安堵あんど)” の例文
……だんだん、ぼくはかれが傷つけられてはいないこと、あるいはそう振舞ってくれていることに、ある安堵あんどと信頼をいだきはじめた。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
可笑をかしき可憐あはれなる事可怖おそろしき事種々しゆ/″\さま/″\ふでつくしがたし。やう/\東雲しのゝめころいたりて、水もおちたりとて諸人しよにん安堵あんどのおもひをなしぬ。
「山吹色の砂糖菓子か。なるほど、それだけの菓子があったら、日光御用は、誰にでもつとまるじゃろうからの、余も安堵あんどいたした」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
闇のなかでは、しかし、もしわれわれがそうした意志を捨ててしまうなら、なんという深い安堵あんどがわれわれを包んでくれるだろう。
闇の絵巻 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
「かたじけない、かたじけない。それを聞いて大いに安堵あんどいたしたが、じつは将軍家からお預かり中のお能面が紛失したのでござるわ」
主人というのは関白一条兼良かねらで、去年の十一月に本領安堵あんどがてら落してやった孫房家ふさいえの安否を尋ねに、貞阿を使に出したのである。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
それも縁なら是非なしと愛にくらんで男の性質もわけぬ長者のえせすい三国一の狼婿おおかみむこ、取って安堵あんどしたと知らぬが仏様に其年そのとしなられし跡は
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おなつは緊張から解かれ、失望と安堵あんどとのいりまじった、痛痒いたがゆいような気持でそっとひきさがった、そして障子を閉めようとしたとき
契りきぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
貴女の気にさわったので、貴女が私を思って下さる事には変りはないのだと、私はホット安堵あんどの胸をでずにはいられませんでした。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
このたび勅命をこうむり進発する次第は先ごろ朝廷よりのお触れのとおりであるが、地方にあるものは安堵あんどして各自の世渡りせよ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それとも知らぬ神谷が、人間豹の眼から恋人を完全に隠しおおせたつもりで、安堵あんどして帰途についたのは是非もないことであった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は初めそれを怒ったが、次には安堵あんどした。残ってたその新聞を母に差し出しながら、これも同様に焼いてくれるとよかったと言った。
秀吉に会い、かえって、秀吉を帰依きえせしめて、本領ほんりょう安堵あんどし、一山の大衆を助けた上に、秀吉に新しく興山寺の建築を寄進させた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見てひそかもとの座へ立ち歸り彼は正しく此所のあるじさては娘の父ならん然れば山賊のかくにも非ずと安堵あんどして在る所へ彼娘の勝手よりぜん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ほっと安堵あんどの吐息をもらした途端に、またもや別の変な不安が湧いて出た。なぜ伊村君は、私をサタンだなんて言ったのだろう。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
そういった、はは言葉ことば調子ちょうしには、一しゅ安堵あんどがあらわれていました。さきは、って、木枯こがらしのなかあるいてきたおとうと出迎でむかえました。
金歯 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その御内意を宗祇に伝え彼を安堵あんどせしめたのは、すなわち実隆その人で、その際に宗祇は御蔭で胸襟愁霧をひらいたといっている。
「え? 承諾してくださる。そうですか。それなら願ったりかなったりです。」役人は安堵あんどしたほほえみをもらしながらいった。
父はさも安堵あんどしたような顔をして私を見ながらいいました。私は、父の声を聞きながら、荷物の番をしていた万年屋の方を向いて見ました。
清盛は大笑いして勝ちほこったようにふすまをあけて出ていった。その時の父には無念の表情よりもむしろ責苦せめくをのがれた安堵あんどの色が見えた。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
僕はそれを知って、むしろ安堵あんどの胸をさすった。カビ博士の器械によって、一時僕が二十年前に戻されているのは我慢できる。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
少しく安堵あんどの思ひをなし、忍び忍びに里方へ出でて、それとなく様子をさぐれば、そのきず意外おもいのほか重くして、日をれどもえず。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
書中には田崎帰りていささか安堵あんどせるを書き、かついささか話したき事もあれば、医師の許可ゆるし次第ひとまず都合して帰京すべしと書きたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
井伊の陣屋の男女なんにょたちはやっと安堵あんどの思いをした。実際古千屋の男のように太い声にののしり立てるのは気味の悪いものだったのに違いなかった。
古千屋 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
礼助のあらかじめ期したやうな事は何も起らずに、彼と彼女達の交渉は毎日此程度を出なかつた。これは礼助の安堵あんどであつたが同時に焦慮であつた。
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
鶴子はしかしかういふ世話にかまけてゐると、自分の性質に一番適した仕事をしてゐるやうな安堵あんどをいつも感じるのだつた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
夢が覚めてよかったと安堵あんどするその下からもっと恐ろしい本物の不吉が、これから襲ってくるのではないかとも危ぶまれた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
結局シャーベットか何かを持って来たのでそれでやっとどうやら満足したらしく、傍観者の自分もそれでやっと安堵あんどの思いをしたことであった。
三斜晶系 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
目深にかぶった帽子の下から見えている彼の顔のうちには、安堵あんどの様子と絶えざる苦しみから来る険しい色とがいっしょになって浮かんでいた。
彼女を安堵あんどさせるためにまず前提をおいてから、「ところで、貴女はあの夜、神意審問会の直前にダンネベルグ夫人と口論なさったそうですが」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
お葉がすべてのバンドを解いて、義足を露骨に投げ出した時、すべての罪、責任から逃れたやうな安堵あんどの息のなかに、そのまま昏睡しようとした。
三十三の死 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
そうしてかれは、そういう考えにともなう満足または安堵あんどの感じについて、自分に弁明をすることを断念してしまった。
殉死した人たちは皆安堵あんどして死につくという心持ちでいたのに、数馬が心持ちは苦痛を逃れるために死を急ぐのである。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
聞いて我ら安堵あんどのおもいがした。それにしてもそなたは永い間こらえていられた。その永い間怺えていられたことだけでも、その人はそなたのしあわせを
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
すなわち万民安堵あんど、腹をしてるを知ることなれども、その足るを知るとは、なし、足らざるを知らざりしのみ。
教育の目的 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
老叟らうそうしづかに石をでゝ、『我家うちの石がひさし行方ゆきがたしれずに居たが先づ/\此處こゝにあつたので安堵あんどしました、それではいたゞいてかへることにいたしましよう。』
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
飛衛の方では、また、危機をだっし得た安堵あんどと己が伎倆ぎりょうについての満足とが、敵に対するにくしみをすっかり忘れさせた。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それ相応に安堵あんど之治が出来る、といって暗に琉球のようなひどい処にもやりようによっては、理想国が実現せられるという事をほのめかしています。
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
Kが母に送る金を管理してくれている一人の従兄いとこから、一月おきにきちんきちんと受けている知らせは、これまでのいつよりも安堵あんどできるものだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
皆々驚くうちにも安堵あんどていにて一人の男の背に娘御をかつぎ載せ、そのまゝもときたりしかたへと立去り候一場の光景。
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
軽くなつたらしい尻を上げ下げする動作に重大な務めを終へたあとの安堵あんどを見せながら、また穴のまはりをくるくると廻つた。それから飛び去つて行つた。
ジガ蜂 (新字旧仮名) / 島木健作(著)
父の勘気がとけぬことが憂鬱ゆううつの原因らしく、そのことにひそかに安堵あんどするよりも気持の負担の方が大きかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
社会民衆の恣意しいに任せて安堵あんどしているのも間違っている。民衆は賢明なところもあるが愚昧ぐまいなところもある。
外来語所感 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
土地をひらき、人民を安堵あんどさせ、北門の鎖鑰さやくを樹立する任務をになって遙々はるばるやって来た初代の開拓判官は島義勇。雪のなかに建府の繩ばりをしたものである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
見知らぬ男が闖入ちんにゅうして来たので吃驚びっくりしている「水戸ちゃん」を安堵あんどさせるために、さあらぬ体にもてなして、自身縁側へ出かけて行って挨拶あいさつをし、それから
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「で、老爺ぢいさん、なにか、きみきた人間にんげんいから安堵あんどしたとつたね、いまふねには係合かゝりあひでもあるひとか。」
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
顔を知ってるのが声をかけると、千両箱を捜しあぐねた人達は、地獄で仏といった安堵あんどの顔になります。
「でも、まあ、それだけでも訊いて来て、よかったわ」と、わたくしはやゝ安堵あんどの胸をおろしました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
されど峯の方へ走り行くを見て始めて安堵あんどの思ひをし、案内と共にかの処に来りて其跡をけみするに、怪獣のふん樹下にうづたかく、その多きこと一箕いっきばかりあり
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼らの仲間の制度として一匹なり二匹なりが小高い丘の上に立って番している。怪しげな者がきたると合図する、番牛が合図するまではいささか安堵あんどていであるという。
デモクラシーの要素 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)