腹這はらば)” の例文
それから床の上に腹這はらばいになり、両手を寝台の下につっこんでかじのように動かす。ないことがわかっている壺をさがしてみるのである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「へへ」と、いっていたが、私はむらむらとむきになってきて、体中の血が凍るような心地になり、寝床の上に腹這はらばいに起き直って
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
僕はひざかかへながら、洋画家のO君と話してゐた。赤シヤツを着たO君はたたみの上に腹這はらばひになり、のべつにバツトをふかしてゐた。
O君の新秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そうしてその一軒の大きい方の店頭には、いつも一匹の黒斑くろぶちの猫がくびも動かさずに、通りの人人を細目に眺めながら腹這はらばって寝ている。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
「一体君たちは、こんなことをしてゐて、しまひに何うなるんだね。」彼は腹這はらばひになつて、たばこをふかしながら、そんな事をたづねた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
小山の陰に腹這はらばいになりながら、望遠鏡を取り出して見ると、敵の艦隊は約五十隻の軍艦と、多数の運送船が碇泊しているのです。
がんりきは腹這はらばいながら、左の片手を井桁の葛籠の一端へかけたが、かけたなりで、また暫くじっとして紙張の中の動静をうかがう。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
頭のでっかい赤蟻が立ったような恰好の火星人の大群は、見事な隊伍をつくって、刻一刻、沙漠に腹這はらばいになった宇宙艇へ近づいて来る。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
山伏の形は、腹這はらばさまに、金剛杖こんごうづえかいにして、横に霧をぐ如く、西へふは/\、くるりと廻つて、ふは/\と漂ひ去る。……
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「寝てやしねえ。なんだ?」と、久米一は横になっている体を腹這はらばいにして、もたげた首へ頬杖ほおづえをついた。百助はしゃくさわって
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
作業帽の下から、赤ちゃけた頭髪をハミ出さしたトシは、タツをぶつ真似まねして、ゴロリと芝生の上へ腹這はらばいになった。
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
「はつ‥‥」と、田中たなかはあわてて路上ろじやう腹這はらばひになつてばした。が、はなかなかとどかなかつた。手先てさき銃身じうしんとが何度なんど空間くうかん交錯かうさくつた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
頂上に腹這はらばいになって、庭を見おろすと、十間ほど向こうの木の下を、あの青年が背を丸めて忍んで行くのが見えた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
隼人は崖の端へ腹這はらばいになり、かれらに足を押えさせて、下をのぞいて見た。しかし崖の中途に岩が張り出ていて、その下を見ることはできなかった。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「はあ、わたしはなーに、この部屋へ入ってまいりましたとき、お蔦さんを熊が腹這はらばってると思ったもんですかんね」
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
それから、芥川賞の記事を読んで、これにいても、ながいこと考えましたが、なんだか、はっきりせず、病床、腹這はらばいのまま、一文、したためます。
創生記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
女房に古新聞と洗面器を持って来させ、畳の上に腹這はらばいになったまま、苦しまぎれに、げいげいやっていると、肩のあたりに、やわらかい感触かんしょくをおぼえ
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
あるとき、そこへもりはうから、とぼとぼと腹這はらばふばかりに一ぴきのかな/\があるいてきました。はねなどはもうぼろぼろになつてべるどころではありません。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
米はあきらめて黙って紙石盤かみせきばんを出して来ると腹這はらばいになって画をかき始めた。一頁に一つずつ先ず前の軍人から始めて二枚目にくそを落している馬を描いた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
真中の暗い部屋に取り残された私は、仕方なくれたたたみ腹這はらばって、そでで瞼をおおい、「私だってロマンチストなのよう」と何となく声をたてて唄ってみた。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
地獄極楽の図を背景にして、けばけばしい長襦袢のまま、遊女の如くなよなよと蒲団ふとんの上へ腹這はらばって、例の奇怪な書物のページを夜更くる迄ひるがえすこともあった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
細君さいくんは両手をついて腹這はらばいになり、ひっくり返ったコップの上からきいろなどろどろする物を吐いていた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
生け垣の外から、腹這はらばいになって目を凝らしている安岡の前に、おもむろに深谷が背を伸ばした。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
いままで腹這はらばひてゐたりしが、身を起して、背をくぼめ、四足よつあしを伸ばし、栗箱に鼻さし入れつ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そこで僕は、怪物の背中で、腹這はらばいになった。これなら、なかなか転げ落つることもあるまい。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
腹這はらばいになって顔を芝生しばふに埋めた。息切れが止まると、また何か悪口を言ってやろうと考えた。
三分の一ほど行くと、彼はまた重心を失って、危く腹這はらばいになった。下から仰ぎ見ている教師も生徒も愕然がくぜんとして顔色を変えた。「下りろ、下りろ。」と教師が甲高かんだかに言った。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
縁ちかく敷居ぎわに、厚い夜の物を高々とのべさせ、顎を枕に支えて腹這はらばいになっている国主大膳亮は、うち見たところ五十前後の、でっぷり肥った癇癖かんぺきらしい中老人である。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
みんな樹皮のような色のはだをしながら、海岸でのようにたのしそうに腹這はらばいになっていた。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
順吉は寝台に腹這はらばいになって、見舞いにきた寮生が置いていった雑誌をひろげていたが
夕張の宿 (新字新仮名) / 小山清(著)
その中にもっとも驚ろくべきのは仰向あおむけに寝て、高いかりとりながめているのと、腹這はらばいになって、みぞの中をのぞき込んでいる両アダムである。これはよほどひまなアダムと見える。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だれでもないよ、バキチだよ、もと巡査だよ、知らんかい。)バキチが横木よこぎの下のところ腹這はらばいのまま云いました。(さあ、知らないよ、バキチだなんて。おれは一向いっこう知らないよ。)
バキチの仕事 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
しかも紅くなまめかしくさえある裾を確り掴んで、泳ぐ形に腹這はらばいになっているのでした。
だからいぬ犬小屋いぬごやはいとき腹這はらばふとおなじく、ひと横穴よこあなときも、餘程よほと窮屈きうくつだ。
薫は腹這はらばいから立ち上った。腰だけの水泳着の浅いひだから綺麗な砂をほろほろこぼしながらいい体格の少年の姿で歩き出した。小初はしばらくそれを白日の不思議のように見上げていた。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
今朝も奥の雨戸をけると、芝生しばふ腹這はらばいながら、主人の顔を見て尻尾しっぽり/\した。書院の雨戸を開けると、起きて来てえんに両手をつき、主人にあたまでられてうれしそうに尾を振って居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
前檣フォアマストの帆索をゆるめるとすぐ、甲板の上にぴったりと腹這はらばいになって、両足は舳のせまい上縁うわべりにしっかり踏んばり、両手では前檣の根もとの近くにある環付螺釘リング・ボールト(13)をつかんでいました。
腹這はらばいになり、エビの如くに身をちぢめ、呼吸のかぎり唸りをひく。
青い絨毯 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
私も腹這はらばひになつて、暗がりでタバコを吸ひだした。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
砂山の砂に腹這はらば
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼は腹這はらばひになつたまま、静かに一本の巻煙草に火をつけ、彼女と一しよに日を暮らすのも七年になつてゐることを思ひ出した。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
と、いつしか醒めていた女が、夜具の中から腹這はらばいになって、短い煙管で煙を吹きながら、流し目にこちらを見ていたのです。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
蒲團ふとんをすつぽり、炬燵櫓こたつやぐらあし爪尖つまさきつねつてて、庖丁はうちやうおときこえるとき徐々そろ/\またあたまし、ひと寢返ねがへつて腹這はらばひで
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ふすまの中からそんな声がした。——山岡屋が開けてみると、丹前たんぜんを被って、腹這はらばいになっている男が寝呆ねぼけ眼をあげ
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
反耶は卑弥呼の方へ腹這はらばうと、彼女の片足をつかんで絶息した。しかし卑弥呼は横たわったまま身動きもせず、彼女の足を握っている王の指先を眺めていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
幸、相手は腹這はらばいになっている。彼はその上に馬乗りになって、グイグイとおさえつけさえすればよかったのだ。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
十一時頃、やっとお目ざめになり、新聞ないかあと言い、寝床に腹這はらばいになりながら、ひとしきり朝刊の検閲をして、それから縁側に出て支那の煙草をくゆらす。
佳日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そして、今朝けさの手紙に、また、多少の想像が、証拠だてられるような、変化を消息されているだろうと思いながら、私は寝床に腹這はらばいながら、封を切って読んでみた。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
その中からチョコレートを出して、ゆき子は、腹這はらばつたまゝじつた。少しも甘美おいしくはなかつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
腹這はらばいにさせて浮かしてやったり、シッカリ棒杭ぼうぐいつかませて置いて、その脚を持って足掻あがき方を教えてやったり、わざと突然手をつッ放して苦い潮水を飲ましてやったり
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)