膏薬こうやく)” の例文
旧字:膏藥
きっと健胃剤の類でしたろう。傍らの木の箱に、綺麗にしたはまぐりの貝殻があるのは、膏薬こうやくを入れて渡すのでした。その膏薬も手製です。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
貝入りの膏薬こうやく煎薬せんじぐすりとで、その用いかたを入念に教え、膏薬のほうは自分でおとよに貼ってみせた。おとよはぴたっと泣きやんだ。
だが、膏薬こうやく売りの李忠には、ちょッと辛い。しぶしぶ二両ほど卓の上へおくのを見て、魯達は爪の先で、それをぽんとはじき返した。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
西のはずれでたぬき膏薬こうやくなぞを売るように、そこには、名物くりこわめしの看板を軒にかけて、木曾路を通る旅人を待つ御休処おやすみどころもある。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
天神様の境内は大層たいそうな人出でした。飴屋あめやが出ています。つぼ焼屋が出ています。切傷のなお膏薬こうやくを売っている店があります。
梨の実 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
「弱りましたね。手当をしたくも膏薬こうやくはなし、住職を起せば怪しまれるし、——酒があるんです。これで傷口を洗いましょうか」
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
慢性偏頭痛へんずつうで、いつも首すじとこめかみに膏薬こうやくを貼っている下宿の小母おばさんを思い出した。私は彼女とはほとんど口をきいた記憶もない。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
奥へ入った平次は、若い男の右小鬢こびんの傷を、茶店で出してくれた焼酎で洗って、たしなみの膏薬こうやくをつけ、ザッと晒木綿さらしもめんを巻いてやりました。
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
それから鞄をあけて一つの膏薬こうやくの瓶を出して、切り口へ塗って、豚吉は豚吉、ヒョロ子はヒョロ子と、間違えないようにくっつけ合わせて
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
婆「何だかお医者がいて来まして膏薬こうやくると、これがでけえ薬になる、毒と云うものも、使いようで薬に成るだてえました」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「それはいけない、大いにいけない、擦傷かすりきずから大事になる、膏薬こうやく、膏薬、膏薬をお張り。……彦兵衛さんや、出しておあげ」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
わたしは腫物できもので困つてゐる者ですが、幸ひに親切な人が一貼いっちょう膏薬こうやくをくれまして、これを貼ればぐになおるといふのです。
赤膏薬 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
ええ——ご当地へ参りましたのは初めてでござりますが、当商会はビンツケをもってがま膏薬こうやくかなんぞのようなまやかしものはお売りいたしませぬ。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
駄菓子だがし草鞋わらじ糸繰いとくりの道具、膏薬こうやく貝殻かいがらにはいった目薬、そのほか村で使うたいていの物を売っている小さな店が一軒きりしかなかったのである。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
娘を、看護婦代わりにして、医者から貰った膏薬こうやくや繃帯を携えて、びっこひきひき富士川へ引き返したのである。全治するまで絶対に水へ入ってはならぬ。
(新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
そしてどこからとも知れず、通り魔の如く冷たい風が訪れる。そして重たい汗を冷却して膏薬こうやくにまで転化させる。
医者のほかには佐助にさえも負傷の状態を示すことを嫌がり膏薬こうやく繃帯ほうたいを取りえる時はみな病室を追い立てられた。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
針を海綿にかくして、ぐっと握らしめたる後、柔らかき手に膏薬こうやくって創口きずぐちを快よく慰めよ。出来得べくんばくちびるを血の出る局所にけて他意なきを示せ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「畜生、」とガヴローシュは言い続けた、「唐辛とうがらし膏薬こうやくみたいなものを着て青眼鏡をかけてるところは、ちょっとお医者様だ。なるほどいいスタイルだ。」
あたかも病原を探らずして、ただ風薬と膏薬こうやくとを用いて、万病を全治し得るものと安心していると同様だ。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
僕はふと口をつぐみ、鏡の中に彼の後ろ姿を見つめた。彼は丁度耳の下に黄いろい膏薬こうやくりつけていた。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
茂太郎は、もゆる子の手の甲に、膏薬こうやくのはってあったのを、おさかなを取ってくれる時に認めたものらしい。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
南蛮なんばん秘法の痲痺薬しびれぐすり……あの、それ、何とか伝三熊の膏薬こうやくとか言う三題ばなしを逆に行ったような工合で、旦那方のお酒に毒でもありそうな様子あいが、申訳がございません。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
翌日、門に大きい膏薬こうやくが貼ってあるので、剥がすと、黒々と「天下の大出来物」と書いてあった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
漢法医にばかりかかって練薬ねりやくだの、振りだしだのを飲ませ、外きずには貝殻へ入れた膏薬こうやくをつけさせていたから——洋科の医者といえばハイカラなものと思っていたあたしは
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
室の真中からたった一つの電燈が、落葉が蜘蛛くもの網にでもひっかかったようにボンヤリ下って、ともっていた。リノリュームが膏薬こうやくのように床板の上へ所々へりついていた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
と先生は紙の耳を膏薬こうやくほど割いて渡して、ニコ/\している。赤羽君もよんどころない。名前を書いてお辞儀をして来た。それでも二学期の成績報告は論理六〇となっていたので
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
店先にはおじいさんが膏薬こうやくった肩を出して、そこを自分の手でたゝいていた。うえの笠原さんがいますか、とくと、私の顔を見て黙っている。二度目に少し大きな声を出した。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
その先生のたしか左の上顎の辺に、小さな膏薬こうやくを貼ったほどのあざがあった。私は痣というものを知らず、先生が膏薬を貼っているのだとばかり思い、「おこうや」の先生と呼んだ。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
私が、この厄介な脛に膏薬こうやくを貼りかえているところへ、めずらしく鳴海が入ってきた。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
老人の手にしていた聖書の背革せがわいたんでいると見えて一面に膏薬こうやくのようなものがってあるのや、その老人のぶるぶるふるえている手つきが何となく鶏の足に似ているのをながめていた。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
歌麿と相並んで豊国もまた『絵本時世粧いまようすがた』において見る如く、しわだらけの老婆が髪を島田に結ひ顔には処々ところどころ膏薬こうやく張りむしろかかへて三々伍々さんさんごご相携へて橋辺きょうへんを歩む夜鷹よたかを写生したる画家なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今度私に突合つきあって、伊右衛門をするのは、高麗蔵さんですが、自分は何ともないが、妻君の目の下に腫物しゅもつが出来て、これが少しれているところへ、あいがかった色の膏薬こうやくを張っているので
薄どろどろ (新字新仮名) / 尾上梅幸(著)
私の靴には膏薬こうやくのように粘る軟土が慕いよった。去年の夏訪れた時に誰もいなかった食堂を兼ねた居間には、すべての家族がいた。私の姿を見ると一同は総立ちになって「ハロー」を叫んだ。
フランセスの顔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
たとえ身体の脂を悉く絞り出して他人の膏薬こうやくの材料にきょうしてしまおうとも。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
リヴジー先生はそれに膏薬こうやくを貼って、おまけに私の耳をひっぱった。
なかには、かおさえあらやもうようはねえと、ながしのまんなか頑張がんばって、四斗樽とだるのようなからだを、あっちへげ、こっちへのばして、隣近所となりきんじょあわばすひま隠居いんきょや、膏薬こうやくだらけの背中せなかせて、弘法灸こうぼうきゅう効能こうのう
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ただ、皸に貼った膏薬こうやくのために、手がこわばって困るだけだ。
まるで白と黒との大きな膏薬こうやくでもはったように見えます。
智恵の一太郎 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
顳顬こめかみのところにった膏薬こうやくも気味が悪かった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
膏薬こうやく売りは感激にふるえ、宋江の風態を見まもることしばしだったが、やおらほかの見物へ向って、つら当てのようにうたっていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お雪が炬燵こたつのところに頭を押付けているのを見ると、下婢おんなも手持無沙汰の気味で、アカギレの膏薬こうやく火箸ひばしで延ばしてったりなぞしていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「あっし共は店賃を払うつもりです、い、いてえ」膏薬こうやくがすのが痛かったらしく、角三は顔をしかめてうなった
その他、様々の中で最も手数のかかった大作は、何んといっても、私自身の家の膏薬こうやく天水香のかめの看板であった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
左の目の上に、膏薬こうやくを貼り残した利助は、平次に顔を見られるのがまぶしそうに、俯向うつむき加減にこう言いました。
あるものはさら智慧ちえを出して、草紙の黒いところを丸く切りぬいて、膏薬こうやくのやうに娘の両眼りょうがんに貼りつけた。
梟娘の話 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
「私の先生薬草道人、ご謹製なされた万病薬、膏薬こうやくもあれば丸薬もある、粉薬もあれば水薬もある」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「これは舶来の膏薬こうやくで、近来独逸ドイツの名医が発明したので、印度人インドじんなどの毒蛇にまれた時に用いると即効があるんだから、これさえ貼っておけば大丈夫だと云ってね」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大概の打傷、擦傷、筋を違えなどは、内分にして、膏薬こうやく焼酎しょうちゅうも夜があけてから隠密こっそりという了簡りょうけん
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
出来るだけの節倹をしていたがだんだん心細くなったから当時江戸で流行はやっていた「旦那の練った膏薬こうやく」と云う行商人、大声に流しつつ、江戸中心当りを求めたが居ない。
相馬の仇討 (新字新仮名) / 直木三十五(著)