自然ひとりで)” の例文
M先生の歿後ぼつご、思いがけなく自然ひとりでに地位の押し進められていることは、自分の才分に自信のない笹村にとって、むしろ不安を感じた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そうして自然ひとりで頭部あたまに手を遣りながら、「気味が悪いなあ! お雪の奴、来て見ていたんだろうか。……彼奴屹度来て見たに違い無い。」
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
それに奥様は永いご病気でずっと床に着き通しですものね。あたしこの頃になって先生のお心持ちを察するとほんとに自然ひとりでに涙が出て来るわ。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
船は小さし、どう突立つッたって、釣下つりさがって、互違たがいちがいに手を掛けて、川幅三十けんばかりを小半時こはんとき幾度いくたびもはっと思っちゃ、あぶなさに自然ひとりでに目をふさぐ。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
阿母おつかさん、柿はあゝやつて、自然ひとりでつてゐるんやおまへんか。人間に喰べさせようと思うて生つてゐるんやおますまい。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
自然ひとりでに出たと云ってすむかえ、胴巻の方から文庫の中へ駆込かけこむやつがあるものか、そら/″\しい、そんな優しい顔つきを
(流れ屑が自然ひとりでに沈む淵があったり、化け物屋敷があったりして、この界隈かいわいは物騒だよ)と、私はつぶやいたことでした。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「茶碗や行灯が、自然ひとりでに浮きあがるものではない、眼に見えなくても、其の周囲まわりには妖怪がいて、持ちあげているから、其処を捕まえさえすれば好い」
魔王物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
明るい中でみつめるものの総ては土でも木でも色々な日用品でも皆、自然ひとりでに微笑が湧きのぼる様な柔い気持になる。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私はたたずんだり寝転んだり仰いだり俯したりしながら、到る所私の過去の生活の罪の意識にめ苦しめられつつ、ただ何ということもなしに自然ひとりでに祈っていた。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
あんなにしんねりむつつりとはじめも尻尾もなく、小言を聞かされてはたまるものか、何んだつてもつとはつきりしないんだ、と思ふと彼の歯は自然ひとりでに堅く噛み合つた。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
ヅリヤンを盗んだ者は重く罰せられるがれて自然ひとりでに落ちたのを拾つた者は、飛んだ幸福者しあはせものとして羨まれるさうで、気の長い土人達は、ヅリヤンの鈴生すゞなりつた木蔭で
「お通さん、この道だ、この道から横へ横へと、山の腹を縫ってゆけば、自然ひとりで叡山えいざんの方へ出てしまう。……もう登りはないから楽だよ、どこか、少しそこらで休んだらどう?」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本所の割り下水と今の自分とのあいだには、何十里、何百里の山河があるのだ、と思うと、女の眼頭が自然ひとりでに熱くなって、どうすることもできない涙が一筋、ほろりと畳をぬらした。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
うだろうね。この辺のところはこれさえ出来れば残余あと自然ひとりでに分る筈だから」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それはさて、そのことのあつた後、さつそく、家を祓ひ潔めなかつた神罰でもあらうか、毎年きまつて、その同じころになると、不思議なことに、つれあひが自然ひとりでに踊りだすのぢやつた。
そして子供の為めに、彼等は暖かい賑かさと、其上に自然ひとりでに溢れる笑ひと嬉しさを持って食事にとりかゝったのであった。また彼等は、ごた/\した騒がしさの為に、雨風の音を耳にしない。
晩餐 (新字新仮名) / 素木しづ(著)
あわの壺と水の壺を留り木の間にようやく置くや否や、手を引き込ました。籠の戸ははたりと自然ひとりでに落ちた。文鳥は留り木の上に戻った。白い首をなかば横に向けて、籠の外にいる自分を見上げた。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
判断が中心をれて来て、自然ひとりでに迷宮を作るような事になるのだと思います……殊に人の噂とか、当局の眼とかいうものは、物事に疑いをかける癖が付いているので、色々な出来事の一ツ一ツが
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それが本当の所でさ。そして、もっと愉快で面白い人である筈なんだが、そうは行かないんですね。ですが、あの人の悪い事にはまた自然ひとりでにそれだけの報いがあるでしょうから、何も私が彼是あの人を
O氏は去年迎えた細君と、少し奥まったところに家を持っていた。I氏の家を出た笹村は足がまた自然ひとりでにそっちへ向いて行った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私は腹の中で、ただ呉服物の用ばかりで来ていた客かどうかと自然ひとりでに疑ってみる気になった。が、もちろんそんなことを口には出さなかった。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
が、かれの身に取っては、食に尽きて倒るるより、自然ひとりでに死ぬなら、蛇に巻かれたのが本望であったかも知れぬ。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
由「旦那何でしょう、どうもお辞儀の丁寧だってえないねえ、様子がずっとどうも、あのお辞儀の仕方は此方こっち自然ひとりでに頭がさがるくらいで、丁寧で、何でしょう」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
神気こころ疲労つかれが極点に達した時、相手は自然ひとりでに仆れるか、自暴自棄に斬りかかって来るか、二つに一つに出ることは解っていた。そこを目掛け、ただ一刀に仕止めてやろう。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ここに最後の不思議と言えば、燐の凝気こりけが燈明の熱に解けて自然ひとりで伸縮のびちぢみして動き出したあの片頬と、猫板の上に遺して行ったおりんの墨跡とが、掻き消すように失くなっていたことだった。
「これを真直まつすぐにおきよ、さうすると自然ひとりでにワシントンのおうちの前へ出ら。」
着物も自然ひとりでにできるし、小遣こづかい適宜てきぎに貰えるので、父の存生中ぞんしょうちゅうと同じように、何不足なく暮らせて来た惰性から、その日その晩までも、ついぞ学資と云う問題を頭に思い浮べた事がなかったため
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そしてちいさいおりから母親にびることを学ばされて、そんな事にのみさとい心から、自然ひとりでことさら二人に甘えてみせたり、はしゃいでみせたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
呆然ぼんやり縁側に立って、遠くの方を見ると、晩秋あきの空は見上げるように高く、清浄きれいに晴れ渡って、世間が静かで、ひいやりと、自然ひとりでに好い気持がして来る。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
あの……木葉船こツぱぶねはの、ちやん自然ひとりでうごくでがすよ……土地とちのものはつとります。で、さぎ船頭せんどう渾名あだなするだ。それ、さしつたとほり、五位鷺ごゐさぎぐべいがね。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
甚「わりいたって己がしたのじゃアねえ、自然ひとりでに出たのだ新吉咽喉頸のどっくびに筋が出て居るな、此の筋を見や」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
紙帳が自然ひとりでのように動きだしたのは、その実、その中にお浦がいたのだということは、お浦の衣裳が、次々に紙帳の中から地に落ちたことによって、頼母にも悟れたのであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小六ころくちゝんで、すぐと叔父をぢられて以來いらい學校がくかうへもけるし、着物きもの自然ひとりで出來できるし、小遣こづかひ適宜てきぎもらへるので、ちゝ存生中ぞんしやうちゆうおなやうに、何不足なにふそくなくらせて惰性だせいから、其日そのひ其晩そのばんまで
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
仕事は少しずつ捗取はかどって来た。進行するにつれて原文になずんでも来たし、訂正のこつ自然ひとりでに会得されて来た。作そのものにも興味が出て来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
が私はまた、さきにも言ったように、自然ひとりでに心が移って行くまで待たなければ、何うする気にもなれなかったのだ。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
山「師匠相替らず延続のべつゞけだのう、どうもサ師匠の顔を見ると自然ひとりでに可笑しくなるよ」
何事のおわしますかは知らねども、かたじけなさに涙こぼるる、自然ひとりでつむりが下りまする。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少年 自然ひとりでに門がいて、二人はらくらくとこせたのよ。お姉様あの門は?
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何を考えるともなく、あし自然ひとりでに反対の方向にいていたことに気がつくと、急に四辻よつつじの角に立ち停って四下あたりを見廻した。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
孝「何うして出たかわたくしゃ知らないよ、胴巻は自然ひとりでに出て来たのだもの」
肝まで溶融とろけて、蕩々とろとろ膏切あぶらぎった身体な、——気の消えそうな薫のい、湿った暖い霞に、虚空はるかに揺上げられて、天の果に、蛇の目玉の黒金剛石くろダイヤのような真黒まっくろな星が見えた、と思うと、自然ひとりで
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一通り自分自身の踊り方が完成するまではと、つひ今日も明日も足が自然ひとりでにそこへ向いて行つた。彼に取つては果敢ない生活の振蕩にすぎなかつた。
老苦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
車夫「そんなに急がなくっても車が廻るから自然ひとりでかれるんで」
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そしてちいさいしなやかな足に、かかとの高い靴をはくと、自然ひとりでに軽く手足に弾力が出て来て、前へはずむようであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
新三郎は自然ひとりでに頭がさがる。
それでも針の手を休めながら、折々溜息ためいきくことなぞある。独り長火鉢の横に坐って、する仕事のない静かな昼間なぞは、自然ひとりでに涙の零れることもあった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お今が同意とも不同意とも、はっきり言いきらないうちに、話が自然ひとりでに固められて行った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お島は話ぶりなどに愛嬌あいきょうのあるその男の傍にすわっていると、自然ひとりでに顔をあかくしたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「そんなことないわ。わたしおくさんとはなしてこようとおもふ。」Iつてたが、わたしむねにうづまつた彼女かのじよかおには、自然ひとりで善良ぜんれう微笑びせうかんでゐるのを、わたしかんじないわけかなかつた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)