いささ)” の例文
「御公儀御政道を誹謗する不届者は言うまでもない、いささかたりとも御趣意に背く奴等は用捨ようしゃはならぬぞ、片っ端から搦め捕ってしまえ」
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
夫れ天馬は大逆不慮の際、急を遠国に報ずる為めいささか用うるに足る丈である。だから竜馬は決して平和の象徴ではない、と云うのだ。
四条畷の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
然しこれは、到底この短き便りに述べ尽し難き事に候へば、今日は品を代へて一寸、盛中校友会雑誌のためにいささか卑見申進むべく候。
渋民村より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
牧野富太郎いう、右座談会での私に関する事柄はこれで終わっているが、しかし今ここにいささか私が弁明しておかねばならん事がある。
官吏は元来心に染まぬが今の場合いささかなりとも俸銭を得て一家をささえる事が出来るなら幸いであると古川に頼んで、さてそのあとで
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
今更兎角とかく執成とりなしは御聴入れも可無之これなかるべく、重々御立腹の段察入さっしいり候え共、いささか存じ寄りの儀も有之これあり、近日美佐子同道御入来被下間敷候哉ごじゅらいくだされまじくそうろうや
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それはもう幾歳いくつになつたから親に別れて可いと理窟りくつはありませんけれど、いささか慰むるに足ると、まあ、思召おぼしめさなければなりません
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
就きましては、この機会にいささか私見を述べ、またこれからさき出発せられる皆様に対して希望を申し上げ度いと思うのであります。
現下に於ける童話の使命 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その直前にどんなことを考えていたかと思っていささ覚束おぼつかない寝覚めの記憶を逆に追跡したが、どうもその前の連鎖が見付からない。
KからQまで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
いささうらめしそうな態度にも見えたが、しかし私はソレを彼女独特の無邪気な媚態びたいの一種と解釈していたので格別不思議に思わなかった。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
さきにその忠勇を共にしたる戦死者負傷者ふしょうしゃより爾来じらい流浪者るろうしゃ貧窮者ひんきゅうしゃに至るまで、すべて同挙どうきょ同行どうこうの人々に対していささ慙愧ざんきの情なきを得ず。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
今は「四十年前少壮の時、功名いささひそかに期する有り。老来らず干戈かんかの事、ただる春風桃李のさかずき」と独語せしむるに到りぬ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そのあいだうか牡蠣舟かきぶね苔取のりとり小舟こぶねも今は唯いて江戸の昔を追回ついかいしようとする人の眼にのみいささかの風趣を覚えさせるばかりである。
が、何だか其ではいささか相済まぬような気もして何となく躊躇ちゅうちょせられる一方で、矢張やっぱり何だかしきりに……こう……敬意を表したくてたまらない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
然し今は峠ノ沢の製板業がさかんになったので宿屋なども出来て、いささか面目を一新した形である。すべる赤土道を登って午後一時赤志に着く。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
もちろん最初からこの通りであったからと、答え得る人も多少はあるのだが、そう思ってしまうには、なおいささか証拠が足りない。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「あそこに茂った矢筈やはずぐさが、兎角とかくそこらにはびこりますが、いささかのこしてそのほかを刈りとりましてよろしゅうござりますか?」
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
利智精進の人は未だ難しとなさざるべきも、予が如き頑魯の者はに敢てせんや。その故に念仏の一門によりて、いささか経論の要文を集む。
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
「ふむ、妙な話だなあ。どうしてモルヒネなんかむ気になったんだい?」と彼はいささか好奇心に駆られて、どんよりして居た眼を輝かした。
按摩 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
この朝彼は不慮の負傷のため、いささか順序をくるわしはしたが、今や新しい精進の気持ちをもって、気高い霊峰の上へ目をやったのであった。
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
「本当だよ。雪、こら、おい、何をグズ/\している? とやる。雪子さん、あゝしたら如何いかがでしょうの組とはいささか選をことにする積りだよ」
秀才養子鑑 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「リザーニカ、」と、マニーロフがいささか悲しそうな顔つきをしながら、「パーウェル・イワーノヴィッチは、もうお帰りになるんだとさ!」
冬子の声がやや鋭く聞えたので、市郎もいささ面食めんくらって思わずその顔をきっると、露の如き彼女かれの眼は今や火のように燃えていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
出版当時十ポンドであつたものが、今日こんにちでは三十ポンド内外の市価をとなへられてゐるのは、「一千一夜物語」愛好者の為にいささか気の毒である。
が、氏郷を会津に置いて葛西大崎の木村父子と結び付けたのは、氏郷に対して若し温かい情が有ったとすれば、秀吉の仕方はいささか無理だった。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
さるによつてやつがれは、常に和殿を貴とみ、早晩いつかよしみを通ぜんとこそ思へ、いささかも仇する心はなきに、何罪科なにとがあつて僕を、かまんとはしたまふぞ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
今やこの開校の期にい、親しくその式にあずかる。故にいささか余が心情と冀望とを述べ、以てこの開校を祝するのことばと為す。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
私はいささか失望しながら、せめては熔岩流の大観に接することの出来る地点だけは見出したいものと、熔岩の流れに添うてのぼって見ることとした。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
いや、しょうのものの膝栗毛ひざくりげで、いささか気分なるものをただよわせ過ぎた形がある。が、此処ここで早速頬張ほおばって、吸子きびしょ手酌てじゃくったところは、我ながら頼母たのもしい。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あづかつて置いて頂戴」と云つた。三四郎はいささか迷惑の様な気がした。然しこんな時に争ふ事を好まぬ男である。其上往来だから猶更なおさら遠慮をした。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「神尾家と藤原家とにはいささか家格に違いがござるようじゃ、藤原家の息女が神尾家へ御縁組み致すには、仮親をお立てなさるが順序と考えられるが」
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
このたび「明治文士」といふ演劇大入につき当世の文士諸君を招いていささか粗酒を呈するのである、明治文士の困難は即ち諸君の幸福と化したのである
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
斯う雑作なく職業にありつくのはいささか飽気ないような気がするが、満更悪いものでもない。私は間もなく家を出た。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
それがしに、今夜一晩、この話を、おあずけ下さらんか。小太郎と談合の上にて、いささか考えていることがござる」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ただし己を愛するとは何事を示すのであろう。私は己れを愛している。そこにはいささかの虚飾もなく誇張もない。又それを傲慢ごうまんな云い分ともすることは出来ない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
どんな不愉快な事があって、自己を抑圧していても、いささかのゆるみが生ずるや否や、弾力は待ち構えていたようにそれを機として、無意識に元に帰そうとする。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
併し、私の海部芸術を説く為に発足点になるほかひとくゞつとの歴史を説くのには、尚いささかの用意がいる。
「ああそうだったのか、随分大きくなったものだね」と言われて這々ほうほうていで逃げ出したが、あの頃は随分生意気な小僧だったことだろうと思いみていささ辟易へきえきした。
そうしてすっかり種が分ってしまうと、私はいささかあっけない気がした。不良少年でもやり相な、子供らしい悪戯いたずらじゃないかと、相手を軽蔑してやり度い気持だった。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
何とか報恩の道もがなと、千々ちぢに心をくだきしのち、同女の次女を養い取りていささか学芸をさずけやりぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
時にみことのりあって酒をたま肆宴とよのあかりをなした。また、「汝諸王卿等いささか此の雪をしておのおのその歌を奏せよ」という詔があったので、それにこたえ奉った、左大臣橘諸兄の歌である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ジョン・バートンは夫として彼女が胸に描いた理想の人物とはいささか隔りがあったけれど、でもうすれば少くともきりなしに起る悴夫婦の喧嘩いさかいからは遠のくことが出来る。
目撃者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
羽織袴をつけてるもののいささか野武士めいたところもある私はどこか荒大名の茶の湯のかたちだったが、帰った後の評判を結婚後きくところによれば私は見かけが北欧型で
結婚 (新字新仮名) / 中勘助(著)
そういう内に、何と云っても児供は児供でどんな面白い事があったか、苦の無い笑声を立てて騒ぎ出した。予もまた不思議と其声に揺られて、心のりがいささか柔かになった。
大雨の前日 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ロングフェロオが「ケラモス」と題したる詩のうちに、世界の窯業地えうげふちとしてその名をかずまへ、うるはしき詞もて形容せる数行の句はいささか現今の衰勢を慰むるに足りなむか。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
道路——いや、道路と呼ぶにはいささか顔負けのする代物で、左右両側の道ともにせいぜい一間幅ほどの露路である——その又露路の左右が蜒々として連なり流れる長屋であつた。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
ここでいささか我輩自身を紹介するが、無主義であるという我輩も、いて名づくればやはりいわゆる凡人主義で、最初の傾向からして福沢先生と同一経路を辿たどっているように思う。
予よりは隠すべきにあらねば当時の境界きょうかいを申し送り、人世を以て学校とすれば書冊の学校へ入らずも御心配あるなと、例の空想にいささか実歴したる着実らしき事を交えて書送りたり。
良夜 (新字新仮名) / 饗庭篁村(著)
……そのいささかも不安もなさげな、彼の話をきいていると、実際、空襲は簡単明瞭めいりょうな事柄であり、同時に人の命もまた単純明確な物理的作用の下にあるだけのことのようにおもえた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
かねて岸本は独りでこの仏蘭西船に身を隠し、こっそりと故国に別れを告げて行くつもりであった。その心持から言えば、こうした人達に見送らるることはいささか彼の予期にそむいた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)