出逢であ)” の例文
その途中の甚だ乱雑なのに驚かされたが、低い梯子段はしごだんのあがり口で、かの守田勘弥かんや出逢であうと、きょうもやはり丁寧に挨拶していた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
順一が事務室に現れたのは、朝のも大分高くなっていた頃であったが、ここにも茫とした顔つきのねむそうな人々ばかりと出逢であった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
この道を奥の方へと荷馬車の通うのにも出逢であったが、人里がありそうにも思えない荒寥こうりょうたる感じで、陰鬱いんうつな樹木の姿も粗野であった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
これまで例の湖水のそばで、ひっそりした生活をして来たので、この慣れない賑いに出逢であって、ほとんど茫然ぼうぜんとするようであった。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
知らない人に幾千人となく出逢であうのはうれしいが、ただ嬉しいだけで、その嬉しい人の眼つきも鼻つきもとんと頭に映らなかった。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
意外な処で村岡に出逢であった時の様子から思合せて、自分が車から突落されたのも、事によると清岡さんの教唆きょうさから起った事かも知れない。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「そりゃ覚えてなくって!」と男もニッコリしたが、「なんしろまあいいとこで出逢であったよ、やっぱり八幡様のお引合せとでも言うんだろう。 ...
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
このノハナショウブは、どこに咲いていても紅紫色こうししょく一色で、私はまだ他の色のものに出逢であったことがない。そして花はなかなか風情ふぜいがある。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
これが銀行員チルナウエルの大事件に出逢であう因縁になったのである。チルナウエルはいつか文士たくの隅に据わることを許されていたのである。
それを読んだという人にはその後何十人というほども出逢であったが、各自の印象はまだ十分に語りかわすこともできずにいる。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
始めて汽車の中で出逢であつた時からして、何となく人格の奥床おくゆかしい細君とは思つたが、さて打解けて話して見ると、別に御世辞が有るでも無く
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
やまると、たゞちに猛獸まうじう毒蛇どくじや襲撃しふげき出逢であふだらうとはかねての覺悟かくごであつたが、此時このときまで其樣そん模樣もやうすこしもえなかつた。
ああ、しかし、人形は名作です——帰途かえりにまた出逢であうかも知れない。(半ばつぶやく)貴女あなた、失礼をいたしました。(冷然として山道のかたく。)
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この蒐集の間に、わたくしは「弘前医官渋江うじ蔵書記」という朱印のある本に度々たびたび出逢であって、中には買い入れたのもある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
エルリングに出逢であって、話をし掛けた事は度々あったが、いつも何か邪魔が出来て会話を中止しなくてはならなかった。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
程よく金公の突き出した頭と出逢であったものだから、そこでピシャリという、あつらえたような音がしたものと見えます。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ごく親しい仲のよい友だちが久しぶりで偶然出逢であいます。そんな時には、いろんな、めんどうな御無沙汰ごぶさたのおわびや、時候の挨拶あいさつなどはありません。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
チッバ 無理往生むりわうじゃう堪忍かんにん持前もちまへ癇癪かんしゃくとの出逢であひがしらで、挨拶あいさつそりあはぬゆゑ、肉體中からだぢゅう顫動ふるへるわい。引退ひきさがらう。
翌朝、未明に合宿を出ると、すぐ表で、ぱったり出逢であったのは、近所の、小さい友達で、リンキイ君、ぼく達がリンカアンと綽名あだなをつけた少年でした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
その思ひが私の心をかすめた時、私の眼は彼のと出逢であつた。彼はその一べつを讀みとつたらしく、その意味を想像した通りに話されでもしたやうに答へた。
それがしばらく行っても容易に出逢であわない、この二つの野路はいつまで逢わずにいるのであろう、とそういうところに秋風の趣が見出みいだされるのであります。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
K町の実科女学校に行っているころ、与平は千穂子にたびたび道で出逢であった。ちっとも目立たない娘であった。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
おもつてせねばらぬ事件じけん出逢であうても二や三逡巡しりごみするのがどうかといへばかれくせの一つであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
私の出て来たとしには殊に大きなひょうが降った。その雹は雪山の名物ともいうべき物で、私は一度ネパールの中で出逢であった事がある。実に驚くべき大きなひょうです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
光る鉄道線路を越えたり、群る向日葵ひまわりを処々の別荘の庭先に眺めたり、小松林や海岸の一端に出逢であったりして尋ね廻ったが、思い通りの家が見つからなかった。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
といふのは、われ/\は四川しせん生れの或る退役軍人の家で出逢であつたのだ。くはしく云へば、退役軍人のひつそりした正房の壁にかゝつてゐる画幅の前で出逢つたのだ。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
ふと林に入ろうとする畠から、すきになった一人の百姓が出てきて、だんだんとこっちへおりてきたが、前の番頭に出逢であうと、二人は立ち留まって何ごとをか語った。
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
家の中では年を取った尼君主従がまだ源氏のような人に出逢であったことのない人たちばかりで、その天才的な琴の音をも現実の世のものでないと評し合った。僧都も
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
今日は何だか、楽しいうれしい出来事に出逢であいそうな気がした。彼女は、いそ/\として、床を離れた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私はやっとっとしましたが、こんなところで、こんな物凄ものすごい犬に襲われようとも思わなければ、馬に乗ったこんな綺麗きれいな女に出逢であおうなぞとは、夢にも思いません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
そんな手紙を出して、一箇月ばかり経った頃、私はその先輩と偶然、新宿で出逢であった。私たちは何も言わずに黙って一緒に歩いた。しばらくして、その先輩が言った。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ピチ公は心細くなつて、道をまちがへたのではないかと思つてると、また変な男に出逢であひました。
金の猫の鬼 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
この人に出逢であつたら、汽車だつて、何だつてかなはねえ。ううんと一息にはねとばされてしまふ。それで騎士屋に注意すべしさ。汽車の方でこはかつたのだな。それがどうだ。
騎士屋 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
あいちやんは自分じぶんまた、三にん園丁えんていのやうに平伏ひれふさなければならないかうかは疑問ぎもんでしたが、かつ行列ぎやうれつ出逢であつた場合ばあひ、かうした規則きそくのあることをきませんでした
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
七月はじめの宿居とのいの夜、ゆくりなく御腰掛の端居はしい出逢であい、積る話をして本意をとげた。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
葉子は、いつか森先生に出逢であった橋の所まで来ると、向うから光子みつこが来るのに会った。
先生の顔 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
それでも出逢であひがしらに危くつかまりさうになつたことも、一二度はあつたさうです。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
暫らく文三がシケジケと眺めているト、やがて凄味のある半面よこがおが次第々々に此方こちらねじれて……パッチリとした涼しい眼がジロリと動き出して……見とれていた眼とピッタリ出逢であう。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
去年なども、彼はよく峠道や森の中でこのお嬢さんが馬に乗っているのに出逢であった。そういう時いつも彼女のまわりには五六人の混血児らしい青年たちがむらがっているのであった。
ルウベンスの偽画 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それから故人歌六かろくが大阪のお茶屋の便所で出逢であったという怪談、これは、便所から出て手あらい場に待っている女中に向って「今何時だろうね」と云ったら、女中がまだ答えぬ中に
怪談 (新字新仮名) / 平山蘆江(著)
きぬには出逢であはなかつた。あたまへである。ぼくその翌日よくじつしさうなそらをもおそれず十國峠じつこくたうげへと單身たんしん宿やどた。宿やどものそうがゝりでめたがかない、ともれてけとすゝめても謝絶しやぜつ
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
ぼくらが最初のその出逢であいの場所をはなれなかったのは、しかし、たんなる習慣というより、その下界を見下ろし、自分と同じ高さにはただ空漠たる冬空しか見えない位置の感覚に
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
わが国に現れた文学運動の最初は、いつもそのような運命に出逢であっているのだ。
純粋小説論 (新字新仮名) / 横光利一(著)
あの人はよく私を可愛がつてれたつけにヽヽヽヽアヽわるいことをした、又しても面目ないと思ひ出し、一言も口へは出ず、ソツト抜け出して、庭へ出て見ると、パツタリ父に出逢であひ升た
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
荷風は『歓楽』の中で、「其の土地では一口にねえさんで通るかと思ふ年頃の渋いつくりの女」に出逢であって、その女が十年前に自分と死のうと約束した小菊こぎくという芸者であったことを述べている。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
毎度往来に出逢であうて、もとより言葉も交えず互に睨合にらみあうて行違ゆきちがうその跡で
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼はしばらく波止場に立ちつくしてゐた。秋のは島山に落ちた。うそ寒い潮風が吹き渡つて来た。それは曾て遠い過去に於て失職の果てに知らぬ旅路の海岸をさまようた時分にも出逢であつた風であつた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
『幸福』よ、まち出逢であつた見知らぬ人よ
幸福が遅く来たなら (新字旧仮名) / 生田春月(著)
そのお転婆の若い盛りに、あとにも先にもつた一度、わたくしは不思議なことに出逢であひました。そればかりは今でもわかりません。
父はこの秋の中山の競馬でふと木山に出逢であつて、こゝで逢つたことは晴代には絶対秘密だと言つて、五十円くれたことがあつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)