平時いつも)” の例文
潮の退おちた時は沼とも思はるゝ入江が高潮たかしほと月の光とでまるで樣子が變り、僕には平時いつも見慣れた泥臭い入江のやうな氣がしなかつた。
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
一時ひとしきり騒々さう/″\しかつたのが、寂寞ひつそりばつたりして平時いつもより余計よけいさびしくける……さあ、一分いつぷん一秒いちびやうえ、ほねきざまれるおもひ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
心に計画ある時には自ずと五音に現われるもので、陣十郎の言葉の中に、平時いつもとはちがう不吉の響きが、籠っているがためであった。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こうして来たのだといいながら、ふとうしろ振返ふりかえって見ると、出水しゅっすいどころか、道もからからに乾いて、橋の上も、平時いつもと少しも変りがない、おやッ、こいつは一番やられたわいと
今戸狐 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
はばかりなく申上げますれば、平時いつもの御上の御言葉とは少し御違いあるかに承わりました」
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
中々なかなか逃げそうにもしない、仕方なしに、足でパッと思切おもいきり蹴って、ずんずん歩き出したが二三げんくとまた来る、平時いつもなら自分は「何こんなもの」と打殺ぶっころしたであろうが、如何どうした事か
白い蝶 (新字新仮名) / 岡田三郎助(著)
「さ? ……平時いつもとちがって物の具をつけると分らなくなる」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このときの父の様子は余程狼狽ろうばいして居るようでした。それで声さえ平時いつもと変り、僕は可怕こわくなりましたから、しく/\泣き出すと、父は益々ますます狼狽うろた
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
平時いつもは、そんなでもなかったが、過般中このあいだ、連があって、二人で出掛けた、その時、その千世ちゃんが来たんだね。確か……
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私も其処そこまで、お供いたしますが、今日こそ貴方あなたのようなおつれがございますけれど、平時いつもは一人で参りますから、日一杯ひいっぱいに里まで帰るのでございます。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
或日あるひのことでした、僕が平時いつものように庭へ出て松の根に腰をかけ茫然ぼんやりして居ると、何時いつの間にか父がそばに来て
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それで堪忍をして追放おっぱなしたんだそうだのに、夜が明けて見ると、また平時いつもの処に棒杭にちゃんと結えてあッた。
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その夜の八時頃、ちょうど富岡老人の平時いつも晩酌が済む時分に細川校長は先生をうた。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
平時いつもだと御宅へ上るんだけれど、今日の慈善会には、御都合で貴女も出掛けると云うから、珍らしくはないが、また浅間へ行って、豆かを食わしとるですかな。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
徳二郎は平時いつもほがらかな聲に引きかへ此夜は小聲で唄ひながら靜かに櫓を漕いで居る。
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
「神月より、……おや、平時いつもの字と違ってやしなくッて?……何だか手が違ってるようだねえ。」
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二三杯ぐい/\飲んでホツと嘆息ためいきをしたが、銀之助は如何どうかんがへて見ても忌々いま/\しくつてたまらない。今日けふ平時いつもより遅く故意わざと七時過ぎに帰宅かへつて見たが矢張やはり予想通りさい元子もとこは帰つて居ない。
節操 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
跡方も無い嘘はけぬ。……爺さんは実に、前刻さきにお孝にもその由を話したが……平時いつもは、縁日廻りをするにも、お千世が左褄を取るこの河岸あたりははばかっていたのである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
翌日から自分は平時いつもの通り授業もし改築事務もり、表面うわべは以前と少しも変らなかった、母からもまた何とも言って来ず、自分も母に手紙で迫る事すら放棄して了い、一日一日と無事に過ぎゆいた。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
薄 平時いつものように、どこへとも何ともおっしゃらないで、ふいとお出ましになったもの。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
戸外そとに積んだまま、平時いつも放下うっちゃって置くからです」
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
はしつめ浮世床うきよどこのおぢさんにつかまつて、ひたひ真四角まつしかくはさまれた、それで堪忍かんにんをして追放おつぱなしたんださうなのに、けてると、また平時いつもところ棒杭ぼうぐひにちやんとゆわへてあツた。
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「どういたしまして、ええ、水をって申しますと、平時いつものとおり裏長屋の婆さんが汲込くみこんで行ったと仰有おっしゃるんで、へい、もう根っから役に立ちません。」と膝をさすったり、天窓あたまを掻いたり。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
枕にいたのは、ややほど過ぎて、私のうちの職人衆が平時いつもの湯から帰る時分。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
平時いつもと違って、妙に胸がどきつくのさ。頭の頂上てっぺん円髷まるまげをちょんと乗せた罪の無いお鹿の女房が、寂寞ひっそりした中へお客だから、喜んで莞爾々々にこにこするのさえ、どうやら意見でもしそうでならない。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なにも、やぶがさぐるまほねらせてはこばせずとことよ。平時いつもならかくぢや、おまけ案山子かゝしどもがこゑいて、おむかひ、と世界せかいなら、第一だいゝち前様めえさまざうかついでほふはあるめえ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
不断一八いっぱちに茶の湯のお合手にいらっしゃった、山のお前様、尼様の、清心様がね、あの方はね、平時いつもはお前様、八十にもなっていてさ、山から下駄穿げたばきでしゃんしゃんと下りていらっしゃるのに
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
意外なる待遇もてなしかな、かかりし事われは有らず。平時いつもはただ人の前、背後うしろわきなどにて、さまたげとならざる限り、処定めず観たりしなるを。おおいなる桟敷の真中まんなか四辺あたりみまわして、ちいさき体一個ひとつまず突立つったてり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
吉野町よしのちょう辺の裁縫おしごとの師匠へくのが、今日は特別、平時いつもと違って、途中の金貸の軒に居る、馴染なじみ鸚鵡おうむの前へも立たず……黙って奥山の活動写真へもれないで、早めに帰って来て、紫の包も解かずに
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いけはひつくりかへつてもらず、羽目板はめいたちず、かべやぶれ平時いつものまゝで、つきかたちえないがひかり眞白まつしろにさしてる。とばかりで、何事なにごとく、手早てばやまた障子しやうじめた。おとはかはらずきこえてまぬ。
怪談女の輪 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)