膝頭ひざがしら)” の例文
「ああ、ムーさんだわね、向うから二番目に、キミちゃん、まだ寝ているわ」と女給頭のお富が彼の膝頭ひざがしらの辺から頓狂とんきょうな声をあげた。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
膝頭ひざがしらが互いにふれ合って、微かな音を立てるのがはっきり判った。眼を大きく見開いたまま、血も凍るような不気味な時間が過ぎた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
厚い膝頭ひざがしら坐布団ざぶとんからみ出して軽く畳を抑えたところは、血が退いて肉が落ちた孤堂先生の顔に比べると威風堂々たるものである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
でっぷりよく肥えた顔にいちめん雀斑そばかすが出来ていて鼻のあなが大きくひろがり、揃ったことのない前褄まえづまからいつも膝頭ひざがしらが露出していた。
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
お鳥は膝頭ひざがしらあらわにしたまま、「重吉、お前はあたしの娘では——腰ぬけの娘では不足なのかい?」と毒々しい口をきいたりした。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「だから、いわないッちゃない。」と蘿月は軽く握りこぶし膝頭ひざがしらをたたいた。お豊は長吉とお糸のことがただなんとなしに心配でならない。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私は新らしい編上靴を穿いた足首と、膝頭ひざがしらこわばらせつつ、若林博士の背後に跟随くっついて、鶏頭けいとうの咲いた廊下を引返して行った。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
愛吉は店の箱火鉢を引張り寄せ、叩き曲げた真鍮しんちゅう煙管きせるを構え、膝頭ひざがしらで、油紙の破れた煙草入の中を掻廻しながら少し傾き
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
名状すべからざる恐怖のため、私の膝頭ひざがしらが音たててふるえるので、私は、電気をつけようとしわがれた声で主張いたしました。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
前があい膝頭ひざがしらが少し出ていても合そうとも仕ない、見ると逆上のぼせて顔を赤くして眼は涙に潤み、しきりに啜泣をている。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
嗚咽おえつする声が聞こえてきた。地上にうずくまった老人が、膝頭ひざがしらへ額をあてている。枯れ木がたばねて捨ててあるようだ。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
足袋は全国に数十の工場が立って、年に何千万足を作って売っている。にえかえる水田の中に膝頭ひざがしらまで入って、田の草を取る足がだんだんに減少する。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
覚えていらっしゃいますか? あなたも神経がおどって膝頭ひざがしらががくがく震えていたし、わたしも神経がおどって、膝頭ががくがくしていましたからね。
登は去定の指図にしたがって、女の両足を伸ばしてそのあいだに腰を据え、両手で双の膝頭ひざがしらを押えた。彼は眼のやりばに困り、顔が赤くなるのを感じた。
気がついてみると、復一は両肘をしゃがんだ膝頭ひざがしらにつけて、かたにぎり合せた両手の指の節を更に口にあててきつく噛みつつ、衷心ちゅうしんから祈っているのであった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それから、入場者が老猿の前を通ると、猿の膝頭ひざがしらでて通るので膝の頭が黒くなったなどいうことでした。これは塩田真氏が帰朝してのお話であります。
肩やひじや、裸の膝頭ひざがしらをすり剥きながら、彼は無理やりにその隙を抜けだし、灌木の叢をきわけて、石壁の前に立ちどまった。あたりは静まり返っていた。
芝居のなかも暗く時雨しぐらんだようで、底冷えが強く、蒲団をけていても、膝頭ひざがしらが寒かった。叔父は背筋へ水をかけられるようで、永く見ていられなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
むしろ衒気げんきに近いものすらある。大きく膝頭ひざがしらをひらいて武将坐りを組み、長いひじを折って脇息きょうそくせているため、すこし体が斜に構えた格好になっている。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
好いことはいつもひとられ年中嬉しからぬ生活くらしかたに日を送り月を迎うる味気なさ、膝頭ひざがしらの抜けたを辛くも埋めつづった股引ももひきばかりわが夫にはかせおくこと
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おじいさんの膝頭ひざがしらに頭のうしろをもたせかけ、仰向あおむけにさせられると、その腐ったような顔とむきあった。おじいさんはやっとこみたいなものをもっている。
旧聞日本橋:17 牢屋の原 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
見ている職人たちの膝頭ひざがしらがかえってがちがち動きはじめて来た。そしてどの心の中にも、「えらい!」と大声に怒鳴ってやりたいような気持が動きはじめた。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
タカをくくぎて依怙地えこじになられては厄介なので、是非なく庄造は膝頭ひざがしらを揃へ、キチンとかしこまつてすわり直すと、前屈まえかがみに、その膝の上へ両手をつきながら
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わざと春子の肩や膝頭ひざがしらに躯をくつつけて、汗のにちやつくのもかまはずに、図々しくみだらな話をしてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
女はそのまま入って来てその膝頭ひざがしらくっつくようにして坐った。女の体に塗った香料のにおいがほんのりとした。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
木村は膝頭ひざがしらに手を置いて、その手の中に顔をうずめて泣いている。祈っている。葉子は倉地から目を放して、上目を使いながら木村の祈りの声に耳を傾けようとした。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
驚喜の余り身を支へ得ざる遊佐の片手はしやもはちの中にすつぱと落入り、乗出す膝頭ひざがしら銚子ちようし薙倒なぎたふして
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
飛び上がって左へ行こうとすると砂はすねの半ばまで来る。右へ行こうとすると、砂は膝頭ひざがしらまで来る。
花やかに熱い秋の日が照りつけるので、色白な文官の群は幕の蔭に隠れ、互に膝頭ひざがしらみました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「え。殺されてもどきません!」お妙は、さながら鬼神きじんにでもかれたように、壁辰と喬之助の間にぴったり坐って、じりり、膝頭ひざがしらで板の間をきざんで父に詰め寄った。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
膝頭ひざがしらまで脚がずりこんでいた。それを無理やりに、両手であがきながら、足をかわしていた。
(新字新仮名) / 黒島伝治(著)
クリストフはまた膝頭ひざがしらで起き上がり、頭を振り立て、息づまった声でくり返し叫びつづけた。
源助とお吉との會話が、今度死んだ凾館の伯父の事、其葬式の事、後に殘つた家族共の事に移ると、石の樣に堅くなつてるので、お定が足に痲痺しびれがきれて來て、膝頭ひざがしらうづく。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
というや、今までの豪傑は急に狼狽ろうばいしはじめた。露出した膝頭ひざがしらを気にして、衣服きものおおわんとしたり、あるいは趺座あぐらをかいた足を幾分かむすび直し、正座の姿に移らんとした。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
室一杯に、轟々ごうごうと波うつ水は、やがて、足を浸し、瞬く内に膝頭ひざがしらへと昇って来る、その早さ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
られたとそう思って支えるものを手でさぐろうとしたが、立木一本とてもなかった。再び、胸のところに熱を持ったものが一時にあふれた時に、すでに膝頭ひざがしらが立たなかった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
と言ってお角は、紙を取り出して左の足の膝頭ひざがしらを拭くと、ベッタリと血がついていました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ごつんと膝頭ひざがしらをぶっつけた彼は、あたりに木魂こだました声を遠く聞いて、ふるえ声で答えた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
手と膝頭ひざがしらいただけでしたが、私は手ぶらで帰っても浜子に折檻せっかんされない口実ができたと思ったのでしょう、通りかかった人が抱き起しても、死んだようになっていました。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
時雄はこの夏の夜景をおぼろげに眼には見ながら、電信柱に突当って倒れそうにしたり、浅いみぞに落ちて膝頭ひざがしらをついたり、職工ていの男に、「酔漢奴よっぱらいめ! しっかり歩け!」とののしられたりした。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
口をあいたまま、素早く、女は膝頭ひざがしらで彼の膝の上ににじり登った。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
善鸞 膝頭ひざがしらで歩いてみろ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
津田君がこうった時、ははち切れて膝頭ひざがしらの出そうなズボンの上で、相馬焼そうまやき茶碗ちゃわん糸底いとそこを三本指でぐるぐる廻しながら考えた。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「だから、はないツちやない。」と蘿月らげつは軽くにぎこぶし膝頭ひざがしらをたゝいた。おとよ長吉ちやうきちとおいとのことがたゞなんとなしに心配でならない。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
草葡萄くさぶどうのくすんだ藍地あいじに太い黒の格子こうしが入ったそれは非常に地味な着物であったが、膝頭ひざがしらのあたりから軽く自然に裾をさばいて
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
信輔は大溝を前にすると、もう膝頭ひざがしらの震えるのを感じた。けれどもしっかり目をつぶったまま、南京藻なんきんもの浮かんだ水面を一生懸命におどり越えた。
円輔は細長い膝を小紋縮緬こもんちりめんうすっぺらな二枚襲にまいがさねの上から、てのひらでずらりと膝頭ひざがしらさすり落すこと三度にして、がッくりと俯向うつむ
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
可笑おかしいなと思っているうちに身体の部分がむくみ、急に立ち上ったりすると膝頭ひざがしらががくがくした。こうなって初めて塩分の不足ということが頭に来た。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
幸はいかにも恐ろしい手から逃がれでもするように急いで遠くまで這い出してから、裸体はだか膝頭ひざがしらを二つ並べたませた格好に坐っていつまでも泣いていた。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
お母さんとわかれて、それから、膝頭ひざがしらが、がくがく震えるような気持で歩いて、たまらなく水が飲みたくなって
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)