行手ゆくて)” の例文
姫は夜の闇にもほのかに映るおもかげをたどって、うずくような体をひたむきにす。行手ゆくてに認められるのは光明であり、理想である。
その氣持ちを言ひ現すことは出來ないが、私は、彼女が私の行手ゆくての路に、嫌惡けんをと不親切の種を蒔きつゝあると云ふことを感じた。
それでも、畿内の空の日だと思うと何となく懐かしい、私は日頃の癖のローマンチックの淡い幻影まぼろし行手ゆくていながら辿った。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
私は挨拶あいさつをして格子こうしの外へ足を踏み出した。玄関と門の間にあるこんもりした木犀もくせい一株ひとかぶが、私の行手ゆくてふさぐように、夜陰やいんのうちに枝を張っていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
是故に天堂を描く時、この聖なる詩は、行手ゆくての道のれたるを見る人のごとく、をどり越えざるをえざるなり 六一—六三
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
バラバラとつぶてのように飛び出した山役人、木下闇このしたやみを分けて山路に差しかかった旅人清作の行手ゆくてに立ち塞がりました。
天保の飛行術 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
近衛家このえけに縁故のある津軽家は、西館孤清にしだてこせい斡旋あっせんに依って、既に官軍に加わっていたので、路の行手ゆくての東北地方は、秋田の一藩を除く外、ことごとく敵地である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そのうえ、実物をつくって実行してみると、机の上では、とても気がつかなかったような困難な問題がひょこひょことびだしてきて、行手ゆくてはばむものである。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
道の行手ゆくてに、砂けむりが立ったかと思うと、その砂けむりの中から、一頭の白い牡牛おうしが太い鉄のようなつのを左右に振り立てながら、飛ぶように走って来ました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
まもなく行手ゆくてに一個の城のような建物を見た。それは大巌おおいわの岬の上に建ててある。少年はその大巌の上にやっとのぼりついた。その城の門にはフレオッセと書いてあった。
くつ下駄げたよりも草鞋わらじの方可なり。洋服蝙蝠傘こうもりがさよりも菅笠すげがさ脚袢きゃはんの方宜し。つれなき一人旅ことに善し。されど行手ゆくてを急ぎ路程をむさぼり体力の尽くるまで歩むはかへつて俳句を得難えがたし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
が、いくら歩いて行っても、枳殻垣からたちがきはやはり僕の行手ゆくてに長ながとつづいているばかりだった。
死後 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
幾度かこれを繰り返し最後の小室へ来た時に、そこに厳重の戸があって二人の行手ゆくてさえぎった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
行手ゆくての右側に神社の屋根が樹木の間に見え、左側には真暗な水面を燈火の動き走っているのが見え出したので、車掌の知らせを待たずして、白髯橋しらひげばしのたもとに来たことがわかる。
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その春のある夜、太郎左衛門は浜松の城下へ往っての帰りに、遅く村の入口の庚申塚こうしんづかの傍まで来たところで、行手ゆくてに当惑しているらしい、二人づれの女の立ち止っているのを見た。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
はら行手ゆくてはまだとほかつた。わたしれしよびれた中根なかね姿すがた想像さうぞうして時時ときどき可笑をかしくなつたり、どくになつたりした。が、何時いつわたしおそつてくる睡魔すゐまこらへきれなくなつてゐた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
しきイザとすゝむ箱枕はこまくらのみならぬ身の親父が横に成たる背後うしろへ廻り腰より足をさす行手ゆくてよわきかひなも今宵此仇このあだたふさんお光の精神是ぞ親子が一世の別れときはまる心は如何ならん想像おもひやるだにいたましけれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
やがて、行手ゆくてにぽっつりあかりが一つ見え始めました。それを子供の狐が見つけて
手袋を買いに (新字新仮名) / 新美南吉(著)
何かしらんと、月光つきあかりを透して行手ゆくての方を見詰めると、何も見えない、多分犬か狐のるいだろう、見たらこの棒でくらわしてやろうと、注意をしながら、四五歩前に出ると、またガサガサ
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
ところで、石段を背後うしろにして、行手ゆくてへ例の二階を置いて、ほっと息をすると……
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
行手ゆくての道の両側には見物みせもの店や、食物店が、それはそれはちょうど九段の招魂社しょうこんしゃの祭りに行ったように奇麗に居並んでいて、其処そこ往来ゆききするお姫様や、小供こどもの姿が手に取るように見えます。
迷い路 (新字新仮名) / 小川未明(著)
行手ゆくてには、こんもりとした森が見えて、銀杏いてふらしい大樹が一際ひときはすぐれて高かつた。赤くつた鳥居とりゐも見えてゐた。二人はそれを目當てに歩いた。お光は十けんあまりもおくれて、沈み勝にしてゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
とまりがきまると、行手ゆくてを急ぐ要はありません。のろ/\歩きましょう。一歩は一歩のたのしみです。父は九十三、母は九十一、何卒どうか私共もあやかりたい。先頃の大地震に、私はある人に言いました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
竜之助が立ち止まって天を仰いだ時は、鈴鹿の山もせき雄山おやま一帯いったいに夜と雨とに包まれて、行手ゆくて鬱蒼うっそう一叢ひとむらの杉の木立、巨人の姿に盛り上って、その中からチラチラと燈明とうみょうの光がれて来る。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
由布院が見える頃になると、この斜面一帯に牛が放牧されている。自動車の行手ゆくてにも平然としていて、怪訝けげんそうにこちらを見ていることもある。そしてずっと近くになってやっとおどろいて逃げ出す。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
突然行手ゆくての林の中にある岩の上に白いものが見える。
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
あらゆる君等の行手ゆくての障害を突き破るだろう
地を掘る人達に (新字新仮名) / 百田宗治(著)
突きあたりて曲る、行手ゆくての見えざる広き坂を
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
君が行手ゆくてに雲かかるあらばその雲に
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ぼくかしらてんじて行手ゆくてた。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
「あの方だわ、ちがひないわ!——どこでだつて、私はお見それすることはないんですもの。」と叫んで、その人は、行手ゆくてを遮つて、私の手をとつた。
僕は行手ゆくてに、にじのような流れが左右にわかれて遠くへ流れ動いていくのを見、目がくらみそうになった。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
行手ゆくての岸には墨絵の如くにじんだ首尾しゅびの松。国貞は猪口ちょくを手にしたまま
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私はその一言いちごんでKの前に横たわる恋の行手ゆくてふさごうとしたのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
行手ゆくてにポッツリ人影が射した。で、足早に寄って行った。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
暫らく行手ゆくてを見定めていたのでしょう。
江戸の火術 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
お浜は竜之助の行手ゆくてさえぎるようにして
その野こえ行手ゆくて沙原すなはら、そこにしも
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
行手ゆくてには悲痛の森
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
と、僕の行手ゆくてにあたって、また別の土塊がむくむくと頭をもちあげた。一つではなかった。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
市ヶ谷八幡はちまんの桜早くも散って、ちゃ稲荷いなりの茶の木の生垣いけがき伸び茂る頃、濠端ほりばたづたいの道すがら、行手ゆくてに望む牛込小石川の高台かけて、みどりしたたる新樹のこずえに、ゆらゆらと初夏しょかの雲凉しに動く空を見る時
青年の行手ゆくてには
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
くらやみの海面から、いつ、どのような無灯の船がぬっと現れ、行手ゆくてを横断しないとはかぎらないのであった。宿直員は全身の神経をひきしめて、たえず行手を警戒しているのだった。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
行手ゆくてなる
十字路で約束通り相良十吉を拾い上げるようにして車内へ入れると、運転手に命じて灯火あかりさせ急速力を出させた。行手ゆくて烏山からすやまの中央天文台、暗闇の中に夜光時計は七時二十分前を示す。
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おばさま。これ、この通り、夫にうまく行き逢いましたのよ。警官に行手ゆくて
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)