愕然がくぜん)” の例文
ここでは、必ず、数寄屋の外に立っているはずの藪田助八も、ふと、その様子を見て、愕然がくぜんと、越前守のうしろまでびこんで来た。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、彼女がその一月の間に三夜ほど外泊し、その度に、分厚い札たばを持ってきて、貯金したという話をきいて、私は愕然がくぜんとした。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
客は愕然がくぜんとして急に左の膝を一膝引いて主人あるじを一ト眼見たが、直に身を伏せて、少時しばしかしらを上げ得無かった。然し流石さすがは老骨だ。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
青年は愕然がくぜんとして、うそではないか、かたりではないかと疑い、ほとんどわれを忘れて、まるで気でも違ったようになってしまった。
新一は愕然がくぜんとして、息遣いも荒く、そこに跪くと父博士の手首を掴んだ。掴んだままいつまでも空間を見つめて、身動きさえしなかった。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
といって無遠慮に図巻の上へ伸ばしたその手が、白魚のように細かったものですから、ここに初めて田山白雲は愕然がくぜんとしました。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
宇治は愕然がくぜんとして立ちすくみ斜面へ二三歩よろめいた。道は土手の上まで来ていたのだ。白い薄光が彼の網膜にぼんやりひろがって来た。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
李陵は例によって漢との戦いには陣頭に現われず、水北に退いていたが、左賢王の戦績をひそかに気遣きづかっているおのれを発見して愕然がくぜんとした。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
愕然がくぜんとして文三が、夢の覚めたような面相かおつきをしてキョロキョロと四辺あたり環視みまわして見れば、何時いつの間にか靖国やすくに神社の華表際とりいぎわ鵠立たたずんでいる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
次に黒いひとみをじっとえて自分を見た昔の面影おもかげが、いつの間にか消えていた女の面影に気がついて、また愕然がくぜんとして心細い感に打たれた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
弟もやはりそこにしゃがんでは遊んでいたのに、お俊は気もちの中にときおり愕然がくぜんとして何物かに衝かれたような気になって、きよ子の姿を見た。
童話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ぐいと、自身番の小者がねじむけたその顔を見るといっしょに、ふたりはさらに愕然がくぜんと二度おどろきました。まさしく、あの御家人なのです。
客も主じも家娘も家妻も酒と博賭ばくちの好きな息子たちも、茫然、瞠然どうぜん愕然がくぜん恟然きょうぜんとして声も出ない。八百助は「村の方がた」と静かに云った
いい気になっていた彦太郎は愕然がくぜんとして、どうしてな、あんた、どうして、組合には反対か、あんた、と意気ごんでたずねた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
愕然がくぜんとしたのは平次ばかりではありません。名指しされた石川良右衛門は、何か弁解をする積りらしく口を開きましたが、その言葉が出る前に
すでにして、松川がねやに到れば、こはそもいかに泣声なきごゑまさ此室このまうちよりす、予ははひるにもはひられず愕然がくぜんとしてふすまの外にわななきながら突立つツたてり。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
一時、わすれていたのですが、こんど、あなたから、「エホバをおそるるは知識の本なり。」という箴言しんげんを教えていただいて愕然がくぜんとしたのでした。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
そしてもしそうなったら、自分はもう生きてゆくすべを知らぬだろう、とさとって、かなり愕然がくぜんとしてしまったのである。
人びとは一斉に息を殺してその微妙な音に絶え入っていた。ふとその完全な窒息に眼覚めたとき、愕然がくぜんと私はしたのだ。
器楽的幻覚 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
われこの日始てこれを寺僧に聞得て愕然がくぜんたりき。ちなみにしるす南岳が四谷の旧居は荒木町絃歌げんかの地と接し今岡田とかよべる酒楼の立てるところなり。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そうして愕然がくぜんとして佇立ちょりつした。一列に並んでいる古い銅像と黒い柱との間に、西壁の阿弥陀が明るく浮き出して、手までもハッキリと見えている。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
埔里郡役所から事件の報告を受けとった台中州庁では、水越知事を始め一同、異常な予期しない出来事に愕然がくぜんとした。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
そうと知って、紅琴は愕然がくぜんとしたけれども、千古の神秘をあばこうとする、狂的な願望の前には、なんの事があろう。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
愕然がくぜんとして、予は褥榻のところへ跳んでゆき、その眠れる人を呼び起してこの驚くべき消息を知らせようと努めた。
愕然がくぜんとして身を起した俊寛はわが耳を疑った。だが、熊野詣の二人を呼ぶ島人ならざる人の声は、確かに聞えた。
ちょうど絵の中から思いがけもなく父の顔がのぞいているような気がして愕然がくぜんとして驚いた。しかし考えてみるとこれはあえて不思議な事はないらしい。
自画像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
とちかよってきましたが、提灯をかざしたその一隊は、おもわずそこに愕然がくぜんとして、立ちすくんでしまいました。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
健策は愕然がくぜんとなった。何事か思い当ったらしく唾液つばみ込み嚥み込みした。しかし黒木は構わずに話を続けた。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この言葉を聞くと菊女をはじめ、その供人にやつして来たところの、明暦義党の同志らは、愕然がくぜんとして驚いたが
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たちまち有りて、ほとばしれるやうにその声はつと高く揚れり。貫一は愕然がくぜんとして枕をそばだてつ。女はにはか泣出なきいだせるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いよ/\来たな、と、道阿弥はもう観念のほぞを固めていたが、今度は松雪院を初め女中たちが愕然がくぜんとした。
ぼんやり中腰ちゅうごしになってお由の白い顔を眺めていた土岐健助は、初めて愕然がくぜんと声をあげた。そして、おずおずとお由の硬張こわばった腕を持ったが、勿論もちろんみゃくは切れていた。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それは魔にうなされたように、哀切な声になってゆく。愕然がくぜんとして、彼も今その声にうなされているようだった。病苦が今この家全体を襲いゆさぶっているのだ。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
……愛子ではないか……葉子は愕然がくぜんとして夢からさめた人のようにきっとなってさらに耳をそばだてた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
老僕聞て大におどろき、すぐる三月三日、桜田さくらだ一条いちじょうかたりければ、一船ここに至りて皆はじめて愕然がくぜんたり。
しばらくゆくと彼は跫音あしおとがちつとも聞えないのに気がついた。で彼は愕然がくぜんとして背後うしろへ振り向いた。そこに彼女がほんの一尺計り離れて彼にいてるやうに歩いてゐる。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
心臓の破れるような思いをしていた頃の、ひどく絶望的な詩であることを知って、私は愕然がくぜんとした。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
孫軍曹は、そう呶鳴どなっていたが、坑夫を分けて手負ておいに近づくと、愕然がくぜんとしてその一人を抱きあげた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
この上は大膳だいぜん父子をはじめ長防二州の処置を適当に裁決あることと心得ていたところ、またまた将軍の進発と聞いては天下の人心は愕然がくぜんたるのほかはないというにある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
歯牙しがにも掛けずありける九州炭山坑夫の同盟罷工今やまさに断行せられんことの警報伝はるにおよんで政府と軍隊と、実業家と、志士と論客とな始めて愕然がくぜんとして色を失へり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ブルヴェーは愕然がくぜんとした、そして恐る恐る彼を頭から足先まで見おろした。彼は続けて言った。
けれど畢竟ひっきょう自分じぶんなぐさめ、苦痛くつうわすれさせるものには酒以外さけいがいないことをったが、まれたから、今日きょうまで、瞬時しゅんじやすまず鼓動こどうをつづける心臓しんぞうれて、愕然がくぜんとして、かれ
風はささやく (新字新仮名) / 小川未明(著)
困難のじつに水量と反比例をなしきたすすむこと一里にして両岸の岩壁屏風びやうぶごとく、河はげきして瀑布ばくふとなり、其下そのしたくぼみて深淵しんえんをなす、衆佇立相盻あひかへりみて愕然がくぜん一歩もすすむを得ず
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
男達は愕然がくぜんとして咄嗟とっさにめくるめく狼狽のさなかで故里を思い出したりするのであった。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
一たび疱瘡ほうそうむかしは天然痘のことを疱瘡といいました)がはやるということが伝わると、人々は愕然がくぜんとして色を失い、ことに子供こどもを持つ親は、ぶるぶるとふるえたものであります。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
予、なにごとの出来しゅったいせしやと疑いながらただちに披封すれば、なんぞはからん、「父大病につき、ただちに帰宅せよ」と、親戚某より寄するところの電報なり。愕然がくぜん、大いに憂懼ゆうくす。
妖怪報告 (新字新仮名) / 井上円了(著)
大切なものを取り落したことに気がついて愕然がくぜんとし、こく切れから、お暇勝手次第の触れが出たのを幸いに、御役ご免を願い、すぐにも陸奥みちのくに下るつもりで、そうそうに江戸へ帰った。
奥の海 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私は愕然がくぜんとした。まったく、その時は、自分でも顔色がサッと変ったのを意識した——。私を、こんな失意の底に投込んでしまったその女、ネネが、この変屈者の愛人であるとは……。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
愕然がくぜんとしてわれに返ると、余りなまけた結果、私は六科目の注意点を受けてゐたので、にはか狼狽ろうばいし切つた勉強を始め、例の便所の入口の薄明の下に書物をひらいて立つたが、さうしたことも
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
僕は愕然がくぜんとして、泣くに泣かれぬような心持がした。自分が長い間無沙汰していた事などは忘れて、病気している事位は、あらかじめ知らせてくれてもそうなものにと、驚きもし悲しみもした。
友人一家の死 (新字新仮名) / 松崎天民(著)