ゆだ)” の例文
実はわたしがおっ母さんの世話をするのも、因襲のほかの関係なので、わたしは生涯をその関係にゆだねたというものかも知れませんよ。
自己の余生を亡き夫の遺業の完成のためにゆだねるは、なおます夫につかうる如き心地がして、この上もない楽しみではあるけれども
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
いずれにしても、ことであろうとは考えられない。にもかかわらず、身を迎えにゆだねて行くからには、武蔵にも覚悟はあるのであろう。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
労働者の労働運動は労働者の手にゆだねて、僕は自分の運動の範囲を中流階級に向け、そこに全力を尽くそうとするだろうというまでだ。
片信 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
引受けさせて頂きたい。けれどもただ一面識のみでは、お頼みになるのも苦しいだろうから、どうか一身を私にゆだねてはくれまいか。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
民衆は老衰してゆく時、その意志や信念やあらゆる生存の理由を、快楽を与えてくれる者の手にゆだねるものである。男子は作品を作る。
ヘンデルは、やがて国政をる身、あれにこんな暗い話は聞かせたくない。あれは何にも知らぬ。知らぬままに国政をゆだねておきたい。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
抑〻そも/\人の物言ふは自然のわざなり、されどかく言ひかくいふことは自然これを汝等にゆだね汝等の好むまゝに爲さしむ 一三〇—一三二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
君は古稀を過ぐる長き人間生活に於て、また半世紀に達する長き文壇生活に於て、敢て奇を弄せず環境に身をゆだねて生存を持続されたり。
弔辞(徳田秋声) (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
「そんな無体な祈祷がこの世にあるものとは思われませぬ、もしあったとしても、わたくしの身心がそれにゆだねられるとは思いませぬ。」
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そして、全く莫迦莫迦ばかばかしいことに、王、副王以下各大酋長の決議で「サモア支配権を英国にゆだねたい」旨を申出そうとしたのだ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それがしその折かの女にも廻り合はず、又女首を見ることもなくて過ぎなば、いかんぞ後年斯かる浅ましき所行しよぎやうに身をゆだねんや。
「我らは無窮を追ふ無益の探究を捨てなむ。しかうして我らの身を現在の歓楽にゆだねむ。竪琴たてごとのこころよき音にふるふ長き黒髪に触れつつ」
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
積みかさねたる柑子かうじ、地にゆだねたる鐵の器、破衣やれごろも、その外いろ/\の骨董を列ねたる露肆ほしみせの側に、古書古畫を賣るものあるを見き。
ひたすらにあしき世を善に導かんと修行に心をゆだね、ある山深きところに到りて精勤苦行しゐたりけるが、年月としつきたち一旦いったん富みし弟の阿利吒ありた
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
夏の間に、あの壮んな生の機能を充分に営みおわって、いまや大地にゆだねた落葉には、いかにもしずかな悠安のすがたがある。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
一個人としては強き資本家階級も、下層民の集合の勢力に敵し兼ねて、自己の運命を彼等の掌中にゆだねなければならなくなる。
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
いやしくも父兄が信頼して、子弟の教育をゆだねる学校の分として、おんな小児こどもや、茱萸ぐみぐらいの事で、臨時休業は沙汰さたの限りだ。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三宅氏は又「批評をも全々(原)小説家の手にゆだねておく事は、寧ろ文学の進歩発展を渋滞じふたいさせる恐れがある」と言つてゐる。
やとうべき駄馬の背も見つからなかった。従って、当面の必要なもの以外を和船の回漕かいそうゆだねたのもむを得ない事情であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
生涯を物欲にゆだね切って、ずいぶん無理な金を溜めたためにさんざん諸人のうらみを買ったらしく、先年女房に死に別れ、放埒ほうらつせがれを勘当して
奪われ全く忘れたる如し独り忘れぬは最寄もより警察の刑事巡査なり死骸の露見せし朝の猶お暗き頃より心を此事にのみゆだね身を此事にのみ使えり
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ゆかは暖炉だんろぬくまりにて解けたる、靴の雪にぬれたれば、あたりの人々、かれ笑ひ、これののしるひまに、落花狼藉らっかろうぜき、なごりなく泥土にゆだねたり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
侯爵こうしゃくを会頭に頂くその会は、彼の力で設立の主意を綺麗きれいに事業の上で完成したあと、彼の手元に二万円ほどの剰余金をゆだねた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その美貌びぼうとかの方へかれがちなため、彼女の魂の美しさを物語る遺文がともすれば、好事家こうずか賞玩しょうがんにのみゆだねられてゐることではあるまいか。
ジェイン・グレイ遺文 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「人は同時におのれの重荷たりおのれの誘惑たる肉体を身に有す。人はそれをにない歩きしかしてそれに身をゆだぬるなり。」
それだからもしわれわれがこの身を天と地とにゆだねて天の法則に従っていったならば、われわれは欲せずといえども天がわれわれを助けてくれる
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
そして軈ては、藝術家が最も自己を發揮するに適するからといふ理由りいうで、生涯しやうがい繪畫くわいぐわ研究けんきうゆだねるからと切込まれた。勝見子爵はがツかりした。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
従って当時の婦人には、親和力の向かうままに夫を変える自由があると共に、また身をゆだねた男からいつ捨てられるかわからない危険もあった。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
私はその老僧から、飯山の古い城主の中には若くて政治的生涯を離れ、僧侶の服を纏い、一生仏教の伝道に身をゆだねた人のあったことを聞いた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おそらく震災しんさいで一度つぶれたのを、また復活させてみたが、思わしくないので、そのまま蜘蛛くも棲家すみかゆだねてしまったものだろう。それにしても……。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
労働と漂泊に身をゆだねてしまったものですから、国籍は海の上にあって、戸籍は船の中にあるものと心得ているらしい。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
恋に破れた若侍が、翻然ほんぜん心を宗教に向け、人間の力のあたう限りの難行苦行に身をゆだねてから、五年の歳月が飛び去った。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これ迄一ヶ年以上私は少しも他手ひとでゆだねずに乳も自分の以外にはやらずに育てゝ来ました。私は子供をおいて外出するやうな事も全く稀なのでした。
そういえばバスや電車の席にぐったりと凭掛よりかかっている人間の姿も、何か空漠くうばくとしたものに身をゆだねているようである。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
伊太利イタリーのさる繁華はんくわなるみなと宏大りつぱ商會しやうくわいてゝ、もつぱ貿易事業ぼうえきじげふゆだねてよし、おぼろながらにつたくのみ。
竹の実は自然穀、またはジネゴという名もあって、少しは人もって食べるが、大部分は野山の生物にゆだねられる。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
仙台のまちにゆだねてしまうのだから、つい念入りにこのまちの性格に就いて考え、あれこれと不満を並べてみたくなっただけの事で、こんな気風のまちは
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その道程を一人で靜かに歩いて行きたいと思つて、馬車を馬丁の手にゆだねてから六月のある夕方六時頃、私は極く目立たぬやうにジョージ旅館を忍び出た。
欣之介から取上げられて再び小作人たちの手にゆだねられた裏の畑地は、何事も起らなかつたもののやうに、間もなく、以前と少しの変りもないもとの姿にかへつて行つた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
しかし己はたかが身の周囲まわりの物事を傍観して理解したというに過ぎぬ。己と身の周囲まわりの物とが一しょに織り交ぜられた事は無い。周囲まわりの物に心をゆだねてわれを忘れた事は無い。
それから間もなく、馬の世話は房一の手にゆだねられることになつた。彼は一心に手入をした。彼よりも馬の方が身綺麗であると思はれる位に馬は毛並みも艶々として来た。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
その時刻の激浪に形骸の翻弄ほんろうゆだねたまま、K君の魂は月へ月へ、飛翔ひしょうし去ったのであります。
Kの昇天:或はKの溺死 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
二人で懇談こんだんを重ねた結果、具体案を作って寄付者に提示したところ、先方では、その根本方針に双手もろてをあげて賛成し、一切いっさいを田沼さんの自由な処理にゆだねたばかりでなく
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
彼は播いた種を大地にゆだねて、安心して眠りまた起きる。そのうちに、いつの間にか芽が出で茎が伸びるのです。そして自然の順序を追って苗から穂、穂から穀ができる。
日の落ちるのを眼の前にして、ゲッセマネに於いての、残酷なほどの痛ましい心の苦闘を、もう一人の分身として、そこに放り出されてゐる現実の己れに富岡はゆだねてみる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
作曲家と振付家にゆだぬべきは勿論の事ではあるが、これ等の芸術によって仕活しいかすところの宗教的思想——或は宗教的アトモスフィーヤ——に就いて一応作家の意図を述べて
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
明治新社会の形成をまったく男子の手にゆだねた結果として、過去四十年の間一に男子の奴隷どれいとして規定、訓練され(法規の上にも、教育の上にも、はたまた実際の家庭の上にも)
その運命を想い、その衷情ちゅうじょうを想う。私はこの書翰しょかんを貴方がたの手にゆだねたい。これを通じて私の心が貴方がたの心に触れ得るなら、この世の悦びが一つ私の上に加わるのである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
風雲惨澹として旌旗せいきを捲く 仇讎きゆうしゆう勦滅そうめつするは此時に在り 質を二君にゆだと恥づる所 身を故主こしゆうに殉ずるあに悲しむをたん 生前の功は未だ麟閣りんかくのぼらず 死後の名は先づ豹皮ひようひ
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)