たしな)” の例文
予の母の、年老い目力衰へて、つねに予の著作を讀むことをたしなめるは、此書に字形の大なるを選みし所以の一なり。夫れ字形は大なり。
が、あかたすきで、色白な娘が運んだ、煎茶せんちゃ煙草盆たばこぼんを袖に控えて、さまでたしなむともない、その、伊達だてに持った煙草入を手にした時、——
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その後拙者、先生の家に客となり、半年教授を受けました。先生の性質、草木を愛することは、飢渇きかつして飲食を求むるよりもたしなみます。
禾花媒助法之説 (新字新仮名) / 津田仙(著)
それがわずかに「わが青海流は都会人のたしなみにする泳ぎだ。決して田舎いなかには落したくない。」そういっている父の虚栄心きょえいしんを満足させた。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
家はしもたや造りですが、なか/\の木口で、隱居が達者なころ、お茶などをたしなんで、お數寄屋作りの眞以事にもなつて居ります。
舌をもって草をめ、その味によって種別した、とあり、齊の桓公の料理人易牙は、形の美をわずして味の漿しょうたしなんだ、という。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
美しい衣服を著るにも、読書をするにも、文学や美術をたしなむにも、常に立派な娘に成る、完全な人間に成るという心掛が必要です。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
両親はまだ四十前の働者はたらきもの、母はほん好人物おひとよしで、吾児にさへも強いことば一つ掛けぬといふたち、父は又父で、村には珍らしく酒も左程たしなまず
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
藩主は謹厳な方で、歌舞音曲はお好みになりませんでしたが、謡はなさるとのことでしたから、自然家中の者もたしなんだのでしょう。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「主君信長はじめ、みなおたしなみは深いが、それがしのみは、生来の無骨者、何もわきまえません。……ただ飲むは好きというだけのことで」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おのれの主人の欠点を数えたてるなどは、武士のたしなみとしてあるまじきことで、どういう場合でも断じてしないものなのである。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
こうしたたしなみのある者がむしろ侍らしく思われるくらいであったから、彼がしきりに笛をふくことを誰もとがめる者はなかった。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大きな工業が栄える土地だけに、手仕事を町に見ることは難しくなりました。ただ世俗の勢いの蔭に、茶の湯をたしなむ者が少くありません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
俺はそれを見たとき、胸がかれるやうな気がした。墓場をあばいて屍体をたしなむ変質者のやうな惨忍なよろこびを俺は味はつた。
桜の樹の下には (新字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
恵王は打返して「いずれくこれをいつにする」と問うた時に、孟子は「人を殺すをたしなまざるものくこれをいつにせん」といった。
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
「武道をたしなむ者が道を誤まるとは何ごとじゃッ。無辜むこの人命あやめし罪は免れまいぞ! 主水之介天譴てんけんを加えてつかわすわッ。これ受けい!」
この出来事のために、集まっている人々の日頃のたしなみというものが、露骨に現わされたことは、一種の試験といえば試験のようなものです。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
当時多少文筆のたしなみある公卿の多くは、勅命によって書写もしくは校合をやったのであるが、中にも能筆でかつ文字の造詣の深かった実隆は
几董は蕪村の高弟で、天明の其角を以て任じ、酒をたしなんでおったとかいう事があるから、こんなに酒の句が多いのであろう。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
いわゆる裂帛の声である! 勘八を向うへ突き倒し、その手を帯へ差し入れたが、抜いて握ったはたしなみの懐刀、振り冠ると凜々しく叱咤した。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「まだ、はっきり名乗りもいたさなんだが、拙者は、門倉平馬と申して、いささか、武芸をたしなむもの——して、そなたは?」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
物理生理衛生法の初歩より地理歴史等の大略を知るは固より大切なることにして、本草ほんぞうなども婦人には面白きたしなみならん。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
亜米利加土人の煙をたしなみしは、コロムブスが新世界に至りし時、既に葉巻あり、きざみあり、かぎ煙草ありしを見て知るべし。
武士たる者のたしなみを忘れてみめよきお方の御器量に迷い、本心を失うた、などゝ申すのではござりませぬから、思いちがいをして下さりますな。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ポナペ人を除いた凡てのカロリン群島人は——檳榔の実を石灰に和して常に噛みたしなむので、家の前には必ず数本の此の樹を植ゑることにしてゐる。
夾竹桃の家の女 (新字旧仮名) / 中島敦(著)
その身恥を思わずわがままなる行跡に成り行き候ままにおいておのずから勝手不如意に相成りてたしなむべき武具をも嗜まず、益もなき金銀を費やし
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
それでも彼は時々健三をれて以前の通り外へ出る事があった。彼は一口も酒を飲まない代りに大変甘いものをたしなんだ。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あえて有福な人々ばかりでなく、其の日ぐらしの貧しい階級でも、多少のたしなみを持たぬ者はないというくらいである。
鼓くらべ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
其の兵器を鳩集きふしふする所以ゆゑんのものは、あたか上国孱士じやうこくせんしの茶香古器をもてあそぶが如し。東陲とうすい武夫もののふ皆弓槍刀銃をたしなまざるなし、これ地理風質のことなるにるのみ。
またもう一つは、ひどく淫事をたしなむようになったという事で、彼女は夜を重ねるごとに、自分の矜恃ほこりしぼんでゆくのを、眺めるよりほかになかった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
自分でたしなみに字を書くにあらずして、人に見せるという見栄を切る不純な了簡があるために形に引っ掛かって来る。
元来酒をたしなまざれば従つて日頃悪食あくじきせし覚えもなし。ひて罪を他に負はしむれば慶応義塾けいおうぎじゅくにて取寄する弁当の洋食にあてられしがためともいはんか。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そういう吉左衛門はいくらか風雅の道にたしなみもあって、本陣や庄屋の仕事のかたわら、美濃派の俳諧の流れをくんだ句作にふけることもあったからで。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
昔のまだ独身ひとりみ時分のように読んでいる書物の中に、身も魂も打ち込むということはできなかったが、それでもまだこの方法が酒もたしなまず賭事も好まず
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
径路けいろせまきところは、一歩を留めて、人に行かしめ、滋味じみこまやかなるものは、三分を減じて人にゆずりてたしなましむ、これはれ、世をわたる一の極安楽法ごくあんらくほうなり」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
人々との会席の振舞やに芸術をはじめるのでなくて、茶の湯をたしなむことが一つの風流であるように、歌を作ることにおいて文芸作品を創造するのでなくて
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
藤川の女将おかみは、年のころ五十ばかりで、名古屋の料亭りょうていの娘といわれ、お茶のたしなみもあるだけに、挙動はしとやかで、思いやりも深そうな人柄な女であった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それは一つは、私をどうかして中学の入学試験に合格させたいと、浅草の観音かんのんさまへ願掛けをされて、平生たしなまれていた酒と煙草を断たれたためでもあった。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
誠に口はわざわいもとたしなんで見ても情なや、もの言わねば腹ふくるるなど理窟を付けてしゃべりたきは四海同風と見えて、古ギリシアにもフリギア王ミダスの譚を伝えた。
厳格おごそかに口上をぶるは弁舌自慢の円珍えんちんとて、唐辛子をむざとたしなくらえるたたり鼻のさきにあらわれたる滑稽納所おどけなっしょ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして、現代の日本ではもう忘れかけられた、かの「たしなみのいい知識人インテリ」のにおいを君の裡に僕は発見した。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
妙音清調会衆はな天国に遊びし心地ここちせしが主人公もまた多年のたしなみとて観世流の謡曲羽衣はごろもうたい出しぬ。客の中には覚えず声に和して手拍子を取るもあり。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
立花りっかなどの中何か一つたしなんでいない者はどんなに身分のい者でも官吏には採用しないぞと書いています。
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
前記の報条ひきふだは多分喜兵衛自作の案文であろう。余り名文ではないが、喜兵衛は商人としては文雅のたしなみがあったので、六樹園の門に入って岡鹿楼笑名おかしかろうわらいなと号した。
そればかりではなく、ポオル叔父さんは旅行中は無口な人で、たしなみ深い態度を取つたまゝ黙つて居ります。
老母おなかは元来酒をたしなむ所に、近年はたんが起つて夜分眠られぬ。すると島吉が、老母の好きな酒を飲ませる。酒を飲むと一時痰が納まつて苦痛を忘れると云ふ。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
かれに取るゝ共時宜じぎよらば長庵めを恨みの一たうあびかけ我も其場でいさぎよく自殺をなしうらみをはらさんオヽさうじや/\と覺悟を極めかねて其の身がたしなみの脇差わきざしそつと取出して四邊あたり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そこへ金と言い、お茶の湯と言い、全然たしなみのない本来無一物が、偶然中の偶然とも言うべき機会から、何も知らずに参室したのだから、一代の光栄どころでない。
お茶の湯満腹談 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
曰く、日本の青年としての「たしなみ」を完全に、どこまでも、自分のものとする、これだけであります。
トトキ、ヤブカンザウ、ギバウシユ、ヨメナ、雪の下、オホバタネツケバナなどは雜草と云つても、昔から風流の意味で人がたしなみ、世間の評價も既に定まつてゐる。
すかんぽ (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)