滅入めい)” の例文
彼らの大切な支柱がなくなってしまったのだ。父親はもともと病気だったが、気をおとして滅入めいりこんでしまい、やがて世を去った。
銀座あたりはまだ宵の内でしたが、公園の中はすっかりけて、街の遠音が波の音のように聞くのさえ、何んとなく滅入めいる心持です。
女記者の役割 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そらこが狼火のろし……そして最後さいご武運ぶうんいよいよきてのあの落城らくじょう……四百年後ねんご今日こんにちおもしてみるだけでも滅入めいるようにかんじます。
「どうもいかん、あれを聞いていると、心が滅入めいるのみならず、骨と、身が、バラバラに解けて、畳の中へしみ込んでしまいそうだ」
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「ほんに、そうっしゃれば秋らしい晩でございますこと。けれどわたくし、こう云う晩は淋しゅうて滅入めいるような気がいたします」
これなら、どんな神経質しんけいしつ子供こどもかせても、また、気持きもちのつねに滅入めい病人びょうにんいても、さしつかえないということになりました。
楽器の生命 (新字新仮名) / 小川未明(著)
児をてる日になりゃア金の茶釜ちゃがまも出て来るてえのが天運だ、大丈夫だいじょうぶ、銭が無くって滅入めいってしまうような伯父おじさんじゃあねえわ。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
自分はいったい陰気なたちであるが、こういう日にはなんだか引き入れられるように気が滅入めいって、自然に悲しくなるなどと話した。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
秋の季節に来たせいもあらうが、まことに秋の国とも云ふべき、調子の弱い、色のやはらかい、人間の欲望を滅入めいらせる様な国である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
へつらつてもらはなくちやならない——音樂にダンスに交際社界がなくちやならない——でなければがつかりして滅入めいり込んでしまふ。
銀泥のふすまに滅入めいりこむようなが更けております。水の底かと思われるばかりしんとした本丸の深殿に、吉宗はまだ起きている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うかとつて勿論嬉しいといふやうなことも思ツて居らぬ。たゞ一種淋しいといふ感に強く壓付おしつけられて、むやみと氣が滅入めいるのであツた。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
どういうものか、嫌で、嫌で、片時も居たたまらなくッてよ。金沢へ帰りたい帰りたいで、例の持病で、気が滅入めいっちゃあ泣いてばかり。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とありますが、「初夜の鐘は諸行無常、入相の鐘は寂滅為楽」などというと、いかにも厭世えんせい的な滅入めいってゆくような気がします。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
分けてもいやでたまらないのは、実際、何か気の滅入めいる原因がありそうなことなんです。いや、やっぱり故郷が一番いいですよ。
私は茶店の娘相手に晩酌の盃をめていたが、今日の妻からの手紙でひどく気が滅入めいっていた。二女は麻疹はしかも出たらしかった。
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
と団さんはいつになく湿しめやかだった。三十年近くも勤めていた会社だ。やめるとなると、自発的でも矢張り気が滅入めいるのだろう。
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そして話がそこまで来ると、殆んど船乗りばかりのその座は、妙に白けて、皆ないやアな顔をして滅入めいり込むのが常だった。
動かぬ鯨群 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
元子は、そんな山形の心細そうな言葉を思い出すと、気が滅入めいりそうになる。そんなことにもなりかねないのだ。なんとか、ならないものか。
日めくり (新字新仮名) / 壺井栄(著)
風呂につかっていると、ちょうど窓から雨にぬれた山のみどりまゆに迫って来て、父子おやこの人情でちょっと滅入めいり気味になっていた頭脳あたまが軽くなった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
女中はやみの中から手探りにやっと、洋燈ランプを探し当てゝ火を点じたが、ほの暗い光は、一層瑠璃子の心を滅入めいらしてしまった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
人間でも気が滅入めいり、火鉢の火でもほげたく思うような時、袖をかき合わせて籠をのぞくと、一層物淋しい心に打たれる。
小鳥 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その夜は、浜田達にとって、一と晩じゅう、眠ることの出来ない、奇妙な、焦立いらだたしい、滅入めいるような不思議な夜だった。
前哨 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
が今では気が滅入めいるような時には、「まだなかなかマリユスが帰ってこないとすれば……」などと自ら言うようになった。
三四どうもなかつたから大丈夫だいぢやうぶだとはおもつてても、凝然ぢつとしてるととほくのほう滅入めいつてしまやう心持こゝろもちがして
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その毎日にも何彼なにかと心のさのまぎれることもございましょうが、青い蘆荻ろてきのそよぎばかり見ていては心は毎日滅入めいってしまうばかりでございます。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
こいつは見当が狂った、しくじった、いっそ書かないほうがよかったのだと、むしゃくしゃして、気が滅入めいるんですよ。
電車通りからは遠く、自動車も滅多に通らぬ横町なので、滅入めいるように静かだ。その上にこの暗闇、山奥の一軒家にでもいるような心細さである。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
鋭い口笛のようなうなりを立てて吹きまく風は、小屋をめきりめきりとゆすぶり立てた。風が小凪おなぐと滅入めいるような静かさが囲炉裡いろりまでせまって来た。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
総身そうしんの活気が一度にストライキを起したように元気がにわかに滅入めいってしまいまして、ただ蹌々そうそうとして踉々ろうろうというかたちで吾妻橋あずまばしへきかかったのです。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、自身で自身をしかって見たが、私にはただたわいもなく哀れっぽく悲しくって何か深いふちの底にでも滅入めいりこんでゆくようでこらしょうも何もなかった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
彼は伯母があとでこうつぶやいて身も世もあらず滅入めいり込んでいるさまを想像して、心から気の毒に思いながらも、おかしくなってひとり笑っていた。
このごろのような、バカな芸者の相手になっているのも悲劇だが、あんなふうに、女がダブついているのを見ると、なにか、あわれで、気が滅入めいってしまうよ
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それだのに何としたか意久地なしの霊魂たましひがまたトスカ的に滅入めいり込む、気が悄気しよげる。ポロポロと涙がこぼれる。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「拝見していましても苦しくなるほどお滅入めいりになっていらっしゃいますね。碁をお打ちなさいませよ」
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
母は、いかにもこの相手が荷厄介にやっかいらしく、なんだか滅入めいったような気乗りのしない調子で、しぶしぶ受け答えをしていた。父は時たま、かすかにまゆの根をひそめた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
巡査が去ってから僕はまた堤にしゃがんで、水やあしを眺めながらぼんやりしていましたが、だんだん気持が滅入めいってきました。そしていきどおろしさが込み上げてきました。
わが師への書 (新字新仮名) / 小山清(著)
「また自分たちだけが取り殘された——」なぜか、そんな滅入めいるやうな氣がしてならなかつた。
ふるさとびと (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
見たばかりでも気が滅入めいりそうな、ひさしの低い平家建で、この頃の天気に色の出た雨落ちの石の青苔あおごけからも、きのこぐらいは生えるかと思うぐらい、妙にじめじめしていました。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ゆき子は所在なく寝床へ横になつて、しばらんやりしてゐたが、気が滅入めいつて、くさくさして仕方がなかつた。それに、何時いつまでたつても、隣室の騒々しさはやまなかつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
それほど私は、辻永のキビキビした探偵ぶりにどういうものか気が滅入めいってくるのであった。
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
単に大和の国で、私はぐんも町の名も知らない、古宿の破れ二階に、独り旅の疲れたからだを据えていた、道中の様々な刺戟に頭は重くて滅入めいり込むよう、草鞋わらじの紐のあとで足が痛む。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
雨もよいの空は、暗く低く、何となく気の滅入めいりそうな空模様である。そこへ、千手の前が、琵琶びわことをたずさえてやってきた。重衡を慰めよ、という頼朝の計らいであった。
こんなふうわれて子家鴨こあひるはひとりで滅入めいりながら部屋へやすみっこにちいさくなっていました。
「ははは、とんだ滅入めいった話になって、酒も何も冷たくなってしまった。お光さん、ちっともお前やらねえじゃねえか、遠慮をしてねえでセッセと馬食ぱくついてくれねえじゃいけねえ」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
そこで今度は第三の門に来ましたが、ここはじゅくじゅくの湿地しっちですから、うっかりすると足が滅入めいりこみます。所々の草むらは綿の木の白い花でかざった壁のようにも思われます。
「なんだか心が滅入めいって来た」嘉門は花を見上げたが、ふと寂しそうにつぶやいた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
志津は底もなく滅入めいり込んで行く心持ちを感じ乍ら、重たい夜具を抱へて歩んだ。
夏蚕時 (新字旧仮名) / 金田千鶴(著)
気を滅入めいらす氷雨ひさめが朝から音もなく降りつづいていて、開け放たれた窓の外まで、まるで夕暮のように惨澹さんたんとしていたが、ふと近所のラジオのただならぬ調子が彼の耳朶じだにピンと来た。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そのくせもうすぐ気が滅入めいり、M君がきた翌日などは、終日戸外へも出なかった。いつもの伝で、…………………書物や原稿紙まで始末してから、軒先のだまりにボンヤリ腰かけていた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)