挨拶あいさつ)” の例文
だいたいあんまり本当のことを言われても挨拶あいさつのしようがないことと同じように、御尤ごもっともですという以外の幅も広さもないのである。
文章の一形式 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
しかしそんなことは下層の子供たちには普通の仕事である。オリヴィエはいつものとおり、彼女の顔に眼をやりもしないで挨拶あいさつした。
そして、ある四つ辻で別れる時には、お冬はきまった様に、少し首をかしげて、多少甘ったるい口調で、この様な挨拶あいさつをしたのである。
木馬は廻る (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二人の美人は、無言で挨拶あいさつかわした。青木さんは、既に卑屈な泣きべそみたいな顔になっている。もはや、勝敗の数は明かであった。
グッド・バイ (新字新仮名) / 太宰治(著)
今日こんにちは、」と、声を掛けたが、フト引戻ひきもどさるるようにしてのぞいて見た、心着こころづくと、自分が挨拶あいさつしたつもりの婦人おんなはこの人ではない。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ペンネン技師のほおはげっそり落ち、工作隊の人たちも青ざめて目ばかり光らせながら、それでもみんな笑ってブドリに挨拶あいさつしました。
グスコーブドリの伝記 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ただ長い間同じ下宿に立籠たてこもっているという縁故だか同情だかがもとで、いつの間にか挨拶あいさつをしたり世間話をする仲になったまでである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いやに儀式ばった挨拶あいさつを来る人たちへいられたり、着たくもない妙な仰々ぎょうぎょうしい着物を着せられるのであるそれが泣くほどつらかった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「あのときは廷丁に挨拶あいさつしたのですよ。あなたが被告だということは、私たちは知っていました。こんなうわさはすぐ広まりますからね」
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
「アイ、目出度いのい」——それが元日村の衆への挨拶あいさつで、お倉は胸を突出しながら、その時の父や夫の鷹揚おうような態度を真似まねて見せた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
『えゝ只今たゞいま足下そくか御關係ごくわんけい事柄ことがらで、申上まをしあげたいとおもふのですが。』と、市役所員しやくしよゐん居並ゐなら人々ひと/″\挨拶あいさつむとした。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
戸にかぎをかけてしまって、僕が戸の隙間から『お早うボンジュール』と挨拶あいさつしても、返事もしないんだ。自分じゃ七時にちゃんと起きてたくせに。
山人は初対面の挨拶あいさつの後で、「君はもっと背の高い人かと思った」といったが、並んでみると私よりは山人の方がずっと高かった。
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私が再びエケレジヤの前に差しかかつたとき、知人H君のお嬢さんが友だち二三と腕を組んで出て来て、出会ひがしらに私に挨拶あいさつした。
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
これが精一杯のお世辞の挨拶あいさつだといふやうに、ぶつきら棒に云つた。そして直ぐえんから盆栽棚のたくさん並んでゐる庭へ下りて行つた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
「おはよう」とか「御機嫌よう」とかいう言葉の次に出るのは、「お暑うございます」「お寒うございます」という挨拶あいさつでございます。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかも娘の思惑おもわくを知ってか知らないでか、ひざで前へのり出しながら、見かけによらない猫撫声ねこなでごえで、初対面の挨拶あいさつをするのでございます。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
亥「えゝ皆様御免なせえ、えゝお母様ふくろさま、なぜわっちが……旦那御免なせえよ、こんな時にゃアなん挨拶あいさつしていのか私にゃア分んねえ」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
こんな挨拶あいさつをしていた。小君こぎみの所へは昼のうちからこんな手はずにすると源氏は言ってやってあって、約束ができていたのである。
源氏物語:02 帚木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
駅前まで来た時、加世子はもう一度ホテルへ帰り父に挨拶あいさつしたものか、それともこのまま富士見へ帰ったものかと、ちょっと躊躇ちゅうちょした。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
こう挨拶あいさつすると、おたかも挨拶をし返したうえ、もちまえの気の好さからだろう、昨夜から庄吉さんが梶平へ来ていますと云った。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
五十川女史はあたふたと葉子に挨拶あいさつもせずにそのあとに続いた。しばらくすると若者は桟橋の群集の間に船員の手からおろされた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
梯子段はしごだん踏轟ふみとどろかして上ッて来て、挨拶あいさつをもせずに突如いきなりまず大胡坐おおあぐら。我鼻を視るのかと怪しまれる程の下眼を遣ッて文三の顔を視ながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
主人しゆじん挨拶あいさつかく明日あすのことにするからといつただけだといふ返辭へんじである。勘次かんじはげつそりとしてうちかへると蒲團ふとんかぶつてしまつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
新郎の母者人が「ドウカお吸物すいものを」との挨拶あいさつが無い前に、勝手に吸物すいものわんの蓋をとって、きすのムスビは残して松蕈まつだけとミツバばかり食った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
さゝ、ヂュリエットをおこして、着飾きかざらせい。おれてパリスどのに挨拶あいさつせう。……さゝ、いそげ/\。婿むこどのは最早もうせたわ。いそいそげ。
かくれば重四郎はイヤ來たなとは思へども何喰なにくはぬ顏にて是は/\めづらしく御揃ひでよくこそ御入來かたじけなしと挨拶あいさつなすにやがて掃部は聲を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
また下士かしが上士の家に行けば、次の間より挨拶あいさつして後に同間どうまに入り、上士が下士の家に行けば、座敷まで刀を持ち込むを法とす。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
木賃宿の主人には礼金を遣り、摂津国屋へは挨拶あいさつに立ち寄って、九郎右衛門主従は六月二十八日の夜船で、伏見から津へ渡った。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
巡査達に挨拶あいさつして、二三間行った時、彼はふと海に捨つるべく、青年から頼まれたノートの事を思い出した。彼は驚いて、取って帰した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
挨拶あいさつを交わして、そのままそこで立ち別れた。日はもうとっぷり暮れて、寒い寒いかわいた夕風が薄暗うすやみの中を音もなく吹いていた。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
お品へ目で挨拶あいさつして行った珊瑚さんごの女を、孫兵衛はジッと見送っていたが、やがてその年増の姿は、同じ河岸筋かしすじの川長の店へ入っていった。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから因縁あれば両三度も落合い挨拶あいさつの一つも云わるゝより影法師殿段々堅くなって、愛敬詞あいきょうことば執着しゅうじゃくの耳の奥で繰り返し玉い
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
丁度馬車と一しょに町の角を曲って来た医学士は、愛想く二階の窓に向いて挨拶あいさつをした。それから程なく部屋に這入はいって来た。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
水夫たちは、みを浮かべて、火夫たちに挨拶あいさつしながら通った。それは、まるで、目をさました獅子ししの第一声のようでもあった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
僕に向かってはよい顔しながら、かげにまわると悪口する、はなはだいやしむべき人であると思って以来、丙を見てもロクに挨拶あいさつしなくなった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「おいおい、そんな挨拶あいさつはあるめえ。……雨が降りゃア、下駄屋は、いいお天気という。……おれらは忙しくなくっちゃ結構とは言わねえ」
顎十郎捕物帳:06 三人目 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
妾は、食事がすむとちょっと博士に挨拶あいさつして、すぐ帰るつもりで下へ降りて、携帯品預所あずけじょへコートを受けとりに行ったのです。
華やかな罪過 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
「お前が倉知くらちさんへ往っていると云うから、ついでに挨拶あいさつして来ようと思って、あがらずに来た、何故なぜそんな、つまらない真似まねをするのだ」
白っぽい洋服 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼女は、驚嘆したであろう客の、つぶの眼の玉を充分に引きよせておいて、やおら身じろぎをした。立上って、挨拶あいさつをしようとするのだ。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
若いブレースブリッジと親戚しんせきの人たちが互いに挨拶あいさつをかわしているあいだに、わたしはこの部屋をしさいに見ることができた。
廿二日朝、土屋君は僕をばんさんのところに連れて行つて呉れた。僕は初対面の挨拶あいさつをし、初診以来熱心の治療に対して謝した。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
かれの子分のしゃもじは国定忠治くにさだちゅうじ清水しみず次郎長じろちょうがすきであった、かれはまき舌でものをいうのがじょうずで、博徒ばくと挨拶あいさつを暗記していた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
挨拶あいさつした婆さんに抱いていた子供を預けると、お君は一張羅いっちょうらの小浜縮緬の羽織も脱がず、ぱたぱたとそこらじゅうはたきをかけはじめた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
黒い雲がすべって行ったのです。しかし、それこそ挨拶あいさつでした。月がわたしに送ってくれた、やさしい晩の挨拶だったのです。
いやにしらっぱくれた挨拶あいさつをする者がありましたから、関守氏が振返って見ると、三度笠に糸楯いとだての旅慣れた男が一人、小腰をかがめている。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、愛想よく挨拶あいさつしたが、思いなしか、野村にはそれが、わざとらしく聞えた。何だかジロリと探るような眼つきで見られたような気がした。
別れの挨拶あいさつをして置きたい友人が可成りあるので。二週間程留守るすになるでせう——その間に僕の申し出を考へて置いて下さい。
「上陸第一歩に際し、イギリス官憲のみならず、イギリス高射砲隊からもこの鄭重ていちょうなる挨拶あいさつをうけようとは、余の予期せざりしところである」
初対面の挨拶あいさつの時、わたしの義理の子ともならう筈の若者は、いかにもムツツリと構へてゐて、ひと通りの礼儀としての挨拶も碌々ろく/\せぬのだ。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)