つい)” の例文
敵の出で来るを恐れては勿々なかなか軍はなるまじ、その上に延々のびのびとせば、横山つい攻落せめおとさるべし。但し此ほかに横山をたすけんてだてあるべきや。
姉川合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
作平は一度は辞退したが、源之丞がたって云ってくれるので、ついに其の提灯を借りて歩いた。藪路を出はずれると寂しい松原が来た。
魔王物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
コントのポジティヴィズムに説き及ぼし、蜘蛛くもが巣を作るように段々と大きな網を広げて、ついにはヒューマニチーの大哲学となった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
間もなく相生町あいおいちょうの二階で半蔵が送るついの晩も来た。出発の前日には十一屋の方へ移って他の庄屋とも一緒になる約束であったからで。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ついに「大雅思斉たいがしせい」の章の「刑干寡妻かさいをただし至干兄弟けいていにいたり以御干家邦もってかほうをぎょす」を引いて、宗右衛門が雝々ようようの和を破るのを責め、声色せいしょく共にはげしかった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
古く山行をともにした私の友人がついに山が好きになれなかったのは、たしかに山に登る労力がくだらぬものに思われた為に相違ありますまい。
登山談義 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
眼前めのまえには利ありとも不善によりて保ちたる利はついに保ちがたく、眼前には福を獲ずとも善心によりて生ずる福は終に大きなるものなり。
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
しかるに日本はそれと反対に、文明の利器を随所に利用して、ついには富の点に於ても欧米の列強と対抗し得るようになったのである。
リズムと調子に鈍感なるものはいつまで描いていてもよしと思う時がなく、ついに描き過ぎて折角の絵をなぶり殺しとする事がある。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
イエス彼にいいけるはサタンよ退しりぞけ主たる爾の神を拝しただこれにのみつかうべしとしるされたり、ついに悪魔かれを離れ天使てんのつかいたち来りつかう。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
およそ何がはかないと云っても、浮世の人の胸の奥底に潜んだまま長い長い年月を重ねてついにその人の冷たい亡骸なきがらと共に葬られてしまって
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その頃漱石氏はどうして松山に来たのであったろうか。それはそののちしばしば氏に会しながらもついに尋ねてみる機会がなかった。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかるにおうとのぞみは、ついえずたちまちにしてすべてかんがえ圧去あっしさって、こんどはおも存分ぞんぶん熱切ねっせつに、夢中むちゅう有様ありさまで、ことばほとばしる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
あとを追ひて行く方を知らんとせし人ありけれども、絶壁の路も無き処を、鳥の飛ぶ如くに去る故、ついに住所を知ること能はずと謂へり。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ある時小畑へやる手紙に、「当年のしら滝は知らずしらずの間についに母をまもるの子たらんといたし居り候」と書いたこともある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ついに前約を果す能はざるをうらむ。もし墨汁一滴の許す限において時に批評を試むるの機を得んかなほさいわいなり。(一月二十五日)
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ついにいわゆる内閣分離を見るに至る、この分離は翌年に及んでかの有名なる民選議院論に変じ、立憲政体催促の嚆矢こうしとなれり。
近時政論考 (新字新仮名) / 陸羯南(著)
慈ソノ意ヲ察シ声ヲはげまシテ発ヲ促ス。つい永訣えいけつトナル。余ヤ庚戌こうじゅつノ歳ヲ以テ金城ノ官舎ニ生レ而シテ今コレヲ金城ノ館ニ聞ク。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ついに安政四年五月下田奉行は、ハリスにせまられて、規程章八箇条に調印し、いわゆる安政五年調印、現行条約の濫觴らんしょうを造れり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
積年の病ついに医するあたわず、末子ばっし千秋ちあき出生しゅっしょうと同時に、人事不省におちいりて終にたず、三十六歳を一期いちごとして、そのままながの別れとなりぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ある論者は人はついには駝鳥になるものと考えると私に云うかもしれない。私はこれをうまい具合に否定することは出来ない。
しかるに、南風競はず、北朝の勢、益々隆んなるに及び、父の遺言を反古ほごにし、半生の忠節に泥を塗りて、ついに賊に附したり。
秋の筑波山 (新字新仮名) / 大町桂月(著)
そしてついに、肉体と精神とを挙げて犠牲にするだけの偶像を何物にも見出し得ざる悲しみを感ぜずには居られないのである。
絶望より生ずる文芸 (新字新仮名) / 小川未明(著)
漸々ぜんぜん不活溌となり、なおそのままにちゃっておけば、周囲には充分の食物があるとしても、ついには多く分裂したものが全く死滅してしまう。
徳川のそんする限りは一日にてもそのつかうるところに忠ならんことをつとめ、鞠躬きっきゅう尽瘁じんすいついに身を以てこれにじゅんじたるものなり。
豹に尋ねると縞狼ヒエナそれから熊それから象犀と本元を尋ね究めてついに兎に尋ねると、我ら実際大音を発する怪物を見た処へ案内しようと言うた
そしてついには「神通説法第一の阿羅漢あらかん」とまでなったのです。ある日のこと、釈尊は大衆を前にして、こういわれたのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
代助は一人明るい中に腰を掛けて、どこまでも電車に乗って、ついに下りる機会が来ないまで引っ張り廻される様な気がした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
で、沼津に移つて来てからは折あればこの松原にわけ入つて逍遥した。そしてついに昨年、その松原の松の蔭の土地を選み、自分の住家を建てた。
沼津千本松原 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
また来んと思いて樹の皮を白くししおりとしたりしが、次の日人々と共に行きてこれを求めたれどついにその木のありかをも見出し得ずしてやみたり。
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すべからざるものをもし、ふみに書かれぬものをも読み、乱れて収められぬものをも収めて、ついには永遠の闇のうちに路を尋ねてくと見える。
ついにはお瀧の方へ遣るような都合になりましたが、其の金が有りませんから、三八郎が茂之助の親奧木佐十郎の処へ参り
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
檜原ひばら山宿やまじゅくに一泊し、つい岩代いわしろ羽前うぜんの境である檜原峠ひばらとうげを越えて、かの最上川もがみかわの上流の綱木つなきで、そして米沢よねぎわまで旅次りょじ行軍を続けたのであった。
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
危き橋をようように這いわたりてついに下り着くに滝のしぶき一面に雨の如く足もとより逆に吹きあぐるさますさまじく恐ろしくしばらくもたたずみかねつ。
滝見の旅 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
でも、さすがの大佐もついにたまらない風に、ドカリと椅子の上に尻餅をついて、しばしはぼんやりと口も利かなかった。
微妙な工夫、デリケートな魅力を持たねばならぬはずの「味」は、ついに発見し得なかった。味のことばかりではない。
フランス料理について (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
仏の希望によってついにそのままとなり、その故事を継承して、今の本堂の構造をなすに至ったのだと伝えられている。
法隆寺再建非再建論の回顧 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
ついに、子達は、自己を親と云う地位に於て楽しく、悦びを以て想像することはやめてしまう。独立、自己を立てることが、生存の唯一の光明となる。
ついにそれがもとで発狂して死んでしまった。もとより親戚故旧こきゅうの無い身だから多分区役所の御厄介になった事だろう。
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
しかし、その薬をんでからは一層苦しみを重ねて、うなり声は立てても言語をする事は出来なくなった。ついには血嘔ちへどを吐いてもだえ死に死んでしまった。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
頬杖をつき、読みさしの新聞にむかひしが、対手酒のほろ酔と、日当りの暖か過ぐると、新聞の記事の閑文字かんもんじばかりなるにて、ついうと/\睡気を催しぬ。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
我このうらみを懐いて煩悶ついに死を決するに至る。既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。始めて知る、大なる悲観は大なる楽観に一致するを。
巌頭の感 (新字新仮名) / 藤村操(著)
近く見るには西山峠、遠く見るには笹子峠、この二つが一番よいようである。私は五月某日、ついに笹子に向った。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
老人もついには若い男の説をれて解剖刀を捨て、二人ともひざまずいて少女の死屍に祈祷きとうを捧げたという光景を叙して
新婦人協会の請願運動 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
その十八日には洛中らくちゅうの盗賊どもこぞってついに南禅寺に火をかけて、かねてより月卿雲客げっけいうんかくの移し納めて置かれました七珍財宝をことごとかすめ取ってしまいます。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
現代の所謂いわゆるハイカラなどという奴は、柔弱、無気力、軽薄を文明の真髄と心得ている馬鹿者共である。こんな奴はついには亡国の種を糞虫くそむしとなるのだ。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
そこに引籠った私は山門を境に世間と出来るだけ交渉を断ち、次第によっては僧籍にでも入りかねない気もちだったけれどついにそこまでにはならなかった。
独り碁 (新字新仮名) / 中勘助(著)
この人々は日本を遠く去ってその名声を高めたが、海外へはついに出なかったが、新女優の第一人者として松井須磨子まついすまこのあった事も特筆しなければなるまい。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
たゞ私は最後の願ひとして、私は本当に最後までついに弱者として終りました。あなたは何にも拘束されない強者として活きて下さい。それけがお願ひです。
遺書の一部より (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
彼はなにかなしそのくわだての思いつきに笑った。一抹いちまつのにぎやかさがどういう困苦のなかにいても、いつも笑いを見せる筒井らしいついの美をとどめるに似ていた。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)