あは)” の例文
神樂坂の毘沙門樣は善國寺の境内をあはせて、今よりは遙かに廣く、眞夜中過ぎのたゝずまひは、氣味が惡いほどシンとして居ります。
跡部あとべは坂本が手の者と、今到着した与力四人とをあはせて、玉造組の加勢与力七人、同心三十人を得たので、坂本を先に立てて出馬した。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
彼土かのどの使徒聖人が言行を録すると共に、あはせて本邦西教徒が勇猛精進の事蹟をも採録し、以て福音伝道の一助たらしめんとせしものの如し。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
あなたの一般的批評はその観察の深くかつ大にして肯綮こうけいに当つて居る事を示して居り、あはせてあなたの天才を引立たせて居ります。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
村民をあつめて文珠菩薩の祭礼さいれいおこなひ、あはせて此一行をも招待せうたいすべし、而して漸次道路を開通がいつうここたつし、世人をして参詣さんけいするを得せしめんと
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
赤裸々せきらゝに、眞面目まじめに、謙遜けんそんゐることの、悲痛ひつうかなしみと、しかしながらまた不思議ふしぎやすらかさとをもあはせて經驗けいけんした。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
〔譯〕果斷くわだんは、より來るもの有り。より來るもの有り。ゆうより來るもの有り。義と智とをあはせて來るもの有り、じやうなり。たゞゆうのみなるはあやふし。
をんなの徳をさへかでこの嬋娟あでやかに生れ得て、しかもこの富めるにへる、天のめぐみと世のさちとをあはけて、残るかた無き果報のかくもいみじき人もあるものか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
力をあはせて、金盤一つさし上げたるがその縁少しくそばだちて、水は肩にはしり落ちたり。丈高く育ちたる水草ありて、露けき緑葉もてこの像をおほはんとす。
或は云ふ。日本は乃ち小国、倭の為にあはす所となる。故にその号を冒す。使者情を以てせず、故に疑ふ
国号の由来 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
れはこゝろよめいすることが出來できると遺書ゐしよにもあつたとふではないか、れはいさぎよ此世このよおもつたので、おまへことあはせておもつたのでけつして未練みれんのこしてなかつたに
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
の研究にるに、彼等は何れも矢毒(即ち野獣を射てこれを毒殺すべくやじりに塗る毒)クラーレ、ヴェラトリンのごとき猛毒の使用を知り、あはせて阿片あへん規那きな大麻おほあさヤラツパ
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
櫻木大佐さくらぎたいさその姿すがたかくすとともにかの帆走船ほまへせんその停泊港ていはくかうらずなり、あはせて大佐たいさ年來ねんらい部下ぶかとしてかみごとおやごとくに服從ふくじゆうせる三十七めい水兵すゐへいその姿すがたうしなひたりといへば
まへべたごと政府せいふ自己じこ買取かひとつた在外正貨ざいぐわいせいくわとクレデイツトにつてかねあはせて相當さうたう巨額きよがくかねつてるのであるから、この在外ざいぐわい資金しきん爲替資金かはせしきんとして利用りようすれば
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
川添ひの町の路地は折々忍返しをつけた其の出口から遥に河岸通かしどほりのみならず、あはせて橋の欄干や過行く荷船の帆の一部分を望み得させる事がある。かくの如き光景はけだし逸品中の逸品である。
路地 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そこで媢嫉ばうしつの念禁じ難く、兄弟姉妹の縁に連なる良兼貞盛良正等の力をあはせて将門を殺さうとし、一面国香良正等は之を好機とし、将門を滅して相馬のおびただしい田産を押収せんとしたのである。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
此の身とあはせて貧民教育に貢献したいと考へて居たので御座いますが、今度愈々いよ/\着手致すことに決心しまして御座います、申す迄もなく、只だ貴所あなた御指揮ごさしづをと其れのみ心頼こゝろたのみで御座いましたものを
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
本年のうち小生はこれとあはせて三たびほど触発の機会を得申候。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
清水谷の常吉が面白さうに渡したのは、女の手紙が五本、小菊に書いたなか/\の達筆たつぴつで、五本をあはせてこよりでたばねてあります。
第一どの船にも、一艘に、主従三十四人、船頭四人、あはせて三十八人づつ乗組んでゐる。だから、船の中は、皆、身動きもろくに出来ない程狭い。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
実に彼の宮を奪れしは、そのかつて与へられし物を取去られし上に、与へられざりし物をもあはせて取去られしなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
わたくしの推測は、單にかくごとくに説くときは、餘りに空漠くうばくであるが、しもにある文政十一年の火事の段とあはせ考ふるときは、やゝプロバビリテエが増して來るのである。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
おん身は病に臥し給ひきとはまことか。アヌンチヤタ。病はいと重く、一とせの久しきにわたりしかど、死せしは我容色と我音聲とのみなりき。公衆は此二つの屍をあはせ藏せる我身を棄てたり。
興世王は将門にむかつて、一国を取るも罪はゆるさるべくも無い、同じくば阪東をあはせて取つて、世の気色を見んにはかじと云ひ出すと、如何いかにも然様さうだ、と合点してしまつた。興世王は実にい居候だ。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
源吉の調べとあはせて、もう一度平次の頭で整理して見ましたが、下手人はお小夜の知己ちきで、木戸を開けて狹い庭から通して貰つて
住むべき家の痕跡あとかたも無く焼失せたりとふだに、見果てぬ夢の如し、ましてあはせて頼めしあるじ夫婦をうしなへるをや、音容おんようまぼろしを去らずして、ほとほと幽明のさかひを弁ぜず
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
十太夫の同勢は新規の足輕二百人に徒歩衆かちしゆう、働筒衆をあはせて三百五十人、市兵衞の一行は僅に上下三十八人である。山鹿へ著いて正勝の旅館に伺候しこうすると、正勝はかう云つた。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
鐵磨きに眞鍮しんちゆうあはせた恐ろしく堅牢なもので、少し小型ではありますが、火箸や針金は言ふ迄もなく間に合せの合ひ鍵などで開くやうなものではなく、多く大奧などで使ふのを
両奉行は鉄砲奉行石渡彦太夫いしわたひこだいふ御手洗伊右衛門みたらしいゑもんに、鉄砲同心を借りにつた。同心は二にんの部下をあはせて四十人である。次にそれでは足らぬと思つて、玉造口定番たまつくりぐちぢやうばん遠藤但馬守胤統たぢまのかみたねをさに加勢を願つた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
相手の氣勢さへくじけば、八五郎の馬鹿力は最も有效いうかうに働きます。二人の青持と力をあはせて、またゝくうちに生捕つた曲者が、二人、三人、五人、——折から關所の方にあがるときの聲。
兄は福島樣を疑ひ、福島樣は兄を疑ひ、二人は力をあはせて盜賊を詮議する氣もなく、互に跡をつけ跡をつけられて、當江戸表へ參り、御當所狸穴まみあなに住み付いて、お互に見張つて居ります。
かつて守隨彦太郎とその管轄區くわんかつくを爭つたばかりに、かへつて自分の地位をうしなつた京の秤座神善四郎の成れの果てで、湯女のお浪はその娘、守隨の手代辰次はお浪の隱れた夫、三人心をあはせて
女は一度沈んで浮かんだところを、橋の下にやつて來た月見船がぎ寄せ、何をあわてたかかいを振上げましたが、氣が付いたと見えて、水の中の平次と力をあはせ、身投女をふなべりに引揚げました。
昔は人物技藝ぎげい一世にひいでた者を任じたのですが、後、足利あしかゞ時代から賣官の風が行はれ、江戸時代には賣官料まで公定されて、一階一兩から四十五兩に及び七十三刻をあはせると都合七百十九兩
千本金之丞あわてたやうに合槌あひづちを打つのでした。役高をあはせて百五十石取の武家にしては、影が薄くて、卑屈で、島家の用人風情に引廻されて居る腑甲斐ふがひなさを、事毎に平次は見せつけられます。
九枚あはせると何うやらその時の船中のくはしい見取圖は出來上がります。
銭形平次捕物控:167 毒酒 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
「楢井家に傳はる金と、公儀から御領りの金、あはせて一萬兩近いものが、何處かに隱してあるに相違ないといふが、三月の間搜し拔いてもどうしても見付からない。——ところで、この騷ぎの眞つ最中、昨夜若旦那の福松が死んだのだ」