ろう)” の例文
それは怖るべき広長舌をろうするこのお喋り坊主が、ただ、「はい」だけで食いとまったことこそ、今までの中での最大驚異に価する。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
権勢や名誉や物欲のために、恥を忘れて狂奔し、やっきとなって卑劣な術策をろうする人たちにも、彼は同じことを問いかけたかった。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その怪しき者が大道で公儀の威信に関する言辞をろうしていたことが大岡様のお耳にもはいったから、役目のおもて捨ててもおけない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「これッ李逵。駄弁をろうすな。きさまこそ、供部屋ともべや退がって、ほかの供人のように神妙にしていろっ。どうも仕方のない黒面猿くろんぼざるだ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
相変らず宗匠、駄弁をろうしている間に、酔が好い心持に廻ったと見えて、コクリコクリ。のちには胴の間へ行って到頭横になってしまった。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
しかも巽斎はその詩文にさへ、みだりに才力をろうさうとしない。たとひ応酬の義理は欠いても、唯好句の嗒然とうぜんと懐に入る至楽を守つてゐる。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さんざ、毒舌をろうしつくしたお初は、ますます雪之丞に迫り近づいて、掌にもてあそぶ短銃を、ひけらかすようにして見せながら
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ひとり独仙君に至っては機外きがいろうし過ぎて、少々疲労したと見えて、碁盤の上へのしかかって、いつのにやら、ぐうぐう寝ている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すなわち知り合った頃のそれと、ほとんど同じ態度です。鷹揚に見せかけて鼻であしらったり、老獪な冗談じょうだんろうして彼を困らせたりする。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その悲壮な心情に対して、いわゆる組織の上にヌクヌクとすわりこんでいたボル派の奴らが、冒涜ぼうとく的な言辞をろうすることは断じて許せない。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
彼等は、リーマン博士の活躍を阻止するため、あらゆる卑劣なる手段をろうしています。彼等が特に力を入れているのは言論です。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
……こうベラベラお前たちを相手に、駄弁をろうしておりながらも、浄玻璃の眼で一人一人、往来の奴ばらを睨んでいるという訳さ
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あの悧巧りこう聡明そうめいな夫人が、こんな露骨な趣味の悪い技巧をろうする訳はない! やっぱり、夫人の本心から出た自然の書き散しに違いない。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私はことさらに奇矯な言をろうしているのでもなければ、また、先輩大家を罵倒しようという目的で、あらぬことを口走っているのではない。
可能性の文学 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
だ異なるは前者の口舌の謇渋けんじゅうなるに反して後者は座談に長じ云々と、看方みかたに由れば多少鴎外をけなして私を揚げるような筆法をろうした。
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
しかし、絵で見る天使はみんな裸体だから、あれでいっこう差閊さしつかえあるまいと彼はこの悲劇に不謹慎ふきんしんなユウモアをろうして満廷を苦笑させた。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
こせついたり小手先をろうしたりしてはいけない——とか、チェーホフとしては珍しく微に入り細をうがった註文をつけている。
それも、つまらぬ小細工ばかりろうして、男らしい乾坤一擲けんこんいってきの大陰謀などは、まるで出来ない。ポローニヤス、少しは恥ずかしく思いなさい。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
その危険は小児をして利刀をろうせしむるに異ならざるべし。いわんや近来は世上に政談流行して、物論はなはだかしましき時節なるにおいてをや。
経世の学、また講究すべし (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
奇をろうしてますます出づる不思議に、彼は益おそれして、あるひはこのうちに天意の測り難き者有るなからんや、とさすがに惑ひ苦めり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
さうするどくもなく敢へて妙策めうさくろうせずしづかにおだやかにもみ合つてゐる光けいたるやたしかに「さくらかざして」のかんなくもない。
おきなる島山しまやまいたゞき紫嵐しらんつゝまれ、天地てんちるとして清新せいしんたされてときはま寂寞じやくばくとしていつ人影じんえいなく、おだやかにせてはへすなみろう
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
公からの使を受けた時の夫子の欣びを目にしているだけに、はらわたえ返る思いがするのだ。何事か嬌声きょうせいろうしながら南子が目の前を進んで行く。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
どちらも目に立つ女であって、どこか技巧をろうしているらしい、しかしそれが殆ど自然に迫っている。ほかの女は下手が舞台に登ったようである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
芸術に関して永遠性というようなことを口にするのがそもそも迂愚うぐであり、荒唐の言をろうするにほかならないではないか。
永遠の感覚 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
アリョーシャは別に前々から用意した技巧をろうするまでもなく、いきなりこうした実際的な注意をもって会話を始めた。
この掛け合い吹き込みの宣伝写真で私のパートナーは支那服姿で三味線をろうしてと書いたが、じつは彼女、三味線はペンともツンとも鳴らせなくて
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
あるいはひげをひねるもの、あるいはキセルをろうするものあるは、平常の習慣の相積みて一種の癖を生じたるものなり。
妖怪玄談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
この年『枕山詩鈔』所載の作を見るに「東都春遊雑詠」といい、「たわむれニ行楽ヲ勧ムルノ歌ヲ作ル。」というが如き艶麗えんれいなる文字をろうするものが多い。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
物おぼえのついた以後特に文筆をろうしはじめた以後の経験が誠にすくないので、そのわづかの経験をつづり合せれば、ただ懐しい川として心中に残るのみである。
最上川 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
我々小説家が千年一日の如く男女関係に就て筆をろうし、軍人だの道学先生から柔弱男子などとののしられているのも、人生の問題は根本に於て個人に帰し
咢堂小論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
パリーの諸新聞に辛辣しんらつな批評を惹起じゃっきし、それからドイツへ伝えられて、ドイツの芸術家が自国についてかく下劣な言辞をろうするのを、人々は憤慨した。
「しかしそんな外交手段なぞをいくらろうしたとて抑留しているという事実には何の変りもないではありませんか!」とシャアは無念そうに身もだえした。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼の男にしてそういうげんろうするは、ちょっと奇抜で、面白いが、あまりガラに似合わぬ、真のことでもあるまい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
しばしば聴いたという者があるもっともこの人は浄るりの三味線弾きで流儀は自ら違うけれども近年地唄の三味線で春琴のごとき微妙びみょうの音をろうするものを
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
口紅の句にしてもこの句にしても非常にモデレートであって、少しも奇をろうするようなところ不自然なようなところのないのが、この子規の特色である。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
けだし故意に悪口をろうするわけでないことはもちろんである。この点、なにかの御参考にならないものでもないとして、しばらく御判読を希望して止まない。
きっと、これくらいには、大せつにまもられてはいると思ったが、こりゃまるで、はこいりむすめですねと、久しぶりでかれは奇矯ききょうの言葉をろうして見せた。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
番頭ジロリ我々一行の姿を見て、たちまち態度を一変し、無礼極まる言辞をろうして、別館という、梅毒患者ばかり押込めておく薄汚いしつへ追い込もうとした。
 と言へる句の如き、陳腐に似て陳腐ならず、卑俗にして卑俗ならず、奇を求めず巧をろうせざる間に無限の妙味を持たせながら常人は何とも感ぜざるべし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「僕がつまらない策略をろうしたために、何でもない事が、飛んだ大問題になってしまったのです。そして人間一人の生命を奪うようなことが起ったのです」
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
何者にも、たとえ偉大なる民衆にも、阿諛あゆの言をろうしてはならないから、吾人はあえて言うのである。すべてがある所には、崇高と相並んで卑賤ひせんも存する。
無無無の文字をろうして、遂に無無無の代表者となつて終らしめたるもの、そもそも時代の罪にあらずして何ぞや。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
しかも反国家的な言辞げんじろうしてはばからないので、他の生徒に対する悪影響が甚しいし、学校としては到底教育の責任を負うことが出来ないというのである。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それ燕王は叔父たりといえども、既に爵を削られて庶人たり、庶人にして兇器きょうきろうし王師に抗す、其罪もとより誅戮ちゅうりくに当る。しかるにかくごときの令を出征の将士に下す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それを是非説破して引張出すんだと云いましたから、今頃は盛に長紅舌をろうしておるでしょう、は、はは
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其方儀奉行ぶぎやうの申付とは言ながら賄賂まいないを取役儀を失ひ無體むたい威權ゐけんろう良民りやうみんを無實の罪に陷し入候條不屆に付繩附なはつきまゝ主人へ下さる家法かはふに行ひ候樣留守居へ申渡す
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
然し土壇場にまで突き込まれて、喜劇ならぬかわった意慾の生活をろうする点では、全く同じいだろう。
(新字新仮名) / 金史良(著)
われわれ素人しろうとの楽器をろうするのは、云わば、楽譜の中から切れ切れの音を拾い出しては楽器にこすりつけ、たたきつけているようなもので、これは問題にならない。
断片(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
また耶蘇ヤソの宗徒たる者は、明かにろん正しく、かつ事勢やむを得ざるにあらざれば、あえて凶器をろうせずと云えることあり。これ吾輩のいまだ信ぜざるところなり。