布団ふとん)” の例文
旧字:布團
船室内には一名々々に布団ふとんが敷いてその上で商人態の男が酒盛をしてる。船で夕めしの膳を出す。眼を剥いたおこぜが皿に乗つてた。
坊つちやん「遺蹟めぐり」 (新字旧仮名) / 岡本一平(著)
二月も末の真夜中のこと、祖母はクニ子や、その上のアグリたちをつれて納屋のあげの間の方へ布団ふとんを運び、早くから寝せつけた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
吾輩目下の状態はただ休養を欲するのみである。こう眠くては恋も出来ぬ。のそのそと小供の布団ふとんすそへ廻って心地快ここちよく眠る。……
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あわてて戸を閉め、内側に心張り棒をかって、それなり布団ふとんでもかぶってしまったのか、しいんとして、中に人がいるとも思わせない。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おやおや、それはおこまりだろう。だがごらんのとおり原中はらなかの一軒家けんやで、せっかくおもうしても、てねる布団ふとんまいもありませんよ。」
安達が原 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「そうしてねむっておいで。布団ふとんをたくさんかけてあげるから。そうすれば凍えないんだよ。あしたの朝までカリメラの夢を見ておいで。」
水仙月の四日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
やい、にんじん、我身勝手わがみがっての末は恐ろしいぞ。お前はそっちへ布団ふとんをみんなひっぱって行くんだ。世の中は自分一人のもんだと思ってる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
朝になってふと眼を覚ますと、平助はちゃんと布団ふとんを着て寝ているのでした。見ると、正覚坊も同じ布団の中に、ぐうぐう眠っていました。
正覚坊 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
この寒空に、炭のかけらが一つ無いのはずいいとして、押入をあけても、その中には今着て寝る布団ふとんさえもなかったのです。
眠り人形 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
省三は眼の前にある煙草盆へ煙草の吸い殻を差してから起きあがったが、脇の下に敷いていた布団ふとんに気がいてそれを持って膳の前へ往った。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
最前さっきまでは粗末な着物を着た乞食姿で、土の上に倒れていた筈なのに、今は白い軽い絹の寝巻を着て、柔らかい厚い布団ふとんの中に埋もっている。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
そして単に薬餌やくじを給するのみでなく、夏は蚊幮かやおくり、冬は布団ふとんおくった。また三両から五両までの金を、貧窶ひんるの度に従って与えたこともある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
仕方がないから寝室へ上って布団ふとんかぶってしまいますが、そのまますやすや寝られることはめったになく、二時間も三時間も眼がえています。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その夜二人で薄い布団ふとんにいっしょに寝て、夜のけるのも知らず、小さな豆ランプのおぼつかない光のもとで、故郷くにのことやほかの友の上のことや
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
やがてとうとう、その布団ふとんはもと、あるまずしい家のもので、その家族が住んでいた家の家主やぬしの手から、買い取ったものだということがわかりました。
神様の布団 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
どんなあかじみた布団ふとんでもよい。いや布団などはなくとも畳でもよい。畳もなければ板の間でもかまわぬ。板の間がなければ、せめて乾いた地面でもよい。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
てっきり赤ン坊は焼け死ぬものと誰もが思ったが、小さい布団ふとんのまま引摺ひきずり出されて眠っていたという子は、支那人の人浚いの難からも逃れたのだった。
友は手を布団ふとんから出して擦って見せた。蒼白い弛んだつやのない皮膚は、つまんだら剥げそうに力なく見えた。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
六十円を前借りすることに決めて、汽車賃、宿料、毛布、布団ふとん、それに周旋料を取られて、結局船へ来たときには、一人七、八円の借金(!)になっていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
布団ふとんがまくれて、仰臥ぎょうがした初代の胸が真赤に染まり、そこに小さな白鞘しらさやの短刀が突立つきたったままになっていた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ボースンの荷物は、布団ふとん一枚と毛布一枚との包みが取りとめられた。そして、帆木綿ほもめんの袋の方は流れた。そして、一切は残るくまなく完全にぬれてしまった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
いわば、新聞編輯者へんしゅうしゃとして既に一家を成していました。お二人が帰られてから私は羽織を脱ぎ、そのまま又布団ふとんの中にもぐりこみ、それからしばらく考えました。
心の王者 (新字新仮名) / 太宰治(著)
多くの連中は布団ふとんを持ってきて、すりむかないために、それを頭と部屋の天井とのあいだにおいていた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
床には四角な、筵に似た布団ふとんが一列に並べられ、その一枚一枚の前には、四角いヒバチが置かれた。布団は夏は藁で出来ているが、冬のは布製で綿がつめてある。
眼を細目にいて様子を見て居りますと、布団ふとんの間に挟んであった梅三郎の紙入を取出し、中から引出した一封の破れた手紙をすかして、ひろげて見て押戴おしいたゞ懐中ふところへ入れて
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
すると、宿の主人の六十五、六歳になる律気なばあさんが一日一人四十銭ずつでよろしいと答える。もちろん、朝夕二食に昼の弁当つき、布団ふとんつき間代まで含んでいるのだ。
(新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
つて、あかくなつたわたしあつくちびるでひつたりとひました。布団ふとん眼深まぶかかにかぶつた小鳩こばとのやうに臆病をくびやう少年せうねんはおど/\しながらも、おんなのするがまヽにまかせてゐた。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
平三爺は、重い溜め息を一ついて、幾日も敷き続けられてある万年床へと立って行った。おもんもいて行って、破れて綿のはみ出ている布団ふとんおおい掛けてやるのであった。
山茶花 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
無愛想に門をあけ、僕らを見てもおどろいたような顔もせず、さっさと引込んでしまいました。その夜僕は東の四畳半で、不破と同じ布団ふとんに寝ました。夫人は西側の四畳半です。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
手にさげて来た風呂敷包みを片隅に置いてしばしぼんやり立っていたが、取付き場がなく、味気あじきなくてしようがないので、押入れから布団ふとんを引きずり出してその中へもぐり込んだ。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
裸火燵というのは中に火も置かず、布団ふとんも掛けてないのであろう。こういう言葉があったものかどうかわからぬが、作者の造語であるにしても、十分その意味を受取ることが出来る。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
「あら布団ふとんもしかないで。さア。」と母は長火鉢のむこうに坐りすぐ茶を入れようとします。わたしは「おひさしぶり」とも言えず、何といって挨拶あいさつしていいのかちょっと言う言葉に困って
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
またモイセイカは同室どうしつものにもいたって親切しんせつで、みずってり、ときには布団ふとんけてりして、まちから一せんずつもらってるとか、めいめいあたらしい帽子ぼうしってるとかとう。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
やわらかい布団ふとん横臥おうがしニコニコと喜べるものと思い、しかしてかくまでにうれしそうな顔しておらるるなら、何ゆえに外出して馬にも乗り、観兵式にでも出られぬと疑ったであろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
裏梯子から二階の自分の室へ駈け込み、まだ温気あたたかみのある布団ふとんの上に泣き倒れた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
君はスケッチ帳をまくらもとに引きよせて、あかじみた床の中にそのままもぐり込みながら、氷のような布団ふとんの冷たさがからだのぬくみで暖まるまで、まじまじと目を見開いて、君の妹の寝顔を
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
枕は持つてゐたとはいへ、布団ふとんときたらば影だになく、歯刷子はぶらしくらゐは持つてもゐたが、たつた一冊ある本は、中に何も書いてはなく、時々手にとりその目方、たのしむだけのものだつた。
妻は自分の来たのを知ると一人だけ布団ふとんの上に坐り、小声に「どうも御苦労さま」と云った。妻の母もやはり同じことを云った。それは予期していたよりも、気軽い調子を帯びたものだった。
子供の病気:一游亭に (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あるとき、彼はピアノについて、昔のような熱心さで、ベートーヴェンの一節をひいていた……とにわかに、ひくのをやめ、そこに倒れ伏して、肱掛椅子ひじかけいす布団ふとんに顔を埋めながら、叫び泣いた。
紙入かみいれを一つと布団ふとんの裏地を一ぴきさらしを二反買つて届けて貰ふ事にした。
六日間:(日記) (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
安心の谷の底までも沈んでゆく様な布団ふとんの上に、いや
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
露けしと縁に布団ふとんを敷きすわ
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
どうかして夢を捕えたいと思って、両手を布団ふとんの外に出して寝ましたし、しまいには、網やかごなんかを手に握って寝ました。
夢の卵 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それへと云う席を見ると、布団ふとんの代りに花毯かたんが敷いてある。無論支那製だろう。真中を六角に仕切しきって、妙な家と、妙な柳が織り出してある。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで太郎たろう次郎じろう支度じたくをして、のこのこ布団ふとんからはいして、をあけてそとへ出ました。そらはよくれて、ほしがきらきらひかっていました。
物のいわれ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
『どうせ私じゃお気に入りませんよ』と言いざま布団ふとんを引ったくって自分でどんどん敷き『サア、旦那様お休みなさい、オー世話の焼ける亭主だ』
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
お客は布団ふとんをはねのけ、行灯あんどんをともして、部屋の中をぐるりと見回しました。しかしだれもいません。障子しょうじも元のままぴったりとしまっています。
神様の布団 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
日本橋にいた時分、乳母ばあやふところに抱かれて布団ふとんの中にねむりかけていると、私はよくあの三味線の音を聞いた。———
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
布団ふとんをかぶって寝ていると、心配した猪川老夫人が、無理に布団をひっぺがして、キモをつぶして大声を立てた。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
布団ふとん綿のにおいが陰気に閉まっている陽あたりの悪い一間がある。何気なく、そこも、がらりと開けていた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)