小学校しょうがっこう)” の例文
旧字:小學校
「なにしろ、三つのときから、一人ひとりそだて、やっと来年らいねん小学校しょうがっこうを、卒業そつぎょうするまでにしました。」と、うったえるようにこたえたのでした。
空にわく金色の雲 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そうするうちに、いよいよ選挙日せんきょびとなりました。おりしも、はるのいい季節きせつであって、正吉しょうきちらの投票場とうひょうじょうは、ちかくの小学校しょうがっこうにきめられました。
心の芽 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かれは、この小学校しょうがっこう卒業そつぎょうしたのだけれど、いえまずしくて、そのうえ学校がっこうへは、もとよりがることができなく、小使こづかいにやとわれたのでした。
空晴れて (新字新仮名) / 小川未明(著)
母親ははおやは、手内職てないしょくをしたり、よそへやとわれていったりして親子おやこらしていた。おれは、小学校しょうがっこうをおえると、まち乾物屋かんぶつや奉公ほうこうされた。
さか立ち小僧さん (新字新仮名) / 小川未明(著)
まん正直しょうじきな、うらおもてのない人間にんげんとして、むら人々ひとびとからあいされていました。小学校しょうがっこうえると、じきに役場やくば小使こづかいとしてやとわれました。
万の死 (新字新仮名) / 小川未明(著)
じょうさんは、病気びょうきがよくならないで、とうとうんでしまいました。そして、このオルガンは、このむら小学校しょうがっこう寄付きふすることになりました。
楽器の生命 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かれは、やはりまよったのでした。そのうちに、小学校しょうがっこうました。もう、だれも、かれのことを、「ドンチャン。」と、いうものもなかったのです。
からす (新字新仮名) / 小川未明(著)
小学校しょうがっこうにいる時分じぶんのことでした。あるあさ時間じかんは、算術さんじゅつであったが、友吉ともきちは、このもまたおくれてきたのであります。
僕が大きくなるまで (新字新仮名) / 小川未明(著)
ある、小学校しょうがっこう運動場うんどうじょうに、一ぽんおおきなさくらがありました。えだ四方しほうひろげて、なつになると、そのしたは、日蔭ひかげができて、すずしかったのです。
学校の桜の木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
露子つゆこは、自分じぶんかあさまや、とうさまのことをおもし、またむら小学校しょうがっこうのことなどをおもして、いつしかあつなみだが、ほおをながれたのでありました。
赤い船 (新字新仮名) / 小川未明(著)
露子つゆこは、まずしいうちまれました。むら小学校しょうがっこうがったとき、オルガンのおといて、なかには、こんないいおとのするものがあるかとおどろきました。
赤い船 (新字新仮名) / 小川未明(著)
近所きんじょみせらす、蓄音機ちくおんきおとが、いつかおかあさんの田舎いなかへいったとき、おかした小学校しょうがっこうで、おんな先生せんせいがひいていたオルガンのおとおもさせました。
青い草 (新字新仮名) / 小川未明(著)
良吉りょうきちは、小学校しょうがっこうわると、みやこはたらいたのであります。ただ一人ひとり故郷こきょうのこしてきた母親ははおやのことをおもうと、いつでもあつなみだが、目頭めがしらにわくのでした。
母の心 (新字新仮名) / 小川未明(著)
おさくは、まずしいいえまれましたから、小学校しょうがっこう卒業そつぎょうすると、すぐに、奉公ほうこうなければなりませんでした。
おさくの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
こんなように、小学校しょうがっこう時分じぶん二人ふたりは、たのしかったのです。そのうちこうちゃんは、学校がっこう卒業そつぎょうしました。それから、まもなく、奉公ほうこう都会とかいてしまいました。
いちょうの葉 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その少年しょうねんは、りんごのえていたのです。からだよわいので小学校しょうがっこうえると、自分じぶん果樹園かじゅえんいとなむことにしたのです。それで、自分じぶん一人ひとりではさびしいから
子供はばかでなかった (新字新仮名) / 小川未明(著)
太郎たろうが、小学校しょうがっこうの四ねんせいになったとしなつはじめでありました。どこのうちにもつばめがかえってきました。どうしたことかひと太郎たろううちにはつばめがきませんでした。
つばめの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
小学校しょうがっこうは、小高こだかいところにありました。学校がっこうまどからは、よく紫色むらさきいろうみえました。まどきわには、オレンジのがあって、なつは、しろかおりのたかはなきました。
楽器の生命 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ある田舎いなか光治こうじという十二さいになるおとこがありました。光治こうじ毎日まいにちむら小学校しょうがっこうへいっていました。
どこで笛吹く (新字新仮名) / 小川未明(著)
そこにあった、みすぼらしい小学校しょうがっこうへは、とお隣村となりむらからかよってくる年老としとった先生せんせいがありました。
空晴れて (新字新仮名) / 小川未明(著)
はなは、その時分じぶん叔父おじさんのうちやとわれていました。まだ十七、八の女中じょちゅうでありました。小学校しょうがっこうへいっていたたつは、毎日まいにちのように叔父おじさんのおうちあそびにいっていました。
人の身の上 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かれは、小学校しょうがっこう卒業そつぎょうすると、すぐ都会とかい呉服屋ごふくや奉公ほうこうされました。それから、もう何年なんねんたったでしょう。かれは、勉強べんきょうして、すえにはいい商人しょうにんになろうとおもっているのでした。
隣村の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それは、はや去年きょねんのこととなって、今年ことしはる正雄まさおは、小学校しょうがっこう卒業そつぎょうしたのでありました。
へちまの水 (新字新仮名) / 小川未明(著)
この三にんおなむら小学校しょうがっこうへいっている、おなとしごろの少年しょうねんで、いたってなかがよく、いろいろのあそびをしましたが、このなつばんには、このかしのしたにきて、自分じぶんらがいたり
不死の薬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかし小学校しょうがっこう卒業そつぎょうすると、うちがどちらかといえばまずしかったので、それ以上いじょう学校がっこうへやることができなかったのであります。龍雄たつおは、毎日まいにちぼうってむらうちをぶらぶらあるいていました。
海へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
小学校しょうがっこう生徒せいとや、ちいさないぬは、このとりをおそれてそばにりつきませんでした。
金持ちと鶏 (新字新仮名) / 小川未明(著)
おかねは、なんだろう? とおもいました。小学校しょうがっこうにいる時分じぶん地理ちり時間じかんに、自分じぶんくに名産めいさんをいろいろおしえられましたが、この東京とうきょうにまでされているような名物めいぶつらなかったのでした。
都会はぜいたくだ (新字新仮名) / 小川未明(著)
それは、つい、昨日きのうのことのようなのが、もう四、五ねんもたちます。小学校しょうがっこうてから、三にんうえにも、変化へんかがありました。なかでもどくなのは、小原おばらで、からだよわくて、中学校ちゅうがっこう退きました。
世の中へ出る子供たち (新字新仮名) / 小川未明(著)
正吉しょうきち記憶きおくに、のこっていることがあります。それは、小学校しょうがっこう卒業そつぎょうする、すこしまえのことでした。あるごろからなかのいい三にんは、つれあって、ちの田川先生たがわせんせいをおたずねしたのであります。
世の中へ出る子供たち (新字新仮名) / 小川未明(著)
ゆうちゃんは、こんど田舎いなか小学校しょうがっこうがるといいました。
海が呼んだ話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
今年ことしから、小学校しょうがっこうがったばかりの義坊よしぼうがいいました。
青い草 (新字新仮名) / 小川未明(著)
きよにも、おとうとがあって、小学校しょうがっこうへいっているそうです。
北風にたこは上がる (新字新仮名) / 小川未明(著)