャはまる一年というもの、グリゴリイのもとで、下男小屋に暮らさなければならなかった。
如何どうなるかと云えば、女は無論とつぐが、息子むすこの或者は養子に行く、ある者は東京に出て職を覚える、みせを出す。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
他にわが伯母のとつげる狩野勝玉作かのうしようぎよくさく小楠公図せうなんこうづ一幀、わが養母の父なる香以かういの父龍池作りゆうちさく福禄寿図ふくろくじゆづ一幀とうあれども、こはわが一族をおもふ為にまれ壁上へきじやうに掲ぐるのみ。
わが家の古玩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
いまはそれが百姓家にとついでいて、かなり裕福に暮らし、これまでも折々に自分がたずねていくと『おばあさんだけならいつでも引きとるから来なさるといい』
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
田舎にはめづらしいほどの別嬪べつぴんで、足利に行つて居る間に、鹿児島生れで、其土地の中学校の教師をしてゐた男に見染みそめられて、無理に懇望されてとついで行つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
長女は北津軽のこの町の桶屋おけやとついでいる。焼かれる前は、かれは末娘とふたりで青森に住んでいた。
親という二字 (新字新仮名) / 太宰治(著)
伝統と血統を誇るお公卿くげさまとの縁組みは、とつひとが若く美貌びぼうであればあるだけ、愛惜と同情とは、物語りをつくり、物質が影にあるとおもうのは余儀ないことで
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ここに詔らしめたまひしくは「いましとつがずてあれ。今召さむぞ」とのりたまひて、宮に還りましつ。かれその赤猪子、天皇の命を仰ぎ待ちて、既に八十歳やそとせを經たり。
(箭の手開かぬ少女とは、髮に揷す箭をいへるにて、處女の箭には握りたる手あり、とつぎたる女の箭には開きたる手あり。)かくて童は、母上の脇をひねりて、さて母御の上をも
彼女は不仕合わせな女で一度とついだが夫に死なれたので、女の子をつれてまた味噌屋へ奉公に戻って来たのだそうである。その時以来彼女はずっとこの家から出ていかなかった。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そもそも彼がこの家にとつぎしは、惑深まどひふかき娘気の一図に、栄耀えいよう栄華の欲するままなる身分を願ふを旨とするなりければ、始より夫の愛情の如きは、有るも善し、有らざるも更に善しと
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
このはつは大宮おおみや在の土地でも相当な農家の娘で、町の大きな染物屋にとついで、女の子二人の母親となって、もともと気性の勝った女だったものですから、一人で切廻していました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
わたくし、縁あつて、この農家へとついでまいり、一人の娘の母親になつております。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
島津家の重臣某のもとに望まれてったが、文久三年麻疹ましん流行の時、鷲津氏にとついだ妹美代の女恒がこの病に感染したのを聞いて見舞に来り、自身もまた感染してそれがために死した。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
他の男のところへとついでいれば、人殺しなどをせずに済んだにちがいない。あたしの不運が人殺しをさせたのだ。といって人殺しをしたのは此の手である。この鏡に写っている女である。
俘囚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この四年ばかりの間というもの、宮内は治部太夫を訪れたことがない、治部太夫の娘きいが、望んで生島慎九郎にとついでからは、宮内にとって治部太夫は、つまずかせた路端の石ころだった。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
彼はこの春の始めにこの家にとつぎ、暮に夫に別れしなり、夫が遠征の百日間は、彼は空しく空閨くうけいを守りたりしが、夫を待ち得しと思いし日より、なお五十日の間、寂しき夜をうらみ明かし
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
という意味は法律的に叔母をその男にとつがせたのだ。けれど、祖母は何しろ一人ものだし、その上、その婿が気に入りだというので、祖母はこの若夫婦と共に一つ家の中に住むことにした。
妹のかね子という人は、女ながらなかなかしっかりした人で、仕事も出来、手もよく書き貞女にて、千住中組せんじゅなかぐみの商家にとつぎ、良人おっとの没後後家ごけで店を立派にやって行き、今日も繁昌致しおります。
藤野の佳人はたちまち他にとついで仕舞しまつたのです、藤野の生命は其時既に奪はれたのです、華厳滝けごんのたきへ投げたのは、空蝉うつせみの如き冷たき藤野の屍骸です、去れど姉さん、貴嬢が独身で居なさらうとも
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
さりぬべきなかだちをたのみて山中まさしとつがせしめ。家に仕えし老僕なにがしを始め下女など数多あまた付き添わせ。近き渡りにしかるべき家屋ありしを求めて。これに住居させ。残るところなく世話をせしかば。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
明治になって間もなく、その奥方も亡くなったもんですから、お蝶は初めておいとまが出て、その屋敷から立派に支度をして貰って、相当の家へとついだという噂ですが、多分まだ生きているでしょう。
半七捕物帳:07 奥女中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
故に鼠の腹をいて金をとある。昔インドの王子、朝夕ごとにわれに打たるる女をめとらんというに応ずる者なし。ようやく一人承知した女ありてこれにとつぐ。二、三日して夫新妻を打たんとす。
二十一で坂部壱岐守さかべいきのかみとついで八年目ねんめもどってた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)