たこ)” の例文
姉妹篇「たこ」に対して「春」という一字をえらんだのです。「春」という字は音がほがらかで字画が好もしいため、本の名にしたわけです。
はしがき (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
近辺のスパルタ人種の子供らはめいめいに小さなたこを揚げてそれを大凧の尾にからみつかせ、その断片を掠奪りゃくだつしようと争うのである。
田園雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
たこは此処にありました——床はよく窓の外が見えるように、この辺で。凧糸は昨日あっしがそう言って、もとのようにしてあります。
そうして、町の中に、こんなに電信柱でんしんばしらやなにかが立たなかった時分じぶんには、東京でも、どんなに大きなたこを上げたかを話したりして
清造と沼 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
とうさんもたこあげたり、たこはなしいたりして、面白おもしろあそびました。自分じぶんつくつたたこがそんなによくあがつたのをるのもたのしみでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「ちぇッ、知らざあ言って聞かせてやろう、柿の木金助というのは、あの金の鯱を盗もうとして、たこに乗って宙を飛ばした泥棒なんだ」
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
たこの話もこれまで沢山したので、別に新らしい話もないが、読む人も違おうから、考え出すままにいろいろな事を話して見よう。
凧の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
たこをあげている人や、模型飛行機を飛ばしている人たちがいた。うまごやしの花がいっぱいだし、ピクニックをするに恰好の場所である。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
道具袋の中に金襴きんらんきれがはいっていたというだけで、十年続いた心と心のつながりが、たこの糸の切れるようにぷつんと切れてしまうんだ。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
雑草のなかで近所の折助おりすけが相撲をとったり、お正月には子供がたこをあげたりするほか、ふだんはなんとなく淋しい場所だった。
東西南北より、池のしんさして出でたる竿は、幾百といふ数を知らず、継竿、丸竿、蜻蛉とんぼ釣りの竿其のまゝ、たこの糸付けしも少からず見えし。
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
芸術が自由であれば、それだけ高く昇騰すると信ずることは、たこのあがるのを阻むのは、その糸だと信ずることであります。
鬱屈禍 (新字新仮名) / 太宰治(著)
からからと鳴るかと思われ、春から夏にかけて、水蒸気の多い時分には、柔々やわやわと消え入るように、またはたこの糸のように、のんびりしている。
日本山岳景の特色 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
尤も、米を得るべく、遊歴もやり、大道にたこの絵を描いて売ったこともあるが、門口から、の依頼者として、訪れてくる者は、絶無だった。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たこのように何回もまろびおち、それから、大地にはその足を一度も触れたことがないかのように、その大きな落下から舞いあがるのであった。
謡曲の筋書をした絵本やら、そんなものを有るに任せて見ていて、たこと云うものを揚げない、独楽こまと云うものを廻さない。
サフラン (新字新仮名) / 森鴎外(著)
筋は名古屋の金のしゃちほこをたこに乗って盗むというのだが、その金助の役を八百蔵に書き下したところ、芝居では家橘にやらそうというので
当今の劇壇をこのままに (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
自転車もなく、たまに年始客の人力車が通るくらい、どこの往来も娘や若衆の追羽子おいばね、子供のたこ揚げで一杯、これらは江戸時代そのままの風景。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
陶山利一という年上の子は街の中でたこをあげるから持っていてくれと言って、私が持っていると糸枠を持って駈け出してその勢いで凧があがった。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
たこだ……黙っていてくれよ。おいらが身体からだをそのまま大凧に張って飛歩行とびあるくんだ。両方の耳にうなりをつけるぜ。」「魂消たまげたの、一等賞ずらえ。」
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
頭に三角形の鶏冠とさかのある、竜舌蘭りゅうぜつらんの葉のようなヒョロリと長い奇妙な翼をもった灰褐色の鳥が、糸の切れたたこのように沼の上に逆落しに落ちてきて
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
犬の吠え声、たこの唸り、馬のいななき、座頭の高声、弥次郎兵衛も来れば喜太八も来る。名に負う江戸の大手筋東海道の賑やかさは今も昔も変わりがない。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
烈風、障子の鳴る音にまじりたこのうなりの響がする。二階のゆれるような感じ。大変寒く、手が赤くて、きたない。
そっと片手でかばうように押えて、残った片手で、橋の欄干らんかんをコツコツとたたながら、行くでもなく止まるでもなく、ふわふわと、たこのようにゆれていった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
また細田氏の窓に三角形のたこを飛ばせて引っかけたり、子供たちに紙でつくった三角形の帽子を被らせて庭で遊ばせたり、いろいろなことを試みました。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まず田代玄甫たしろげんぽの書いた「旅硯たびすずり」の中の文によれば、伝吉は平四郎のまげぶしへたこをひっかけたと云うことである。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
係長は、いままで鼻の先であしらっていたこの事が、意外な難関に行き当ってしまうと、もうまるで糸の切れたたこのようにアテもなくうろたえてしまった。
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
実際あり来たりの独楽こまたこ、太鼓、そんな物に飽きたお屋敷の子は珍物めずらしもの好きの心からはげしい異国趣味に陥って何でも上等舶来と言われなければ喜ばなかった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
わたしの心は糸の切れたたこのように狂って飛ぶ。わたしの戒の守りは——定力は——どこへ行ったのか。わたしの智慧のひかりは一点もわたしに光って呉れぬ。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ちょうど、子供がたこの糸の端に、紙片を結びつけるようなものです。ときには、下から持って来る酒や食料が、滑車でこの島へ引き上げられることもあります。
夕日の空にたこの上っているところは、必ずしも特色ある景色ということは出来ないが、「桃色」を先ず点じ来ったため、夕雲のあざやかな色が眼に浮ぶように思われる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
破目われめから漏れおちる垂滴すいてき水沫しぶきに、光線が美しい虹を棚引たなびかせて、たこ唸声うなりごえなどが空に聞え、乾燥した浜屋の前の往来には、よかよかあめの太鼓が子供を呼んでいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
男の紙鳶いかのぼりといってたこを揚げるというのが春の遊びで、どこともなく陽気なものでございます。
また上層の水蒸気の量及び気温を測るには、気球に自記寒暖計、湿度計、気圧計などをつけて飛ばしたりあるいは大形のたこを上げたり、飛行機で観測したりするのである。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
遠州の海辺寄りに横須賀よこすかという町があります。そこで売るたこは珍らしいものであります。形が他になく、丸型と扇型とが上下二段につながっていて、よく巴紋ともえもんなどを描きます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼は子供たちといっしょに遊び、玩具おもちゃをつくってやったり、たこのあげかたやおはじきの仕方を教えたり、幽霊や、魔法使のばあさんや、インディアンの話を長々と聞かせてやった。
可笑おかしな事が書いてある本だ。太郎が五つたこを持っている、二郎は十持っている、三郎は十五持っている。三人のを合せると三十になるのは異存ないけれど、十五は嘘に極っている。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彗星すいせいのような尾をつけたたこが、畑の上高く空中に動いていた。鶏が黄色い敷きわらを狂気のようにかき回していた。風がその羽を、老婦人の裳衣しょういに吹き込むように、吹き広げていた。
糸の先には、赤い絵のかいてあるたこが、ふらりふらりとたぐりよせられていました。
椎の木 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「梅園」の横町についてはかつてはそこに「たこや」のあったことを覚えている。よく晴れた師走の空がいまでもわたしにその往来の霜柱をおもわせる。——ともにけしきは「冬」である。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
たこ屋の店にいろいろ並んでいる凧の中で、達磨だるま章魚たことが喧嘩をはじめました。
章魚の足 (新字新仮名) / 夢野久作海若藍平(著)
お峯は車より下りて开処そこ此処と尋ぬるうち、たこ紙風船などを軒につるして、子供を集めたる駄菓子やのかどに、もし三之助の交じりてかとのぞけど、影も見えぬに落胆がつかりして思はず徃来ゆききを見れば
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
べらぼうめ、南瓜畑かぼちやばたけおつこちたたこぢやあるめえし、おつうひつからんだことを
言文一致 (新字旧仮名) / 水野葉舟(著)
仏壇ぶつだん燈火あかりとは、なんのえんがないようなものの、やはり燈火あかりはかすかなかがやきをはなって、そのかがやきの一筋ひとすじに、たこのうなっている、あお大空おおぞらてと、相通あいつうずるところがあることをおもわせたのです。
さかずきの輪廻 (新字新仮名) / 小川未明(著)
たこいとのようなワイアを引っぱってレットは、ガラガラッと船尾から、逆巻く、まっ黒な中に、かみつかんばかりに白いあわを吐く、波くずの中へと突進した。デッキの最高部はきわめて狭かった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
北風の吹く冬の空に、たこが一つあがっている。その同じ冬の空に、昨日もまた凧が揚っていた。蕭条しょうじょうとした冬の季節。凍った鈍い日ざしの中を、悲しく叫んで吹きまく風。硝子ガラスのように冷たい青空。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
彼の手は将軍内廷の小刀庖丁ほうちょうより、幕閣日用の紙にまで、妖僧の品行より俳優の贅沢ぜいたくにまで、婦女子の髪飾より、食膳の野菜にまで、小童のたこの彩色より、雲助くもすけ花繍かしゅうまで、およそ社会生活の事
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
軒にのぞいた紅梅の空高く、たこうなりがふえのようにゆたかに聞えていた。
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
その二つの風の中で、飛び上っている日本のたこ——参木は今はただピストルを握ったまま、ぶらりぶらりとするより仕方がないのだ。思考のままなら、彼の狙って撃ち得るものは、頭の上の空だけだ。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
独楽こまたこ竹馬たけうまやらは棄てられねばならない。鶴見はそのなかでも独楽は得意で、近所の町屋の子や貧民の子らと共に天下取りをやった。その外にめんこもやった。とんぼも追いかけ廻した。