河鹿かじか)” の例文
「いたしますとも、真昼、北上川の温泉壺ゆつぼの中に、白い首と、旦那の首と、二つならべて、河鹿かじかを聞いているなんざあ、言語道断」
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
フンドシ一つではとんと河鹿かじかが思案にくれてゐるやうで、亡者が墓から出てきたばかりのやうに土の上にションボリ坐つてゐる。
母の上京 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
他に客もないかして、三味線の音締ねじめも聞こえない。銀の鈴でも振るような、涼しい河鹿かじかの声ばかりが、どこからともなく聞こえて来た。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
折々きこゆるは河鹿かじか啼声なきごえばかり、只今では道路みちがこう西の山根から致しまして、下路したみちの方の川岸かしへ附きましたから五六町でかれますが
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
日よし、河鹿かじかの鳴声。秀雄、彼女ありせば、我等 tete a tete なりせば。皆満足せず、可笑しい晩であった。
一首は、かわず河鹿かじか)の鳴いている甘南備河に影をうつして、今頃山吹の花が咲いて居るだろう、というので、こだわりの無い美しい歌である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
涼しい声の河鹿かじかやひぐらしはさかんに鳴き立てるが、木蔭のない河原の砂や小石は日に焼けて、其上に張った天幕の中は、寝苦しい程蒸し熱かった。
北岳と朝日岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
河鹿かじかのような膚をしている。そいつが毎夜極った時刻に溪から湯へ漬かりに来るのである。プフウ! なんという馬鹿げた空想をしたもんだろう。
温泉 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
「まるで何だらう。夏の夜、谷川の道を歩いてると、それ、河鹿かじかてえ奴の鳴き聲が、次ぎから次ぎへと新しく湧いて來る、ちやうどあれ見てえだらう。」
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
或温泉にゐる母から息子むすこ人伝ひとづてに届けたもの、——桜の、笹餅、土瓶どびんへ入れた河鹿かじかが十六匹、それから土瓶の蔓にむすびつけた走り書きの手紙が一本。
貝殻 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
貴方がそれを聞きつけて、『あれが河鹿かじかなんですか、あらそう、ひぐらしの鳴くようですわねえ』と仰ったでしょう
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いま、河鹿かじかながれに、たてがみを振向ふりむけながら、しばんだうま馬士うまかたとともに、ぼつとかすんでえたとおもふと、のうしろからひと提灯ちやうちん。……鄙唄ひなうたを、いゝこゑで——
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
けれども私はえつやの朗読に殆ど満足していた。家では河鹿かじかを飼っていた。湯河原かどこかで捕獲したものであった。夏になると、金網の中に放して縁先へ置いた。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
蛙に似て痩せこけたるものだ。自分は必ず河鹿かじかであると悟つた。河鹿に極つてゐるのだ。圖解以外に河鹿を見るのは今が始めてでもとより攫へて見たのもはじめてである。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「作法のやかましい人だな」と七十郎は笑った、「では河原へゆこう、やがて月も昇るだろうし、まだ河鹿かじかが聞けるかもしれない、河原なら万右衛門も同座していいだろう」
私は目をすえ、見送っているうち、庭のあたりでこのごろ飼った河鹿かじかがしめやかに啼いた。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
逗留客が散歩に出る。芸妓げいしゃが湯にゆく。白い鳩がをあさる。黒い燕が往来おうらいなかで宙返りを打つ。夜になると、蛙が鳴く。ふくろうが鳴く。門附かどづけの芸人が来る。碓氷川うすいがわ河鹿かじかはまだ鳴かない。
磯部の若葉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ある日、ともよは、かごをもって、表通りの虫屋へ河鹿かじかを買いに行った。ともよの父親は、こういう飼いものに凝る性分で、飼い方もうまかったが、ときどきは失敗して数を減らした。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「もうちやうど一年ぐらゐ………いや、さうやないわ、あの時河鹿かじかが啼いてたわ。」
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自暴やけのように陸湯おかゆを浴びた彼は、眼をぎょろりと光らせたまま板の間へ上って行って籠の中から着たきり雀の浴衣を振って引っ掛けると、蠅の浮いている河鹿かじかの水磐を横眼で白眼みながら
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
遠く岩手いはて姫神ひめかみ南昌なんしやう早池峰はやちねの四峰をめぐらして、近くは、月に名のある鑢山たゝらやま黄牛あめうしの背に似た岩山いはやま、杉の木立の色鮮かな愛宕山あたごやまを控へ、河鹿かじか鳴くなる中津川の淺瀬に跨り、水音ゆるき北上の流に臨み
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
他でもない、それは蚊と蠅とを追駈おひかける時で、榎本氏は河鹿かじかと違つてひどく蚊と蠅とを好かない。自分の部屋に蚊か蠅かが居ると、どんな夜中にでも起き出して来て、それを追ひ廻さずにはおかない。
河鹿かじかの鳴く声。さやさやと鳴るささの葉ずれの音。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
水盤に、河鹿かじかが二匹飼ってあった。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
河鹿かじかの子さへ
野口雨情民謡叢書 第一篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
河鹿かじか荘。
七百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
人知れず、寝どこを抜け出し、加茂川と一天の涼夜をわがもの顔に、河鹿かじかと共にあることが、ひそかな愉悦であったのである。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
肋骨や手足の関節が目立つて目に泌みるその不健康な裸体を見てゐると、まるで痩衰やせおとろへた河鹿かじかが岩にしみついてゐるやうにしか思へないのであつた。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「この河鹿かじかは皆をすに候。めすはあとより届け候。もつと雌雄めすをすとも一つ籠に入れぬやうに。雌は皆雄を食ひ殺し候。」
貝殻 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一人、丘の上なるがけに咲ける山吹と、畠の菜の花の間高き処に、しずかにポケット・ウイスキーを傾けつつあり。——うぐいす遠くる。二三度鶏の声。遠音とおね河鹿かじか鳴く。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「もうちやうど一年ぐらゐ………いや、さうやないわ、あの時河鹿かじかが啼いてたわ。」
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
逗留客が散歩に出る。芸妓げいしゃが湯にゆく。白い鳩がえさをあさる。黒いつばめが往来なかで宙返りを打つ。夜になると、蛙が鳴く、ふくろうが鳴く。門付かどづけの芸人が来る。碓氷川うすいがわ河鹿かじかはまだ鳴かない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は河鹿かじかの鳴く渓流に沿った町の入口の片側町を、この老婦人も共に二三人と自動車で乗り上げて行った。なるほど左手に裾野平が見え、Y山の崖の根ぶちに北海の浪がきらきら光っている。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
清亮な河鹿かじかのなく音に和して、珍しくも遠くの方で鳴く郭公かっこうの声が聞えた。
老公は河鹿かじかのやうにせた顎を一つしやくつた。
私は一度河鹿かじかをよく見てやろうと思っていた。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
河鹿かじかが跳ぶように、石から石へと、白河の流れを、足も濡らさずに渡り越えて、神楽岡かぐらがおかをのぼりかけたが
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
をりからのたそがれに、しろし、めて、くる/\くる、カカカと調しらぶる、たきしたなる河鹿かじかこゑに、あゆみめると、其處そこ釣人つりてを、じろりと見遣みやつて、むなしいかれこしつきと
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「もうちょうど一年ぐらい………いや、そうやないわ、あの時河鹿かじかが啼いてたわ。」
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私は河鹿かじかの鳴く渓流けいりゅうに沿った町の入口の片側町を、この老婦人も共に二三人と自動車で乗り上げて行った。なるほど左手に裾野平が見え、Y山のがけの根ぶちに北海の浪がきらきら光っている。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
川では蛙の声もきこえた。六月になると、河鹿かじかも啼くとのことであった。
鰻に呪われた男 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
春蝉はるぜみらしいものが鳴き出した、河鹿かじかの声に似ているが更に細くかすかで、とおるようにほがらかだ、森の精が歌っているのではなかろうか。いつか燕万年青つばめおもとの白い花が路傍に咲いている林に出る。
渓三題 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ピピピ、ピピピ、と河鹿かじかの啼く闇がなんとなく気をひき締める。——と小舟が待っていた。慎吾は何かささやいてお芳だけをそれにのせて、ひろい河心の丘へ送ってしまった。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あんずるに、これ修善寺しゆぜんじ温泉いでゆける、河鹿かじか蜃氣樓しんきろうであるらしい。かた/″\、そんなことはあるまいけれども、獨鈷とつこかゝ状態じやうたいをあてにして、おかけにつては不可いけない。……
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
細っこい法師のように思われるのは誰か、人待ち顔に見まわしたが、誰も河原へ降りて行く者もなかったのでまた、元のように石ころの間へ、河鹿かじかのように、腰を下ろしてしまった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むかうのやまえて、れせまる谿河たにがはに、なきしきる河鹿かじかこゑ。——一匹いつぴきらしいが、やまつらぬき、をくいて、こだまひゞくばかりである。かつて、はなながとき箱根はこねおもふまゝ、こゑいた。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ながれおとが、さつつて、カカカカカカカとほがらか河鹿かじかく。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「オヤ、向うからやって来るのは、かえるかね? 河鹿かじかかね?」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)