祈祷きとう)” の例文
次第に日はかたむいて、寺院のあたりを徘徊はいかいする人の遠い足音はいよいよれになってきた。美しい音色の鐘が夕べの祈祷きとうを告げた。
かの神仏を念じ祈祷きとうを行って治療を施すもの、みなこの類なり。さきのいわゆる御札、マジナイの効験あるは、またみな同一理なり。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
宿しゅくでは十八人ずつの夜番が交替に出て、街道から裏道までを警戒した。祈祷きとうのためと言って村の代参を名古屋の熱田あつた神社へも送った。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
翌朝よくちょうセルゲイ、セルゲイチはここにて、熱心ねっしんに十字架じかむかって祈祷きとうささげ、自分等じぶんらさき院長いんちょうたりしひとわしたのであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「わたくしのしゅうと様すこし以前より、物のにでもかれましたか、乱心の気味にござりまするが、ご祈祷きとうをしてくだされましょうか」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
間諜かんちょうの老寺男が毎晩うずくまって祈祷きとうの文句を鼻声でくり返しながら人をうかがってる場所と、その古ぼけたぼろとを借りうけた。
星こそあれ、無月荒涼むげつこうりょうのやみよ。——おお、はるかにほのおの列が蜿々えんえんとうごいていく。呂宋兵衛らの祈祷きとうの群れだ、火の行動は人の行動。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
祈祷きとうは常におさせになっていたが、たいした効果も見えないために、わざわざ遠い寺々などでさせることにもお計らいになった。
源氏物語:41 御法 (新字新仮名) / 紫式部(著)
恐らく鳴尾君の讃美歌は天上のエホバの御座みくらにまでとどいたことであろう。私は時に鳴尾君の祈祷きとうの姿を瞥見べっけんすることがあった。
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
どうせすぐ近所に祈祷きとうがもれ聞こえるような人里の中で彼らは集まりはしませんからね。いつもたいてい茂木のはずれにある醤油屋しょうゆやの庫を
隠遁はじつに霊魂の港、休憩所、祈祷きとう勤行ごんぎょうの密室である。真の心の静けさと濡れたる愛とはその室にありて保たるるのである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
新たな祈祷きとうの式は起こらず、海の彼方あなたから訪れたまう年々の神の恵みは、もっぱら稲を作る人々の、島ごとの小さな群に向けられていた。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
腫物はれもの一切いっさいにご利益りやくがあると近所の人に聴いた生駒いこまの石切まで一代の腰巻こしまきを持って行き、特等の祈祷きとうをしてもらった足で、南無なむ石切大明神様
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
修験者の珠数じゅずを押しんで祈祷きとうする傍には、長者の一人むすめと、留守をあずかっている宇賀一門の老人達が二三人坐っておりました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
母親は心配して祈祷きとうしたりまじないをしたりしたが、王の容態はますます悪くなるばかりで、体もげっそりせてしまった。
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
見る間に不動明王の前に燈明あかしき、たちまち祈祷きとうの声が起る。おおしく見えたがさすがは婦人おんな,母は今さら途方にくれた。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
そう云う薄暗い堂内に紅毛人こうもうじん神父しんぷが一人、祈祷きとうの頭をれている。年は四十五六であろう。額のせまい、顴骨かんこつの突き出た、頬鬚ほおひげの深い男である。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かおの色を変えて、戸を立て切り、明朝あすとも言わずに竜神の社へ駈けつけて、祈祷きとう護摩ごまとを頼むに相違ないのであります。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「合掌礼拝らいはい。森君よ。ずっと向うに見えて居るのは何でしょう。あれは死ですね。最も賢き人は死をしかと認めて居ますね。十二月七日。祈祷きとう。」
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
遠方のお寺で朝の祈祷きとうのかねが鳴っていた。太陽はもう空の上に高く上って、つかれた心とからだをなぐさめる光を心持ちよく投げかけていた。
しかしその人が行ってしまうとお経の声はまた変じてたちまち鼻唄となるので、祈祷きとうなどという考えは毛頭もうとう壮士坊主の心の中にはないようです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
すると人はきっと何かしら神秘的な因果応報の作用を想像して祈祷きとう厄払やくばらいの他力にすがろうとする。国土に災禍の続起する場合にも同様である。
天災と国防 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
なんの祈祷きとうか、祈りがもう始まっているらしいのです。その音をたよりに、名人は一歩一歩と八方へ心を配りながら、拝殿近くへ忍び寄りました。
現代のヨーロッパは、もはや一つの共通な書物をもっていなかった。万人のためになるべき、一つの詩も一つの祈祷きとう文も一つの信仰録もなかった。
同時にあれほどの大酒おおざけも、喫煙もすっかりやめて、氏の遊蕩ゆうとう無頼ぶらいな生活は、日夜祈祷きとうの生活と激変してしまいました。
朝夕朗々とした声で祈祷きとうをあげる、そして原っぱへ出ては号令と共に体操をする、御嶽教会の老人が大きな雪達磨だるまを作った。傍に立札が立ててある。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
お前は一方に崇高な告白をしながら、基督キリストのいう意味に於て、まさしく盗みをなし、姦淫かんいんをなし、人殺しをなし、偽りの祈祷きとうをなしていたではないか。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そんなことをして此方こつちをさん/″\おどかして置いて、お仕舞しまいに高い祈祷きとう料をせしめようとする魂胆こんたんに相違ないのだ。そのくらゐの事が判らないのかな。
田中という中脊ちゅうぜいの、少し肥えた、色の白い男が祈祷きとうをする時のような眼色をして、さも同情を求めるように言った。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
老人もついには若い男の説をれて解剖刀を捨て、二人ともひざまずいて少女の死屍に祈祷きとうを捧げたという光景を叙して
新婦人協会の請願運動 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
そはふんづまりなるべしといふもあれば尻に卵のつまりたるならんなどいふもあり。余は戯れに祈祷きとうの句をものす。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
彼は病気の子供や大人の親族の者どもを連れて来て、長老がその病人の頭にちょっと手を載せて、祈祷きとうを唱えてくれるようにと懇願する多くの人を見た。
かう思ふと、彼は、いつもきまつて、何ものかに祈祷きとうさゝげたいやうな、涙ぐましい気持ちになるのであつた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
朝夕の祈祷きとうをしていると、どこからともなく集って来た百姓が、宣教師の背後に来て、しずかに十字を切った。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
口伝くでん玄秘げんぴの術として、明らかになっていないが、医術と、祈祷きとうとを基礎とした呪詛じゅそ調伏ちょうぶく術の一種であった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
それから約半年、医者に診せたり、いろいろと薬をのませたり、祈祷きとう呪禁まじないまでやってみたが、少しもよくならない。もっとも、ひどく悪化するのでもなかった。
故に詩を作ることはいつも「祈祷きとう」であり「詠歎えいたん」である。詩人は小説家のように、人間生活の実情を観察したり、社会の風俗を研究したりしようとしない。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
病人は暮方から熱が高まり、夜は悪夢にうなされて譫言たわごとを言い、屡〻しばしば水をもとめた。明方に漸く寝しずまるのが例であった。附添の男は和尚に祈祷きとう懇願こんがんした。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
どうか旱魃かんばつの時にはこの村の田畑に水の枯れぬように、どうか小供の水難を救われるようにと祈祷きとうをして、さてこの池をば稚子ちごふち明神みょうじんと名づけたのである。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
酋長の一人が、カヴァを飲む時、先ず腕を伸ばして盃の酒を徐々に地にそそぎ、祈祷きとうの調子でう言った。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
けさは大勢見舞いにけつけ、それ山伏、それ祈祷きとう、取揚婆をこっちで三人も四人も呼んで来てあるのに、それでも足りずに医者を連れて来て次の間に控えさせ
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
多数集りて厳粛に祈祷きとうするや、やがて讃美歌を歌い楽器の声がこれを助ける。更に起って舞踏をする。
婦人問題解決の急務 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
それは、くらの夫——すなわち先代の近四郎が、草津ざいの癩村に祈祷きとうのため赴いたという事実である。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「まあ祈祷きとうの前としてもよい。」生徒監せいとかんはいった。「しかし、わたしはなぜかといておるのだ。」
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
かくて、吾等われら二人は、過来すぎこかたをふりかへる旅人か。また暮れく今日の一日ひとひを思ひ返して、燃えいずる同じ心の祈祷きとうと共に、その手、その声、その魂を結びあはしつ。
山の草、朽樹くちきなどにこそ、あるべき茸が、人のすまう屋敷に、所嫌わず生出はえいづるを忌み悩み、ここに、法力のげんなる山伏に、祈祷きとうを頼もうと、橋がかりに向って呼掛けた。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
引上げられた少年達はほとんど気を失っていた。坑夫達は、彼等を地上に寝かし、あるものは自分達のボロ布であおぎ、ある者は自信あり気に揃って不思議な祈祷きとうをやり始めた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
そうではない、これはイエス・キリストの信仰からきたと言うことを証した。祈祷きとうと断食をして耐え忍んでいたが、一か月たって、警察の人の取調べの態度が変わってきた。
やがて納棺のうかんして、葬式が始まった。調子はずれの讃美歌さんびかがあって、牧師ぼくし祈祷きとう説教せっきょうがあった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ともの上り口はどうだろうと、艫ノ間へ駆けて行くと、乗組の百人、一人残らず後手うしろでに括られてころがっている。李旦はと見ると、十字架の前にひざまずいて一心に祈祷きとうをしていた。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)