こがらし)” の例文
あなたは母様のひざに抱っこされて居た。そとではこがらしおそろしくえ狂うので、地上のありとあらゆる草も木も悲しげに泣き叫んでいる。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
□このごろのこがらしに、さては南の森陰に、弟の弱きむくろはいかにあるらん。心のみにて今日も訪はず。かくて明日みょうにちは東に行く身なり。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
こがらしの吹く町のかどには、青銅からかねのお前にまたがつた、やはり青銅からかねの宮殿下が、寒むさうな往来わうらい老若男女らうにやくなんによを、揚々と見おろして御出おいでになる。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
夏山 夏野 夏木立なつこだち 青嵐 五月雨さみだれ 雲の峰 秋風 野分のわき 霧 稲妻 あまがわ 星月夜 刈田 こがらし 冬枯ふゆがれ 冬木立 枯野 雪 時雨しぐれ くじら
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
歩いたのは十二月の中旬で、神戸から先は四国、九州地方だが、それでも雪を見たりこがらしに吹かれたりの、冬旅だったことに変りはない。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こがらしのために朝から山があれて小屋のかけむしろがにぶくゆすられていた日であった。父親は早暁から村へ下りて行ったのである。
魚服記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しきりにすさまじくこがらしが軒端を吹き抜け、通りのほうで犬が二、三匹遠吠えしていた。師匠の鼾がここまで絶え絶えに聞こえてきていた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
そしてそれはこがらしに追われて、砂漠のような、そこでは影の生きている世界の遠くへ、だんだん姿をき消してゆくのであった。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
時雨しぐれ私語ささやく。こがらしが叫ぶ。一陣の風小高い丘を襲えば、幾千万の木の葉高く大空に舞うて、小鳥の群かのごとく遠く飛び去る。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
正吉は無言で受取り、千万の言葉をめた会釈を……たった一度。よろめく足を踏みしめ踏みしめ、こがらしの中を両国の方へ——。
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
自分は狂句を作っている風狂人ふうきょうじんである、またこがらしのような境遇の人間である、凩の吹きすさむ中に漂うておるような人間である
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
いつの間にやらけ過ぎてしまった、戸外とのもは怖ろしい静寂の中に、時々こがらしが雨戸の外を過ぎて行くのに気が付きまして
壊れたバリコン (新字新仮名) / 海野十三(著)
あひだそらわたこがらしにはかかなしい音信おどづれもたらした。けやきこずゑは、どうでもうれまでだといふやうにあわたゞしくあかつた枯葉かれは地上ちじやうげつけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
憤怒の形相ぎょうそうは次第に恐怖の表情に変って、頬や顳顬こめかみの筋肉はヒクヒクと引き釣り、その眼と口は大きく開いてこがらしのような音を立ててあえぎに喘いだ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
町から町はこがらしゆえにか大方もう寝しずまって辻番所の油障子にうつる灯が、ぼうと不気味に輝いているばかり……。
このこがらし! 病む人の身をいかんする。ミリヤアドはきぬ深く引被ひきかつぐ。かくは予と高津とに寝よとてこそするなりけれ。
誓之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
海とも空ともつかぬあたりに天草のいさり火が吹きすさぶこがらしに明滅するごとくかすかにまたたいているのであった。
窪んだ眼にまさに没せんとする日が落ちて、頬冠りした手拭の破れから出た一束の白髪がこがらし逆立さかだって見える。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
こがらしに吹きさらされた松本平とも違い、冬というものを知らぬげな伊豆の海岸の、右には柑橘かんきつみのり、眼のさめるほどあおい海を左にしての湯治帰りだから、世界もパッと明るい。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
元日快晴、二日快晴、三日快晴としるされたる日記をけがして、この黄昏たそがれよりこがらし戦出そよぎいでぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「はい、かしこまりました」と、コン吉が、扉を開けて廊下へ出ようとすると、その一尺ほどの扉の隙間から、こがらしのようにひょろりと吹き込んで来た一着の銀鼠色ぎんねずいろのモオニング。
あるものは肌さむい秋だのこがらしの冬だのが季節としての背景にはあるのだけれど、詩は、いつもそんなつめたさやさむさを忘れて様々の美しさへの没頭でうたわれているのですね。
其後二度許り竹山を訪ねて来たが、一度はモウ節季近いこがらしの吹き荒れて、灰色の雲が低く軒を掠めて飛ぶ不快な日で、野村は「患者が一人も来ない。」と云つて悄気しよげ返つて居た。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
昨日一日のこがらしで、急に枯々な木立も目につき、こずゑも坊主になり、何となく野山の景色が寂しく冬らしくなつた。長い、長い、考へても淹悶うんざりするやうな信州の冬が、到頭たうとうやつて来た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
じりじりと押迫って来る何か不吉なものが、今にもこの小さな生活をくつがえしそうな秋であった。台所の硝子戸にドタンと風のあたる音がして、遠くの方にヒューッとうなこがらしの音がする。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
眠るは春の凪日和なぎびより、沖のこがらし吹っ立って、鞺鞳どうどうの浪すさまじき此処は堺の港まち、けの空とぶ綿雲の切間を、のぞく冬月の、影物凄き真夜中ごろ、くるわに近き裏町を黒羽二重くろはぶたえに朱色の下着
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
夜は晩くまで納屋なやもみずりの響がする。突然だしぬけにざあと時雨しぐれが来る。はら/\とひさしをうってあられが来る。ちら/\と風花かざはなが降る。北からこがらしが吹いて来て、落葉した村の木立を騒々しく鳴らす。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
窓の外をこがらしが吹く音をききながら寝ていると、自分が非常な高処たかみに巣をつくっているような気がしてきて妙だそうである。また樹上に坐禅を組んだという栂尾とがのお明恵上人みょうえしょうにんのことがしのばれるという。
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
こがらしは屋根を鳴らして吹いてゐる
都会と田園 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
こがらしの残りや松に松のかぜ 十丈
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
こがらしに匂ひやつけし帰り花
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
こがらし土器かわらけ乾く石燈籠
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
こがらしが戸をならして
十二ヶ月 (新字新仮名) / 竹内浩三(著)
こがらしに揺るる日輪の光を浴びて、「さんた・るちや」の門に立ちきはまつた、美しく悲しげな、「ろおれんぞ」の姿が浮んだと申す。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その口をいたままの咽喉のどがひくりひくりと動き出し、やがてぐるぐると上下したと思うと、遠いこがらしに似た声が、氏の全身の力を絞っておののき出た。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
親しい友だちでもそうである。かれは痛切に孤独こどくを感じた。誰も知ってくれるもののない心の寂しさをひしと覚えた。こがらしが裏の林をドッとらした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
梢をわたる風の音遠く聞こゆ、ああこれ武蔵野の林より林をわたる冬の夜寒よさむこがらしなるかな。雪どけの滴声軒をめぐる
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ちょいと雛形みほんがこんなもの。三十余人の貧民等、暴言を並べ、気焔きえんを吐き、嵐、こがらし一斉いっときどっと荒れて吹捲ふきまくれば、花も、もみじも、ちりぢりばらばら。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
覘いている竹村君の後ろをジャン/\と電車が喧しい音を立てて行くと、切るようなこがらしが外套の裾をあおる。
まじょりか皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
こがらしでもつかったように、そのとき、誰か門口かどぐちの格子によろめいて、大きな音をさせた者がある。そして
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
戸を閉めきった家々の中で、「うさぎや」という駄汁粉屋の灯が、こがらしに吹かれてまたたいていた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
こがらしの吹く闇の街を五六丁、足に任せて走った。——お美津はその夜、越後屋からの帰りを襲われ、付添いの下男を蹴倒されたうえ、あの地獄へ掠われて行ったのだと云う。
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかれども春雨はるさめかさ、暮春に女、卯花うのはなに尼、五月雨さみだれに馬、紅葉もみじに滝、暮秋に牛、雪に燈火ともしびこがらしからす、名所には京、嵯峨さが御室おむろ、大原、比叡ひえい三井寺みいでら、瀬田、須磨、奈良、宇津
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
宮は鳩羽鼠はとばねずみ頭巾ずきんかぶりて、濃浅黄地こいあさぎぢに白く中形ちゆうがた模様ある毛織のシォールをまとひ、学生は焦茶の外套オバコオトを着たるが、身をすぼめて吹来るこがらし遣過やりすごしつつ、遅れし宮の辿着たどりつくを待ちて言出せり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
吹きつづけたこがらしが、しいんと、吹きやんで、天地が、寒夜の静もりに沈んでゆくような晩だったが、相変らず、錦絵をならべて、小むすめに、絵ときをしてやったあとで、菓子箪笥かしだんすから
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
暮れ易い冬ざれの陽はいつか黄昏たそがれそめて、訪れるは水の里に冷たいこがらしばかり。
こがらしの吹く夜は、海の様なひびきが武蔵野に起って、人の心を遠く遠くさそうて行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
青空が広く、葉は落ち尽くし、鈴懸すずかけが木に褐色かっしょくの実を乾かした。冬。こがらしが吹いて、人が殺された。泥棒の噂や火事が起こった。短い日に戸をたてる信子は舞いこむ木の葉にもおびえるのだった。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
又遙かに——縹渺へうべうの彼方には海上としては高過ぎ、天空としては星の光りとも見えぬ、海とも空ともつかぬあたりに天草のいさり火が吹きすさぶこがらしに明滅する如く微かにまたゝいてゐるのであつた。
生命いのち拾いをした広岡学士がよくよく酒にりて、夏中奥さん任せにしてあった朝顔棚の鉢も片附け、種の仕分をする時分に成ると、高瀬の家の屋根へも、裏の畠へも、最早もう激しい霜が来た。こがらしも来た。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)