かたわら)” の例文
もと嶺松寺には戴曼公たいまんこう表石ひょうせきがあって、瑞仙はそのかたわらに葬られたというのである。向島にいたわたくしも嶺松寺という寺は知らなかった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かたわらで湯を浴びていた小柄な、色の黒い、すがめ小銀杏こいちょうが、振り返って平吉と馬琴とを見比べると、妙な顔をして流しへたんを吐いた。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
遺言ゆいごんによって、ベートーヴェンの墓のかたわらに葬られたが、それが三十一歳で夭折ようせつした、稀代きだいの天才のせめてもの満足であったことであろう。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
また、中室との境界さかいには、装飾のないいかめしい石扉いしどが一つあって、かたわらの壁に、古式の旗飾りのついた大きな鍵がぶら下っていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
鹿のつのをつけたる面をかぶり童子五六人剣を抜きてこれとともに舞うなり。笛の調子高く歌は低くしてかたわらにあれども聞きがたし。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
机のかたわらに押立たは二本だち書函ほんばこ、これには小形の爛缶ランプが載せてある。机の下に差入れたはふちの欠けた火入、これには摺附木すりつけぎ死体しがいよこたわッている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
死骸は目算通り、トンネルのかたわらへ振り落された。その上なお好都合にも、あの辺の山犬が、全く見分けのつかぬ様に皮膚を食い破ってしまった。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その法師が宝蔵院二代目の胤舜いんしゅんかと思って見ていたが、かたわらの者に訊いてみると、彼は阿巌あごんという高弟の一人であって胤舜ではない、たいがいな試合でも
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうです、一句出ましたぜ、洪水に女のももの白きかな——ハッ、ハッ、いかがでげす」などと、嘔吐へどのごとき醜句しゅうくを吐き出せば、かたわらの痩男は小首をひねって
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
平たい庭石の上に用意して在った炭俵の上にガサガサと土下座をすると、頬冠を取った目明の良助は、そのかたわらから少し離れて、型の如く爪先立ちにうずくまった。
一日弓を彎いた弦音つるおと以てのほか響いてかたわらにあった姙婦を驚かせ流産せしめ、その夫の梵士怒って、爾今じこん、羅摩、庸人ようじんになれと詛う。それより羅摩生来の神智を喪う。
しきりに語りかけるかたわらに下女は薩摩芋さつまいもの皮を剥きながら「お嬢様、お芋も何かお料理になりますか」
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
これ新橋ステイションのかたわらなる。新橋楼しんきょうろうという待合の奥二階に。さしむかいの男女は。山中正にお貞なり。正は時計を出して見て。もう刻限だぜドレ。と立ち出でながら。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
科学者は溜息をついて、かたわらを見ると、そこにはファラデーの暗界ダークスペースの如き夜店が眼にうつった。
科学者と夜店商人 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
無病の人をして清潔なる寐床ねどこの上に置きしかして彼は危険なる病に罹れる患者なれば今は病床の上にありとかたわらより絶えず彼に告ぐれば無病健全なる人もただちに真正の病人となると
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
猟師は、草叢くさむらへ鉄砲を下ろして、そのかたわらへ首の切取られた犬を置いた。犬は、脚を縮めて、ミイラの如くかたくなってころがった。疵は頸にだけでなく、胸まで切裂かれてあった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「お玉殿」と範之丞はいい、かたわらに坐っているお吉の手を、情熱をもって握りしめた。「ここにおりましても詮ないこと、一揆衆の中を押し通り、江戸へ参ろうではござりませぬか」
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一人を追躡ついじょうして銀明水ぎんめいすいかたわらまで来りしに、吹雪一層烈しく、大に悩み居る折柄、二人は予らに面会をおわりて下るにい、しきりに危険なる由を手真似てまねして引返すべきことをうながせしかば
「はてな、はてな。」とこうべを傾けつつ、物をもとむる気色けしきなりき。かたわらるは、さばかり打悩うちなやめる婦女おんなのみなりければ、かれ壁訴訟かべそしょうはついに取挙とりあげられざりき。盲人めしい本意ほい無げにつぶやけり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
予また幕末ばくまつ編年史へんねんしを作り、これを三十年史となづ刊行かんこうして世にわんとせし時、誰人たれびとかに序文じょぶんわんと思いしが、駿しゅんかたわらりて福沢先生の高文こうぶんを得ばもっとも光栄こうえいなるべしという。
少なくともかたわらから見ていて腹が立つ。良心的に安っぽく安心しており、他にも安心させるだけ、いっそうしからぬのだ。弁護もしなければ反駁はんばくもせぬ。心中、反省もなければ自責もない。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そのかたわらに立つ奴の悦びはどれほどであったろう。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そのかたわらに、伸子の小さい甲斐甲斐かいがいしい手が——その乾杏ほしあんずのように、健康そうな艶やかさが、いとも可愛らしげに照り映えているのである。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
こっちの手水鉢ちょうずばちかたわらにある芙蓉ふようは、もう花がまばらになったが、向うの、袖垣そでがきの外に植えた木犀もくせいは、まだその甘い匂いが衰えない。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
抽斎の歿した翌年安政六年には、十一月二十八日に矢島優善やすよしが浜町中屋敷詰の奥通おくどおりにせられた。表医者の名を以て信順のぶゆきかたわらに侍することになったのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かたわらに坐したるは。前のむすめにくらべては。二ツばかり年かさにやあらん。鼻たかくして眉ひいで。目は少しほそきかたなり。常におさんには健康を害すなどいいてとどめたまう。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
我らが若き時はかようにはなしという時、飼い置きし鶏かたわらより時をつくる。老人いわく、あれ聞きたまえ人ばかりでなし、鶏さえ今時は羽敲はばたきばかりして鳴きはしませぬと。
一族の者集まりてこれを守れどもなんの甲斐かいもなく、婿の母も行きて娘のかたわらたりしに、深夜にその娘の笑う声を聞きて、さては来てありと知りながら身動きもかなわず
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
奥の間の障子を開けて見ると、果して昇があそびに来ていた。しかも傲然ごうぜん火鉢ひばちかたわら大胡坐おおあぐらをかいていた。そのそばにお勢がベッタリ坐ッて、何かツベコベと端手はしたなくさえずッていた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
前に差し置いた大鉢には血の滴る大鯛が一匹反りかえって、かたわらに御酒代、襟屋半三郎と書いた紙包一封。その前に白い両手の指を律義に並べて半三郎は、さしうつむいている様子……。
かたわらより妹が「モシ兄さんおつゆが冷めるといけませんから早く召上りまし」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
音に聴く者も眼に見る者もかたわらなる津川五郎子ばかり。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
学生はそのかたわらに寝転びたる友に向いて言えり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、答えて、かたわらの僧侶に
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
さっきのすがめはもうかたわらにいない。たんも馬琴の浴びた湯に、流されてしまった。が、馬琴がさっきにも増して恐縮したのはもちろんのことである。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と云って、かたわら書類綴りファイルブックを手繰り寄せ、著名な事件ごとに当局から送ってくる、検屍調書類の中から、博士の自殺に関する記録を探し出した。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
さて目見をおわって帰って、常の如く通用門をらんとすると、門番がたちまち本門のかたわらに下座した。榛軒はたれを迎えるのかと疑って、四辺しへんかえりみたが、別に人影は見えなかった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
最初に渓川たにがわの流に物を洗いに降りて、美しい丹塗にぬりのが川上からうかんできたのを、拾うて還って床のかたわらに立てて置いたという例があるのを見ると、また異常なる感動をもって
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それより二百余年おくれて渡天した唐の玄奘げんじょうの『西域記』にはマツラを秣莵羅とし、その都のめぐり二十里あり、仏教盛弘する由を述べ、この国に一の乾いた沼ありてそのかたわらに一の卒塔婆そとば立つ
にがりに苦りて言葉なし。アアこの神経というものはおそろしきものなり。折にふれては鬼神妖怪ようかいの当りにおそいきたるかとみれば。いつしか嬋娟せんけんたるたおやめのかたわらに立つかと思うなど。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
かたわらから吉岡信敬将軍、髯面ひげづら突出つきだして
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
そこでかたわらの柱の下に死んだようになって坐っていた叔母の尼をき起しますと、妙にてれた容子ようすも隠しきれないで、『竜を御覧ごろうじられたかな。』と臆病らしく尋ねました。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこは、乳色をした小川の流れが、書割一体を蛇のようにのたくっていて、中央には、金雀枝えにしだの大樹があり、そのかたわらを、淡藍色のテープで作られている、小川の仕掛が流れていた。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
便用に行きたしといえば、おのれみずから外より便器を持ち来たりてこれへせよという。夕方にもなりしかば母もついにあきらめて、大なる囲炉裡いろりかたわらにうずくまりただ泣きていたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そのひまに母は走りのきしが、不意を打たれて倒れし王は、起き上りて父に組付きぬ。えふとりて多力なる国王に、父はいかでか敵し得べき、組敷かれて、かたわらなりし如露じょろにてしたたか打たれぬ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そのかたわらに、妙なかごのようなものを背負った妻の滝人、次男である白痴の喜惣きそう、妹娘の時江——と以上の五人を中心に取り囲み、さらにその周囲ぐるりを、真黒な密集がうごめいていたのである。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
女たちはさすがに驚いたらしく、あわてて彼のかたわらを飛びのいた。が、すぐにまた声を立てて笑いながら、ちょうど足もとに咲いていた嫁菜よめなの花を摘み取っては、一斉いっせいに彼へ抛りつけた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そうしてお礼には小さなつぐらといって、赤ん坊を入れて置く藁製のおけのような物を持って来て、堂のかたわらの青木の枝にぶら下げますがその数はいつも何百とも知れぬほどあるといいます。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
余がしばしば赤布をかたわらの壁際へ寄せたるに、同人もまたそれに応じて、埋もれんばかりに身体からだを片寄せるかと思えば、また銃器に触れると、同時に身体を離し、その儘静止する事もありき。
夢殿殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
やがて法水は、かたわらの壁に視線を転じ、そこに立て掛けてある絵を見入りはじめた。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)