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汽車に連るる、野も、畑も、はたすすきも、薄にまじわくれないの木の葉も、紫めた野末の霧も、霧をいた山々も、皆く人の背景であった。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平次の言葉を静かに聴き入っているうちに、お町の眼の色が次第に力がせて顔には死の色がサッとかれているではありませんか。
印度人には違いないのだが、非常に薄く鳶色とびいろいて、その上へほの白くあおみを掛けたとでも形容したら言い表わせるのだろうか。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
セエラの顔にはさっとべにかれました。青鼠色あおねずみいろの眼には、たった今、大好きなお友達を認めたというような表情が浮びました。
顔をこってり塗って、まゆに軽く墨をき、アイ・シェドウなどはあまり使わなかったが、紅棒ルウジュくちびる柘榴ざくろの花のように染めた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
むこうの山の上にたぐまっていた墨をいたような雨雲がだんだんさがってきて、雲にされた光の陰翳が、氷河をずっと大きく感じさせる。
白雪姫 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
やや大きなる目少しく釣りて、どこやらちと険なる所あり。地色の黒きにうっすりきて、くちびるをまれに漏るる歯はまばゆきまでしろくみがきぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
刷毛はけいたようなゆみなりになったひろはま……のたりのたりとおともなく岸辺きしべせる真青まっさおうみみず……薄絹うすぎぬひろげたような
女にあの一言を呟いたときのように、目もともぽっと赧くほんのり紅をかれ、怒ったような眼眸が伏目がちに高麗縁の畳の目をみつめている。
(新字新仮名) / 山川方夫(著)
母親がはやく亡くなったせいだろう、まえには父親のほうで気にして、髪結いにゆけとか、白粉おしろいきかたがぞんざいだとかよく云われたものだ。
寒橋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
東西一里五町、南北一里十二町といわれたその頃の平安の都府は、真珠末しんじゅまついたような昼霞の底に一望された。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この男が馬乗りになって、女の咽喉のどを一きするのになりよりもつごうのいい、まるで兇刃きょうじんを招待するような姿態である。下部の切開がそれにつづいた。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
わたしは少女に目をそそいだ。すると少女は意外にもかすかにまぶたをとざしてゐる。年は十五か十六であらう。顔はうつすり白粉おしろいいた、まゆの長い瓜実顔うりざねがほである。
わが散文詩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それが、起伏する連峰をひとけに押し包んで、山肌に、ところどころ陽が照っている——明方の日照り雨。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「そうかい。いいねえ丸髷。こう背のすらりとした。よく小説本の口絵などにある、永洗えいせんという人がいた女のように眉毛まみげのぼうっといたような顔のひとさ」
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
新吉は夫人の顔にうっすりいたほのかな白粉の匂いと胸にぽちんと下げているレジョン・ドヌールの豆勲章を眺めて老美人の魅力の淵の深さに恐れを感じた。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
両岸の杉山の中に銀泥をいた帯をほのかに引いて進んで行く川を作者は美くしいと眺めたのである。四月の初めで春雨も降つてゐた日のささ濁りした流れであつた。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
満月ではなかったが、一点の曇りもないえた月夜で、丘の上から遠く望むと、見渡すはてもなく一面に銀泥ぎんでいいたように白い光で包まれたもいわれない絶景であった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
小池が突然棄鉢すてばちのやうな調子でう言ふと、お光はべにいた如く、さつと顏をあかくした。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
おのれの名とするところの「銀」の一字を和様に洒落しゃれたものであることは疑うわけにはゆかないが、さっ! と一筆に横なぐりにいた筆線に、行成の骨法が、故意か、偶然か
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
桔梗色ききょういろに濃かった木曽御嶽の頭に、朝光が這うと微明ほんのりとして、半熱半冷、半紅半紫を混ぜてく、自分は思った、宇宙間、山を待ってはじめて啓示される秘色はこれであると、ああ
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
十二時頃になるとキキイを除いた三人の女は、派手はで身装みなりをして大きな帽の蔭に白粉おしろいを濃くいた顔を面紗ヹエルに包み、見違へるやうな美しい女になつて各自めい/\何処どこへか散歩に出てく。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
部落から六七町ほどの丘の中腹に竹駒稲荷たけこまいなりほこらがあった。秋は黄褐色、冬は灰鼠の色に、春先は暗紫色になり、そして春の終わりから夏の終わりまでは一色の緑をく雑木林の丘だった。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
何だ、国道ハイウェイじゃないか。ばかに曲りくねってるなあ。無数のぽちぽちがじっとしてる。自動車の列だ。あれでも早いつもりで走ってるんだろう。そのうえをすうと飛行機の影がいてゆく。
踊る地平線:04 虹を渡る日 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
女は近づいてみると、思ったよりフケて、眉をいた眼元に小皺がよっていた。白い指に、あくどい金指輪の色が長い流浪の淫売生活を物語っているような気がした。女は笑って俺を抱いた。
苦力頭の表情 (新字新仮名) / 里村欣三(著)
毛の逆立った眉が真直にかれて、其の下から黒い眼が覗いていた。窶れた頬に痙攣的な微笑のようなものを引きつらしていた。それらの顔立の上に乱れた束髪が大きな影を投げかけていた。
二つの途 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ただ、その朝は水平線の上が刷毛はけいたように明るく、遠くの沖を簪船かんざしぶねが二隻も三隻も通っていくのが見えた。つい近くの波間に遊んでいた数羽の水禽みずどりが翼を並べて、兜岩のほうへ立っていった。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
目のふちに憂いの雲をかけたような薄紫のかさかすんで見えるだけにそっといた白粉おしろい、きわ立って赤くいろどられた口びる、黒いほのおを上げて燃えるようなひとみ、後ろにさばいて束ねられた黒漆こくしつの髪
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
色刷毛でサツと薄く群青にいたやうに流れてゐた。
百合子 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
白粉もいてゐるかゐないかわからない位だ。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
平次の言衆を靜かに聽き入つて居るうちに、お町の眼の色が次第に力が失せて顏には死の色がサツとかれて居るではありませんか。
しごけば、するすると伸び、伸びつつ、長く美しく、黒く艶やかに、ぷんと薫って、手繰り集めた杯のうちが、光るばかりに漆をく。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
顔におしろいをき、口紅を塗り、寒藤先生が来る日にはご馳走を作って、そのぜんの上に酒さえも出すようになった。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
手招きする彼女を追って行く庸三の目に、焦げ色にかれた青黛せいたいの肌の所々に、まだ白雪の残っている鳥海山の姿が、くっきりと間近に映るのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
六波羅殿舎でんしゃの大屋根は墨をいて、内苑のかがりはチロチロ衰えかけ、有明けの黒白あいろもなお、さだかでなかった。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
皮膚など茶渋をいたようで、ところどころに苔のような斑点が見えるのは、時代がついているのでしょう。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
男には珍しい餅肌が、自然と血の色をかせたのである。ひげひんの好い鼻の下に、——と云ふよりも薄い唇の左右に、丁度薄墨をいたやうに、僅ばかりしか残つてゐない。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
潜航艇の舷側げんそくを海水が滝のように滑り落ちた。暗い水面をいて、コロナ号の船内に非常警報が鳴り響いている。その悲鳴を消して、つづけさまに砲声がとどろいた。十七分で沈んだ。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
柔脆じゅうぜいの肉つきではあるが、楽焼らくやきの陶器のような、粗朴な釉薬うわぐすりを、うッすりいたあかと、火力の衰えたあとのほてりを残して、内へ内へと熱を含むほど、外へ外へと迫って来る力が
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
お駒はさツとべにいたやうな顏色になつて、うつぶいてゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
彼女は清楚せいそに薄化粧をいて、いっそう奇麗になっていた。
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
伜孫三郎の腕の中に、辛くも擧げた孫六の顏は、月の光の中ながらあゐいたやう、自分の脇差に胸を貫かれて、最早頼み少ない姿です。
濡れた鼻息は、陽炎かげろうに蒸されて、長閑のどか銀粉ぎんぷんいた。そのひまに、姉妹きょうだいは見えなくなったのである。桃の花の微笑ほほえむ時、黙って顔を見合せた。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
康子は白いものをいた頬をちょっと押えながら笑った。清三はそうした場所にあってことに美しい女の姿を見た。
須磨寺附近 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
青貝のいたような星は満天にまたたいていたが、十方の闇は果てなく広く、果てなく濃かった。陰々たる微風は面を撫で、夜気はひややかに骨に沁む。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長刃、低く横ざまにいて来て、さながら鋼白色こうはくしょく大扇たいせん末広形すえひろがたの板のごとくに、右近の手に一過した。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
さもなければ忘れたように、ふっつり来なくなってしまったのは、——お蓮は白粉おしろいいた片頬かたほおに、炭火すみび火照ほてりを感じながら、いつか火箸をもてあそんでいる彼女自身を見出みいだした。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
窓のつい眼のさきにある山の姿が、淡墨うすずみいたように、水霧につつまれて、目近まぢかの雑木の小枝や、崖の草の葉などに漂うている雲が、しぶきのような水滴を滴垂したたらしていたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
致命傷はきまって咽喉のどの一き、つづいて、解剖のような暴虐が体の下部に加えられて、判で押したように、かならず子宮がなくなっている。同一人の連続的犯行であることは明白だ。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
顧れば甲武の山の若紫を焼いて、山肩茜色せんしよくの暗潮一味をく。
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)