緑青ろくしょう)” の例文
二人のかげももうずうっと遠くの緑青ろくしょういろの林の方へ行ってしまい、月がうろこ雲からぱっと出て、あたりはにわかに明るくなりました。
月夜のでんしんばしら (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
なるほど眺めていると、すすけたうちに、古血のような大きな模様がある。緑青ろくしょうげたあとかと怪しまれる所もかすかに残っている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、廓大鏡かくだいきょうのぞいて見ると、緑いろをしているのは緑青ろくしょうを生じた金いろだった。わたしはこの一枚の写楽に美しさを感じたのは事実である。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
半ば折りめぐらされた金屏風の緑青ろくしょうの青いのと、寒椿かんつばきの赤いのが快く眼を刺激してうつらうつらした気分に襲われたものです。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
珊瑚の幹をならべ、珊瑚の枝をかわしている上に、緑青ろくしょうをべたべた塗りつけたようにぼってりとした青葉をいただいている。
河口湖 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
椿岳の泥画というは絵馬や一文人形いちもんにんぎょうを彩色するに用ゆる下等絵具の紅殻べにがら黄土おうどたん群青ぐんじょう胡粉ごふん緑青ろくしょう等に少量の墨を交ぜて描いた画である。
緑青ろくしょう明礬みょうばん、たんぱん、磁石などを見つけ出し、そこで山金採掘の仕事にとりかかりましたが、それはさほどうまくゆかなかったとのことです。
平賀源内 (新字新仮名) / 石原純(著)
譬えば緑青ろくしょう中毒や砒石ひせき中毒は羽毛かあるいは筆の先でのどをくすぐって胃中の物を吐出させておいてそれから生玉子を飲ませるのが応急の手当だ。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
赤と黄と、緑青ろくしょうが、白を溶いた絵の具皿のなかで、流れあって、にじのように見えたり、彩雲あやぐものように混じたりするのを
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その奥に緑青ろくしょうを吹いた銅瓦あかがねがわらの館が、後ろに聳え立つ神斧山しんぷざんの岩石に切組んで建ち、あたかも堅固な城廓のていをなして、見る者の眼を愕かせている。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それは緑青ろくしょうのことです。しかしこれは緑青ではありません。それに、鉱山でつかっているもので、こんな色をした、こんな形のものはありません」
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
真青なバナナを盛り上げた船が襤褸ぼろと竿の中から、緑青ろくしょうのようににじみ出て来ると、橋の穹窿きゅうりゅうの中へ這入っていった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そこには無気味に感じられる恰好かっこうの巌石がそば立ち、緑青ろくしょういろをした古い池があり、その池の端には松の木ばかりが何本も煙のようにいまわっていた。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
たとえば、金銀、群青ぐんじょう緑青ろくしょうなど岩物いわもの平常ふだん使うので、それも品を吟味して最初から上等品を用いさせました。
大方古井戸の跡でもあろう、沼とも池とも附かない濁った水溜りがあって、水草が緑青ろくしょうのように浮いて居る。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
最早初茸はつだけを箱に入れて、木の葉のついた樺色かばいろなやつや、緑青ろくしょうがかったやつなぞを近在の老婆達が売りに来る。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この不平はかくとした赤い怒りになって現れるか、そうでないなら、緑青ろくしょうのような皮肉になって現れねばならない。路花はどんな物を書くだろうか。いやいや。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
前には九州の青い山が手の届くほど近くにある。その山の緑が美しいと来たら、今まで兀山はげやまばっかり見て居た目には、日本の山は緑青ろくしょうで塗ったのかと思われた。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
という緑青ろくしょう畑の妖雲論者よううんろんしゃにとってはすこぶるふさわしからぬ題目について思いめぐらし、眼は深田久弥のお宅の灯を、あれか、これか、とのんきに捜しもとめていた。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼は、突き出た岩で頭を打たないように用心しながら、その斜坑を這い上った。はげしい湿気とかびの臭いが一層強く鼻を刺した。所々、岩に緑青ろくしょうがふいている。
土鼠と落盤 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
四涜しとくの塔と呼ばれていた。そこには四人の悪神の像が、呪縛じゅばくされて置かれてあった。それを通ると鐘楼であった。梵鐘ぼんしょうは青く緑青ろくしょうを吹き、高く空に懸かっていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
青苔あおごけ緑青ろくしょうがぶくぶく禿げた、湿ったのりの香のぷんとする、山の書割の立て掛けてある暗い処へ凭懸よっかかって、ああ、さすがにここも都だ、としきりに可懐なつかしじった。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私のうちに小柳雅子への慕情がこみあげてきた。私は団十郎の緑青ろくしょうを帯びた黒い顔を見上げながら
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
校長先生の胸像はモウ二、三年前にチャンと出来上って校長先生のお宿の押入の片隅に、白い布片きれに包まれたまま、ホコリと緑青ろくしょうだらけになって転がっているのでした。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
緑青ろくしょうのついた燭台しょくだいに一本の蝋燭ろうそくがともっていたが、へやを実際に照らしてるのはそれではなかった。
寺畔の茶屋から見ると、向う山の緑青ろくしょういた様な杉の幾本いくもとうつって楓の紅が目ざましく美しい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
彼はちょっと立ち停って呼吸を調ととのえたが、その時背が緑青ろくしょう色をした腹の白い小さな蛇が神経の中にちらちらするとともに、物をうんとつめていた胃の中がぬくぬくとなって
文妖伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
小手をかざして塔の上の方を見上みあげるならば、五重塔の天辺てっぺん緑青ろくしょうのふいた相輪そうりんの根元に、青色の角袖かくそでの半合羽を着た儒者の質流れのような人物が、左の腕を九りんに絡みつけ
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
緑青ろくしょうがいっぱいついているうえに、いただきほうにはほこりがつもっているので、かなりきたなかった。庵主あんじゅさんと、よく尼寺あまでら世話せわをするおたけばあさんとが、なわをまるめてごしごしとあらった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
その店は、重畳の浪をき並べた甍。びた紋どころに緑青ろくしょうの噴いている銅板の表羽目、長煙管を持った花魁おいらんの二の腕までは差出されるが顔は出ない狭間に作られてある連子格子れんじごうし
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
右手に鐘楼しょうろうがあって、小高い基礎いしずえの周囲には風が吹寄せた木の葉が黄色くまたはあか湿いろを見せており、中ぐらいなおおきさの鐘が、ようやせまる暮色の中に、裾は緑青ろくしょうの吹いた明るさと
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
峻急なやぐらのような大石が、畳み合って、その硬い角度が、刃のように鋭く、石の割れ目には、偃松が喰い入って、肉の厚く端の尖った葉が、ところ嫌わず緑青ろくしょうの塊をなすりつけている
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
普通病気などで蒼褪あおざめるようなぶんではない、それはあだか緑青ろくしょうを塗ったとでもいおうか、まるで青銅からかねさびたような顔で、男ではあったが、頭髪かみのけが長く延びて、それが懶惰ものぐさそうに、むしゃくしゃと
青銅鬼 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
「千両の金の茶釜が、潮の差す井戸にたった五日つかって、青い緑青ろくしょうを吹いてるのは大笑いだ、こんなもので人寄せをやると、今度はお上じゃっておかないぜ。——軽くて所払い、重くて遠島、獄門」
緑青ろくしょうを吹いて錆ついていた。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そして空からひとみを高原にてんじました。まったすなはもうまっ白に見えていました。みずうみ緑青ろくしょうよりももっと古びその青さは私の心臓しんぞうまでつめたくしました。
インドラの網 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
『師匠は、この頃、いつでも懐中ふところに、画家えかきの川辺さんから貰って来た緑青ろくしょうのつつみを隠して持っているようだぜ……』
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この本館の玄関の大戸は、手のこみ入った模様の浮彫のある真鍮扉であったが、これはぴったりと閉っているばかりか、壁との隙間には夥しく緑青ろくしょうがふいていた。
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
赤くって、黒くって、せていて、湿しめっぽそうで、それで所々皮がげて、剥げた中から緑青ろくしょうを吹いたようなが出ている。どれにぶつかったって大同小異である。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
緑青ろくしょうびたのがなおおごそかに美しい、その翼を——ぱらぱらとたたいて、ちらちらと床にこぼれかかる……と宙で、黄金きん巻柱まきばしらの光をうけて、ぱっと金色こんじきひるがえるのを見た時は
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これがその鍋です。綺麗で軽くって変色もせず緑青ろくしょうも出ないといいますから大層便利です。大原さんアルミニュームというのは金属だそうですけれども紙より軽い位ですね。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
両隣りとソックリの貸事務所になっている北向きの二間半間口まぐちで、表に「H株式取引所員……※善かねぜん……児島良平……電話四四〇三番」と彫り込んだ緑青ろくしょうだらけの真鍮看板を掛けて
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
左の眼の白味に星が入っていて、黒味へかかろうとしているのが、人相をいやらしいものにしている。濃い頬髯を剃ったばかりと見えて、その辺りが緑青ろくしょうでも塗ったようであった。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
香の煙のたちこめた大寺だいじの内陣で、金泥きんでい緑青ろくしょうところはだらな、孔雀明王くじゃくみょおうの画像を前に、常燈明じょうとうみょうの光をたのむ参籠さんろうの人々か、さもなくば、四条五条の橋の下で、短夜を芥火あくたびの影にぬすむ
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
故郷では母親は今頃は、緑青ろくしょうの吹いた眼鏡に糸を巻きつけて足袋たびの底でも縫ってるだろう。恐らく彼女は俺が、今ここのこの舟の中へ落っこっていることなんか、夢にも知るまい。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
眼の周りにはペンキのようにぎらぎら光る緑青ろくしょう色の絵の具がぼかしてあるのです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この痩所帯やせじょたいに金屏風だけが光っている、これはお寺の什物じゅうもつの一つを貸してくれたもので、緑青ろくしょうの濃いので、青竹がすくすくと立っている間に寒椿かんつばきが咲いている、年代も相当に古びがついて
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
望台を中心としてほゞ大円形だいえんけいをなした畑地は、一寸程になった麦の緑縞みどりじま甘藷さつまを掘ったあとの紫がかった黒土、べったり緑青ろくしょうをなすった大根畑、明るい緑色の白菜畑はくさいばたけ、白っぽい黄色の晩陸稲おくおかぼ
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
指に緑青ろくしょうを染め、折半小作人や請作人を仕込み、代言人をよび、公証人を指揮し、弁護士をわずらわし、法官を訪れ、裁判を起こし、証書を作り、契約を書かせ、得意になり、売り、買い、計算し
もしそのおかをつくる黒土をたずねるならば、それは緑青ろくしょう瑠璃るりであったにちがいありません。二人ふたりはあきれてぼんやりと光の雨にたれて立ちました。