呻吟しんぎん)” の例文
然るに恋愛なる一物のみは能く彼の厭世家の呻吟しんぎんする胸奥に忍び入る秘訣を有し、しくも彼をして多少の希望を起さしむる者なり。
厭世詩家と女性 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
人と自然と、神の創造つくり給える全宇宙が罪の審判のために震動し、天のはてより地のきわみまで、万物呻吟しんぎんの声は一つとなって空にちゅうする。
けれども御弓の菩提所ぼだいじを僕が知ろうはずがなかった。僕は呻吟しんぎんしながら、やむを得なければ姉に聞くよりほかに仕方あるまいと答えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜具の中で輾転てんてんと悶えたり、呻吟しんぎんしたり、はね起きて、がたがた震えながら歩きまわったり、また幾たびも暗い庭へ出ていったりした。
月の松山 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
相手は一たまりもなくゆかに倒れて、苦しそうな呻吟しんぎんの声を洩らした。——それはあの腰もろくに立たない、猿のような老婆の声であった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
喚き声、ののしり声、悲鳴、呻吟しんぎん、剣と剣と触れ合う音、太刀と太刀と切り結ぶ音、ワッワッと云う大叫喊だいきょうかんが、瞬時に町を引っ包んだ。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
平生へいぜいの元気も失せて呻吟しんぎんしてありける処へ親友の小山中川の二人尋ね来りければ徒然とぜんの折とておおいよろこび枕にひじをかけてわずかこうべ
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
実に社会の底に呻吟しんぎんするレ・ミゼラブル(惨めなる人々)であり、彼らを作り出した社会の欠陥であり、彼らが漂う時運の流れであった。
レ・ミゼラブル:01 序 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
僕の結婚当時から、腹が痛むと云って食べ物に注意していた今井は、何時の間にか腸結核にかかって、不治の病床に呻吟しんぎんしていた。
友人一家の死 (新字新仮名) / 松崎天民(著)
産婦は絹布の夜具によりかかり呻吟しんぎんしおるより、早速医師はそれぞれ手を尽くしようやく産ますれば、後よりまた産まるる双嬰ふたご
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
長い月日を病床に呻吟しんぎんする不幸な人々の神経を有害に刺激する事なしに無聊ぶりょうを慰め精神的の治療に資する事もできはしまいか。
蓄音機 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それはほかならぬ道庵先生が不憫ふびんなことに、その筋から手錠三十日間というおきゅうえられて、屋敷に呻吟しんぎんしているということであります。
惜まれてく多くの有望な人々と同じやうに、今また斯の人が同じ病苦に呻吟しんぎんすると聞いては、うたゝ同情の念に堪へないと書いてあつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
神山守は呻吟しんぎんするのです。若い娘が、若い男の獨り住居の家へ、眞夜中の子刻こゝのつから丑刻やつ近くまで居たといふことは、一體何を意味するでせう。
そうすれば、当然草木の呻吟しんぎんと揺動とは、その人のものとなって、ついに、人は草木である——という結論に達してしまうのではないだろうか。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
葉子はそう言って、彼の手を取ったが、この重苦しい愛着の圧迫に苦しんでいる、それは彼女の呻吟しんぎんの声でしかなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
水ヲ下サイ……水ヲ下サイ……水ヲ下サイ……水ヲ下サイ……それは夢魔のように彼を呻吟しんぎんさせた。彼は帰京してから、それを次のように書いた。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
警察を出し抜き、名探偵明智小五郎を病院のベッドに呻吟しんぎんせしめ、まんまと三重の殺人を犯して、ついに気体の如く消え失せてしまったのである。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
初めは呻吟しんぎん、中頃は叫喚きょうかん、終りは吟声ぎんせいとなり放歌となり都々逸どどいつ端唄はうた謡曲仮声こわいろ片々へんぺん寸々すんずん又継又続倏忽しゅっこつ変化みずから測る能はず。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それまでは何の感じもなく、ただ産婦の呻吟しんぎんするのを不安に感じて、うろうろしていましたが、不思議なものですね。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
はるばる富山まで来て、交番の奥の間に呻吟しんぎんしている自分が世界中で一番哀れなものに思われた。どうにでもなれ!
暗号数字 (新字新仮名) / 海野十三(著)
我等が獄中呻吟しんぎんの日々に於けるツシタラの温かき心に報いんとて 我等 今 この道を贈る。我等が築けるこの道 常に泥濘ぬかるまず 永久とはに崩れざらん。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
になえるかごは覆りて、紙屑、襤褸切ぼろきれ硝子がらす砕片かけなど所狭ところせまく散乱して、すねは地をり、手はくうつかみて、呻吟しんぎんせり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
医師の免状も取って、ぎょうも開き、年頃の娘を持つくらいの年になってから、重症にかかって、ながらく病床に呻吟しんぎんした。
取り交ぜて (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
きみよ、きみいま時文じぶん評論家ひやうろんかでないから、この三日みつかあひだとこなか呻吟しんぎんしてときかんがへたことをいてれるだらう。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
あの時の僕を考えて見れば、確かに、失意と、惨めさの意識との中で呻吟しんぎんして、自らを呪詛じゅそする季節にいたのだ。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
べつにジャズだからといって、黒人の呻吟しんぎんや狂気なんかどうでもいい。日本人の狂気がそこにあればいいのだ。
愛のごとく (新字新仮名) / 山川方夫(著)
暫く聞いていると、その溜息が段々大きくなって、苦痛のために呻吟しんぎんするというような風になったそうだ。そこで宮沢がつい、どうかしたのかいと云った。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
地にしてあまりに重き荷に苦しむ時には、神秘なる呻吟しんぎんの声が影のうちより発し、無限の深みにまでも達する。
篠田の寂しき台所の火鉢にりて、首打ち垂れたる兼吉かねきち老母はゝは、いまだ罪も定まらで牢獄に呻吟しんぎんする我が愛児の上をや気遣きづかふらん、折柄誰やらんおとなふ声に
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
そして、そう思って見る時、公の面貌に甚だ悲壮な、惨澹さんたんたる懊悩おうのうの影が現れ、勇ましい鎧武者の姿が、残虐な桎梏しっこく呻吟しんぎんしている囚人の如くに映じて来る。
高貴なる血統に宿った凄惨な悲劇を、御一族は身をもって担い、倒れたのであるが、この重圧からの呻吟しんぎん歔欷きょきの声は、わが国史に末長く余韻して尽きない。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
まだ日の暮れないうちに半分、もしくは零になりかけている霊魂の呻吟しんぎんが、私達の居る白樺の林の中から溢れ出して、私を無限の強迫観念の中に引包んでしまった。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
思うさま叫んでくれ! 虚空さえつかみ損ねて呻吟しんぎんしているおれのために!……——そうして彼は彼自身の心臓を虚空へ掴み出して投げ捨てたかのように藻掻もがいた。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
生活の倦怠けんたいかこったり、その荒涼の現実のなかで思うさま懊悩おうのう呻吟しんぎんすることを覚えたわけである。
猿面冠者 (新字新仮名) / 太宰治(著)
私は窓の所へ机を持って行って、原稿紙に向かって呻吟しんぎんしながら心待ちに君を待つのだった。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
かつて一牝馬難産のところへ行き合せしに、その部の酋長これを憂うる事自分の母におけるごとく、流涕りゅうていして神助をいのれば牝馬これに応じてことさらに呻吟しんぎんするようだった。
その一人は絶息し、その一人は死の手から、ほんのこの世へ取帰とりもどされたというだけの、生命いのちのほども覚束おぼつかない重傷に呻吟しんぎんしているおり、その真相が知り得られようわけがない。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
あながち孤独地獄の呻吟しんぎんを堪へなく思つたわけではないが、或偶然事が私を伊藤に結びつけた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
「犬の幽霊が野原をああして駆けまはつて居たのだ。さうして、さういふ霊的なものは俺にばかりしか見えないのだ……。」……憂欝いううつの世界、呻吟しんぎんの世界、霊が彷徨はうくわうする世界。
峰から峰の偃松は、暴風雨のあとの海原のようにいで、けろりと静まりかえっている、谷底の風の呻吟しんぎんは、山の上が静粛になるだけ、それだけ、一層すさまじく高く響いて来る。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
私は枕を列べて呻吟しんぎんしている三人の子供の看護に、夜も寝なかったことが度々あった。
芝、麻布 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
床中しょうちゅう呻吟しんぎんしてこの事を知った娘の心は如何どうであったろう、彼女かれはこれをきいてからやまいひときわおもって、忘れもしない明治三十八年八月二十一日の夜というに、ついにこの薄命な女は
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
ここを以て周遊の念、勃々然ぼつぼつぜんとして心胸の間を往来し、しか呻吟しんぎん𨀥跙ししょすること、けだしまた年あり。幸いにして今貴国の大軍艦、しょうを連ねて来り、我が港口に泊し、日たるすでに久し。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
混乱、恐怖の叫び、呻吟しんぎん……敷居の上に立っていたラズーミヒンは、部屋の中へ飛び込んで、その力強い手に病人をかきいだいた。そして病人はすぐさま長椅子の上に寝かされた。
マリア夫人は、少しも躊躇ちゅうちょすることなく、直ちに右の条件を承諾し、自ら進んで囹圄れいごの人となり、それより我夫とともに、甘んじて一生涯を鉄窓の下に呻吟しんぎんしようとしたのであった。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
クウルマイエールの谷間に墜落、ヒカゲノカツラの中で呻吟しんぎん中、これなる無宿衆バルトリ君ならびに同山の神氏に救助され、いまやモントラシェの町立病院に運ばれる途中なのである。
病気や落胆でやつれ苦しんだことのある人や、異国でひとりかえりみてくれる人もなく病床に呻吟しんぎんしたことのある人ならば、高齢になってからでも、母を思いおこさぬものはあるまい。
他のものはこれを護衛ごえいして、左門洞にひきあげた、しかし道は平坦へいたんではない、たんかは動揺どうようした、そのたびに架上かじょうのドノバンは、悲痛ひつう呻吟しんぎんをもらした、このうめきをきく富士男の心は
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
沼津で歿くなった際、形見として弟子の中川海老蔵に与えたが、海老蔵は昭和五年の秋、女房に逃げられて、その苦悩のうちに病気になり、久しく病床に呻吟しんぎんしていたが、某日あるひ杖にすがって
お化の面 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)