鬱蒼うっそう)” の例文
『市当局の配慮により、我が市は今や、樹木の鬱蒼うっそう繁茂はんもせる公園によって飾られ、炎暑のこうにも清涼の気を満喫しるに至れり。』
私は首を上げて空を仰いだ。が、鬱蒼うっそうとした松の枝にさえぎられて空は少しも見えない。頭の上では例の松風の音が颯々さっさつと聞えている。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その混凝土コンクリート氏こと、山木やまき勘九郎氏邸の前を通ると、鬱蒼うっそうたるかしの木立の奥に、青空の光りを含んだ八手やつでの葉が重なり合って覗いている。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
鬱蒼うっそうと繁り合った葉の間から、陽の光が金色のしまになってさし込んでいる。しんとして、小鳥の声のほか何の物音もきこえない。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
鬱蒼うっそうとして頭上におおい被さって来そうな真っくらな寺門を振り返るのも恐ろしくて、私はただひた走りに息の続く限り走っていた。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
両岸の絶壁は鬱蒼うっそうたる老樹の緑、神田川の間を貫いて、市中とは思われぬ幽邃ゆうすい気分、詩人はこぞって「小赤壁」と呼んだくらい。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
赤松谷は爆発火口原であるが、その急峻きゅうしゅんな傾斜面には赤松が生え、もみが生え、しいかしなどの雑木が、鮮麗に頂の緑を見せて鬱蒼うっそうとしている。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
よほどふかいものとえまして、たたえたみずあいながしたように蒼味あおみび、水面すいめんには対岸たいがん鬱蒼うっそうたる森林しんりんかげが、くろぐろとうつってました。
麹町三番町の屋敷まちには、かしぎのけむりが鬱蒼うっそうたる樹立ちにからんで、しいんと心耳しんじに冴えわたるしずけさがこめていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
線路の両側に鬱蒼うっそうと続いていた森が、突然ぱったりと途絶とだえると定規で引いたような直線レールがはるか多摩川の方に白々しらじらと濡れて続いています。
(新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼女は灌木が大きなきのこのように生え群がる間を抜けて、鬱蒼うっそうとした雑木林の中に潜入した。出た処はケンウッドの森の一寸した突出部であった。
決闘場 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
千年の老樹は鬱蒼うっそうとして昼なお暗きまでに繁茂しているが、その一部分の懸崖をなしている処に、瓦磚がせんを積み上げて作られた一つの瓦壁がある。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
鎌倉附近の昔のヤツに草木の鬱蒼うっそうたりし場合を想像してみても、実は西国に生まれた者のタニという考えとは同じでない。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
稲が深々と実って、稍々やや低地に建てられた農家をおおうばかりである。それが鬱蒼うっそうたる森蔭もりかげにまでつづいた豊かなしかも寥々りょうりょうたる風景を私は好む。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
社を離れて三町余り、闇にもしる鬱蒼うっそうと茂った杉の林まできた時に、二人は精根を使い果たし転がるように腰を下ろした。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
其処までは一、二度行ったことがあるが、鬱蒼うっそうと茂った暗い森の中に、細いみちがたえだえについていたような気がする。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
鬱蒼うっそうと茂る境内の杉林を背景にした中庭は淡々とした趣向の中に、しっとりと心に迫るような風致をたたみあげている。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
なるほど庭の左の方の隅は山嘴さんしが張り出していて、その樹木の鬱蒼うっそうたる中から一条の水が落ちているのらしく思えた。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
深く、暗く、鬱蒼うっそうとして茂りに茂っている森は、次第次第に開けるにつれて粗雑にばかりなって来た町に、まったく唯一の尊い太古の遺物であった。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ここは鎌倉時代から、衝要しょうような関東の往来なので、道はひらけているが、鬱蒼うっそうとした樹木が左右の小高い山をつつみ、夜となると、通る人影は稀れだった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼らの大きな石造りの邸はひろびろしていて、夏分は涼しく、数ある窓の半分は年をへて鬱蒼うっそうたる庭園に面していて、春になるとそこで小夜鶯うぐいすいた。
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
神田川にそそぐお茶の水の堀割は、両岸の土手が高く、樹木が鬱蒼うっそうとして、水戸みと家がへいした朱舜水しゅしゅんすいが、小赤壁しょうせきへきの名を附したほど、茗渓めいけい幽邃ゆうすいの地だった。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
海岸から折れて一丁も行かない中に、目指す石の塁壁るいへきにぶつかる。鬱蒼うっそうたる熱帯樹におおわれこけに埋もれてはいるが、素晴らしく大きな玄武岩の構築物だ。
ところで君は、スピルディング湖の水精ウンディネを描いた、ベックリンの装飾画を見たことがあるかね。鬱蒼うっそうとしたもみ林の底で、氷蝕湖の水が暗く光っているのだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
第三のパンクした時、私たちは鬱蒼うっそうとした樺太柳の、白楊の、また絹柳の緑蔭にはいりかけた私たちを見た。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
これは純一の空想に度々えがいだされたものであった。鬱蒼うっそうたる千年の老木の間に、温泉宿の離れ座敷がある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
片側のやぶの根キに寄りながら鬱蒼うっそうとした樹木の下を動いて行く俥が見える。繁子は白い肩掛に身を包んで何事かを沈思するように唯俯向うつむいたままで乗って行った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
雨のしょぼしょぼ降る午後の二時頃菅笠すげかさをかぶり、糸楯いとだてを着て、わらじがけでとぼとぼと峠を上ると、鬱蒼うっそうとして頭の上に茂った椎の木の梢で、男と女の声がする。
怪談 (新字新仮名) / 平山蘆江(著)
そこはちょうど断崖だんがいの端の頂きになっていた。木立のすきまから、彼は、なんマイルにもわたって鬱蒼うっそうとした森林がつづいている低い地方をいちめんに見おろした。
夕陽は大空を焼き、断崖の岩肌を血の色に染め、そのうしろの鬱蒼うっそうたる森林をほのおと燃え立たせていた。
断崖 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
泉原はデンビ町の下宿へ帰る積りであったが、どうした訳か横丁を曲らずに、幅の広いなだらかな、堤防エンバンクレメントを歩いていた。両側の街樹は枝葉を伸して鬱蒼うっそうと繁っている。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
永き夏のも、西に没して空のあかね色も消え去り、行く手のほの暗い東天低く、宵の明星がきらめき光っている。鬱蒼うっそうと茂る桑畑の路に歩を進めると、ここはもう淡暗だ。
しゃもじ(杓子) (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
と言う声に、其角が恐る恐る駕籠を出て見ると、鬱蒼うっそうと常緑樹の茂った深山のような中で、向うからひげだらけの面をして松火たいまつを持った、異装の荒くれ男が二人やってきた。
其角と山賊と殿様 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「しかるに先生のおつむりのように、いつも若々しく緑の色鬱蒼うっそうと、この木曾の山が森林美を失わずにおられますのは、つまりその時の鈴木千七郎殿の舌一枚でございました」
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と僕達は元気好く坂道を辿たどった。木も大きなのが鬱蒼うっそうと生い茂っていて、三輪さんを喜ばせた。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
かくて夕陽は鬱蒼うっそうたる松林のあなたに沈み、そして夜がきた。街には賑かな祭りの最後の夜が来た。鐘楼の陰の秀蓮尼の庵室の中では、語るも妖しき猟奇の夜は来たのである。
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
水湧き、樹木鬱蒼うっそうとして、中央には生命の樹があり、この荒涼たる髑髏されこうべの丘とは正反対の楽園です。ゴルゴタを去ってパラダイスへ、死を去って生命へ、苦痛を去って歓喜へ。
門のなかは、遥か正面にこんもり繁つてゐる馬車廻しまで、両側は鬱蒼うっそうたる樹林だつた。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
広袤こうぼう百里、樹木鬱蒼うっそうたりと聞き伝えた平原であった。そこを灌漑する川は沼から来る川の意味によって、トウベツ河と名づけられていた。間もなく合するのは大いなるイシカリ川。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その旧道にはもみ山毛欅ぶななどが暗いほど鬱蒼うっそうと茂っていた。そうしてそれらの古い幹にはふじだの、山葡萄やまぶどうだの、通草あけびだのの蔓草つるくさが実にややこしい方法でからまりながら蔓延まんえんしていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
伊豆山の元の停留場に立つと、前には眼下はるかに海があり、後ろには鬱蒼うっそうたる樹木に覆われた山があります。相州屋そうしゅうやへ行くには、ここから長い石段のある道を降りねばなりません。
深夜の電話 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
日向ひゅうがの山奥で森林を伐採した事があって、附近の者は元より他国からも木客そまが集まって来たが、その木客だちは、昼は鬱蒼うっそうたる森林の中ではたらき、夜はふもとに近い山小屋へ帰って来た。
死んでいた狒狒 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そうしてすこしのさえぎるものもない島はそのうえに鬱蒼うっそうと生い繁った大木、それらの根につちかうべく湖のなかにわだかまったこの島さえがよくも根こぎにされないと思うほど無惨に風にもまれる。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
鬱蒼うっそうたる木立の中に迷い込み、眺望どころでなくなって、あわてて遮二無二しゃにむに木立を通り抜け、見ると、私は山の裏側に出てしまったらしく、眼下の風景は、へんてつも無い田畑である。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いかに鬱蒼うっそうというべき大樹であっても、わずかに五株か六株の柳の蔭がこれほどの功徳くどくを施していようとは、交通機関の発達した現代の東京人には思いも及ばぬことであるに相違ない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
油蝉あぶらぜみの声は御殿の池をめぐる鬱蒼うっそうたる木立ちのほうからしみ入るように聞こえていた。近い病室では軽病の患者が集まって、何かみだららしい雑談に笑い興じている声が聞こえて来た。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
巡礼乙女じゅんれいおとめのおつる石童丸いしどうまるのように、親を尋ねて漂泊さまよう少年少女が、村から村へと越える杉杜すぎもりの中の、それも鬱蒼うっそうと茂った森林の中の、そして岸にはあしが五六本ひょろひょろと生えていて
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
遠く望めば山の形あたかも円筒まるづつを立てたるがごとく、前面は直立せる千丈の絶壁、上部は鬱蒼うっそうとして樹木生茂っている。一見いっけん薄気味の悪い魔形の山、お伽噺とぎばなしの中にある怪物のむ山である。
大伴家持が霍公鳥ほととぎすんだもので、鬱蒼うっそう木立こだちの茂っている山の上に霍公鳥が今鳴いている、あの峰を越して間も無く此処にやって来るらしいな、というので、気軽に作った独詠歌だが
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
あの鬱蒼うっそうとしてそびえる「はんたん山」の森から、城壁に沿うて続く、世にも美しい路は、この世から消えたのでしょうか。古城の南陰にある金城(かなぐすく)の坂路はどうなったでしょう。
沖縄の思い出 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)