梶棒かじぼう)” の例文
洋車が二台、梶棒かじぼうの根もとのランプを都合四つ明るくきらめかせながら、静かに馬車廻しの植込みをまはつて出て行くところだつた。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
新吉が胸をワクワクさせている間に、五台の腕車が、店先で梶棒かじぼうおろした。真先に飛び降りたのは、足の先ばかり白い和泉屋であった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
両手に梶棒かじぼうをつかみ、荷車を自分の前に大駆けに押しやって勢いのいい勇ましい響きを立てながら、市場町の方へ走っていった。
昔の煉瓦建れんがだてをそのまま改造したと思われる漆喰しっくい塗りの頑丈がんじょうな、かど地面の一構えに来て、煌々こうこうと明るい入り口の前に車夫が梶棒かじぼうを降ろすと
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「コリャ剣呑けんのんだ、なにもう大丈夫、表のガラス一枚りましたよ、車へ載せて来ましたからつい梶棒かじぼうをガラス戸へ突き当ててしまったんです」
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ある日、一台の車がM伯爵の門長屋へ這入はいって来て、三畳と四畳半二間切りの狭苦しい父親の住居すまいの前に梶棒かじぼうおろした。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は寒い雨のはかますそに吹きかけるのもいとわずに足を留めて、あの晩車夫が梶棒かじぼうを握ったまま立往生をしたのはこのへんだろうと思う所を見廻した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
車夫くるまや梶棒かじぼうをおろして、奥様、お気の毒ですがその腰掛けの下にオランダ付け木(マッチの事ですよ)がはいっていますから、というのでしょう。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
切符売場の前で梶棒かじぼうを据えられた時、私は俥から下りようとして、着物の裾が汗ばんだ両脛りょうはぎへ粘り着いた為めに、危く脚を縛られて倒れそうになった。
恐怖 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
三吉は腕を叩きて、「たしかに、請合いました。」「よくせい。」とひらりと召す。梶棒かじぼうを挙げて一町ばかり馳出はせいだせる前面むかいより、駈来かけきたる一頭の犬あり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母親が徹夜てつやして縫ってくれた木綿もめん三紋みつもんの羽織に新調のメリンスの兵児帯へこおび、車夫は色のあせた毛布けっとうはかまの上にかけて、梶棒かじぼうを上げた。なんとなく胸がおどった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
車上の医師は春の朧夜おぼろよ、揺られながらにトロトロとまどろむとき、小道に分け入るより、ハッとわれに返りしころは、すでに梶棒かじぼうはトンと玄関に突かれてあった。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
その橇は人力車の輪を取除とりはずして、それに「いたや」の堅い木片で造った橇を代用したようなものだ。梶棒かじぼう後押棒あとかじぼうとあって人夫が二人掛りで引いたり押したりする。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼女は車道の隅から車の前を突然突切ろうとしたので、車夫はこれを避けたが、彼女の破れた袖無しにぼたんがなかったため、風に煽られて外に広がり、梶棒かじぼうに引掛った。
些細な事件 (新字新仮名) / 魯迅(著)
どうかした日の晩方ばんがた、川から帰りがけに、背負しょってるかごがいつもの晩より重く、押してる車が思うように動かないのさ。お前さんは、車の梶棒かじぼうの間へひざをついて倒れる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
ある時雨しぐれの降る晩のことです。わたしを乗せた人力車じんりきしゃは、何度も大森界隈おおもりかいわいけわしい坂を上ったり下りたりして、やっと竹藪たけやぶに囲まれた、小さな西洋館の前に梶棒かじぼうを下しました。
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
前は軍医、あとは私、二台の車が前後して走るうちに、三宅坂上の陸軍衛戍えいじゅ病院の前に来かかった時、前の車夫は突然に梶棒かじぼうを右へ向けた。軍医は病院の門に入るのである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、病み衰えた顔に淋しい微笑を浮べ、梶棒かじぼうの上ると共に互に黙礼をかわしてわかれた。暫らくは涙ぐましく俥の跡を目送みおくったが、これが紅葉と私との最後の憶出おもいでの深い会見であった。
僕は「大千住の先の小菅だよ」と車夫に言ったが、車夫は返詞をせずに梶棒かじぼうを上げた。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
帰途かえりは夜と覚悟してか、まのぬけた小田原提灯おだわらちょうちんが一つ梶棒かじぼうの先にぶら下がっていた。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
車夫しゃふは年頃四十五六しじゅうごろく小肥満こでっぷりとした小力こぢからの有りそうな男で、酒手さかて請取うけとり荷を積み、身支度をして梶棒かじぼうつかんだなり、がら/\と引出しましたが、古河から藤岡ふじおかまでは二里里程みちのり
梶棒かじぼうの先につけた提灯ちょうちんの光が車夫の手の静脈を太く浮び上らしていた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
スマートな広東カントン服や腕環などから見ても、俥夫しゃふは、いずれこの俥は祝儀の出る門口へつくだろうと予測していたのに、羽衣町の裏通りのきたない縄のれんの軒先で止められたので梶棒かじぼうを迷わせた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
車は一走ひとはしりして、燈火ともしびあかるい町の唯有とある家の前に梶棒かじぼうを下ろした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
爺はそう言って、車の梶棒かじぼうで人々をけるようにした。
或る嬰児殺しの動機 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
若い車夫が梶棒かじぼうを静かにおろして私に言った。
梶棒かじぼうを下ろして飲みし清水かな
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その前車は、大きな鉄の心棒と、それにめ込んである重々しい梶棒かじぼうと、またその心棒をささえるばかに大きな二つの車輪とでできていた。
やがて車夫が梶棒かじぼうおろした。暗い幌の中を出ると、高い石段の上に萱葺かやぶきの山門が見えた。Oは石段をのぼる前に、門前の稲田いなだふちに立って小便をした。
初秋の一日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふと車がまって梶棒かじぼうがおろされたので葉子ははっと夢心地ごこちからわれに返った。恐ろしい吹き降りになっていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私はその姿を見るが早いか、素早く幌の下へ身を投じて、車夫が梶棒かじぼうを上げる刹那の間も、異様な興奮に動かされながら、『あいつだ。』とつぶやかずにはいられませんでした。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一里半ばかり、鼻のもげるような吹曝ふきさらしの寒い田圃道たんぼみちを、腕車くるまでノロノロやって来たので、梶棒かじぼうと一緒に店頭みせさきへ降されたとき、ちょっとは歩けないくらい足が硬張こわばっていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
高輪から人力車に乗って急がせて来ると、金杉の通りで車夫は路ばたに梶棒かじぼうをおろした。
月の夜がたり (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ええッ此奴こいつ。」と度外れの大声に耳を驚かして眼を開けば、梶棒かじぼうをがたりとおろして、「夫人おくさま提灯ちょうちんけますからちょいとどうぞ。」と車夫の吉造、婦人おんなを一人輪の下にかんとせし
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
車をがらがらと門前まで乗り付けて、此所ここだ此所だと梶棒かじぼうおろさした声はたしかに三年ぜん分れた時そっくりである。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
車夫は葉子を助けようにも梶棒かじぼうを離れれば車をけし飛ばされるので、提灯ちょうちんしり風上かざかみのほうにしゃに向けて目八に上げながら何か大声に後ろから声をかけていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「作さんを嫌って、お島さんが逃げたって云うんで、近所じゃ大評判さ」とにかく今夜は帰ることにして、銀さんは、ようようお島を俥に載せると、梶棒かじぼうにつかまりながら話しはじめた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
車夫わかいしはたった今乗せたばかりの処だろう、空車からぐるまの気前を見せて、ひとけで、顱巻はちまきの上へ梶棒かじぼうを突上げるいきおいで、真暗まっくらな坂へストンと摺込すべりこんだと思うと、むっくり線路の真中まんなかを躍り上って、や
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お銀は窓から伸びあがって覗いてみると、車夫の元吉は梶棒かじぼうをおろして、くぐり門から一旦はいったかと思うと、さらに内から正面の門を左右にひらいて、車を玄関さきまでき込んで行った。
有喜世新聞の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのうちくるま梶棒かじぼうが一軒の宿屋のようなかまえの門口へ横づけになった。自分は何だか暖簾のれんくぐって土間へ這入はいったような気がしたがたしかには覚えていない。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その時車の梶棒かじぼうの間から後ろ向きに箱にりかかっているらしい子供の脚を見たように思った。
卑怯者 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「それじゃ私は先へ行っておりますで、明朝あしたはどうでも来て下さるだろうね。」母親は行李こうりを一つまたの下へはさんで、車夫が梶棒かじぼうを持ち上げたときに、咽喉のどふさがりそうな声を出して言うと
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
口をきわめてすでに立ち去りたる巡査をののしり、満腔まんこうの熱気を吐きつつ、思わず腕をさすりしが、四谷組合としるしたるすす提灯ちょうちん蝋燭ろうそくを今継ぎ足して、力なげに梶棒かじぼうを取り上ぐる老車夫の風采ふうさいを見て
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五十分ほどおくれて、玄関の松の根際に梶棒かじぼうを上げた一挺は、黒いほろおろしたまま、甲野こうのの屋敷を指してける。小説はこの三挺の使命を順次に述べなければならぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やにわに対曳さしびきの綱を梶棒かじぼうに投げくれば、疲れたる車夫は勢いを得て
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はやむを得ず車夫に梶棒かじぼうを向け直させて、思いも寄らない本郷へ行けと命じた事を記憶していた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と話はきまったはずにして、委細構わず、車夫は取着とッついて梶棒かじぼうを差向ける。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人はくるまやとって病院を出た。先へ梶棒かじぼうを上げた三沢の車夫が余り威勢よくけるので、自分は大きな声でそれを留めようとした。三沢はうしろを振り向いて、手を振った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寺院は随一の華主とくいなる豆府とうふ屋の担夫かつぎ一人、夕巡回ゆうまわりにまた例の商売あきないをなさんとて、四ツ谷油揚坂あぶらげざかなる宗福寺にきたりけるが、数十輛の馬車、腕車わんしゃ梶棒かじぼうを連ね輪をならべて、肥馬いななき、道を擁し、馭者ぎょしゃ
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
敬太郎もおくれないように一台雇った。車夫は梶棒かじぼうを上げながら、どちらへと聞いた。敬太郎はあの車のあとについて行けと命じた。車夫はへいと云ってむやみにけ出した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)