むご)” の例文
うれし泣きに嗚咽おえつするお珠の顔を、むごいような力でいきなり抱きしめると、安太郎は、彼女の唇に情熱のほとばしるままに甘い窒息ちっそくを与えた。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたしは、そんなむごい事をしたおぼえはないがと、赤とんぼが、首をひねって考えましたとき、おじょうちゃんが大声でさけびました。
赤とんぼ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「自分を頼み切って居るのに、籠の鳥を殺すようなむごいことは出来ない。天下をとるのは運命であって、畢竟ひっきょう人力の及ぶ所でない」
小田原陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「君はき人なりと見ゆ。彼のごとくむごくはあらじ。またわが母のごとく」しばしれたる涙の泉はまたあふれて愛らしきほおを流れ落つ。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「少年達の待遇は……その……極度にむごいのでありまして、美国人アメリカじんにでも知れましたら、黙って居らんだろうと思うのであります」
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
されどまことは我一たびこゝに降れることあり、こは魂等を呼びてそのからだにかへらしめしむごきエリトンの妖術によれり 二二—二四
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そのやうなことばかせてわしりさいなむとはむごいわい、つれないわい、それでも高僧かうそうか、司悔僧しくわいそうか、教導師けうどうしか、莫逆ばくぎゃくちかうた信友しんいうか?
自己おの小鬢こびんの後れ毛上げても、ええれったいと罪のなき髪をきむしり、一文もらいに乞食が来ても甲張り声にむご謝絶ことわりなどしけるが
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
(さう云つたかと思ふと、声をあげて泣き出す)誰がこんな……こんなむごたらしいことをしたんだ。シイ坊、お前は、そいつの顔を見たか。
クロニック・モノロゲ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
早くいえば、芝居の切られお富をそのままなのです。この女は誰でしょう。どうしてこんなむごたらしい目に逢ったのでしょう。
子供役者の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「まさかあなた様は、お代官様になさったようなむごたらしいことを、わたしに向ってなさるつもりでお連れになったのではございますまい」
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
主はこゝに、難くして且つむごき多くの他のしゆに就けるものを招き玉ふ。彼等は重きを負ふて長途を行きたれば痛く疲れてあり。
主のつとめ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
何もかも済んだこととばっかり思うておりましたところ、思いもかけないこぎゃんむごたらしい始末になったとでござります。
それを岸本は考えて、情熱と真実とに生きようとするものの告白後の結果に、そのむごたらしさに、胸のふさがる思いをした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
町木戸まちきど大番屋おおばんや召捕めしとられた売女の窮命されている有様が尾にひれ添えていかにもむごたらしく言伝えられている最中さいちゅうである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
誰もそれをとがめはせまい。咎めたとて聞えまい、わしも言わぬ、私もそれをむごいと言わぬぞ。知らぬからじゃ、不便ふびんもいとしいも知らねばこそいの。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『君。もう一つ訊くがね。工場の裏で二人に逢った時に、何故話を丸くしないでこんなむごい事をしてしまったのかね?』
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
それだったのに思い入って内田の所に来て見れば、内田は世の常の人々よりもいっそう冷ややかにむごく思われた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
どんなむごいことをしてやろうと、お父さんお母さんの恨み、おめえ自身の苦しみに比べりゃあ、物のかずではありゃあしねえ、気を弱く持っては駄目だ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
無名の青年 ——それではあなたは絶望のまま、ただ一人の親のため空骸なきがらのままで生きて行こうとして居られるのですか。何と云うむごたらしい生き方だろう。
ある日の蓮月尼 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そんな話をきかしても貞時は許してくれるであろうが、筒井は人の心をむごたらしく悲しがらせることは、いままでに仕えた筒井として出来ないことだった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
こうして交際を広くして置くと、私の作が出た時に、其知己が余りむごくは評して呉れぬ。無論感服などする者は一人もない。私などに感服しては見識に関わる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
こんなむごたらしい殺され方をなすった方の後生をようくお祈りして上げたらということになって、いちおう菩提寺の方へお預けしたようなわけなのでございます。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ちかちかと青びかりしているむごいような冷たさであった。濡れていた曠野こうやの雪はあわてて凍結した。かちかちにかたく固く凍えた。深夜にはぴンぴンひび割れた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
どんな事になったってこの子だけは自分のものだと思っていたのに、まあ、この子まで、何んてむごいことを言うのだろうと呆れながら、私はもう物も言えずにいた。
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
あの偉大な慶会楼は今後も残るであろうが、それは遊宴の用に供し得るからに過ぎぬ。かくして残る光化門がその位置に立つべき意義はむごくも奪われてきたのである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それが瑠美子の母として彼女をおいて出て行ったとなると、それは何といってもむごい運命であった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
總ての神經を何かにむごく使ひ過ぎたので、身體全體はすつかり暫らく休めなくてはならないと云つた。病氣はない。私の恢復は一度恢復し始めたらはやからうと云つた。
百姓達には、それは自分の子供の手足を眼の前で、ねじり取られるそのままのむごたらしさだった。
不在地主 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
恐ろしいこと、むごたらしいこと、恥ずかしいこと、悲しいことを持ちながら、しかも調和した善い世界を描き得る(無理の感じなく)に至るところにあると思っている。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
なにかしら冷たい——それがむごいほどの理性であるような印象をうけるけれども、また一面には、氷河のような清冽な美しさもあって、なにか心の中に、人知れぬ熾烈しれつ
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
番人もむごいぞ、頭を壁へ叩付けて置いて、掃溜はきだめへポンと抛込ほうりこんだ。まだ息気いきかよっていたから、それから一日苦しんでいたけれど、彼犬あのいぬくらべればおれの方が余程よッぽど惨憺みじめだ。
殊に今日は、むごい人間らしくないことをしようとしているだけ、何か気がとがめるのでしょう。
人の浅ましきか、我の愚なるか、恩人はむごくも我を欺きぬ。今は世を挙げて皆穢れたるよ。悲めばとて既に穢れたる世をいかにせん。我はこの時この穢れたる世を喜ばんか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かかあは内職、娘は工場こうば。なぞというような一家となったら。むご悲惨みじめさ話にならない。介抱どころか、お薬どころか。すぐにそのまま一家が揃うて。あごを天井に吊るさにゃならぬ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして彼は寝床の中で、過去に執着するのは貧しい人々にとってはむごたらしいことであると考えた。なぜなら、貧しい人々には、富める人々のように過去をもつの権利がないから。
但しは無慈悲を通す気か、気違だの騙りだのと人に悪名あくみょうを付けてけえって行くようなむごい親達から、金なんぞ貰う因縁が無えから、先刻さっきの五十両をけえそうと捷径ちかみちをして此処こゝに待受け
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
三日四日にかへりしもあれば一にげいでしもあらん、開闢以來かいびやくいらいたづねたらばゆび内儀かみさまが袖口そでくちおもはるゝ、おもへばおみね辛棒しんぼうもの、あれにむごあたつたらば天罸てんばつたちどころに
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あの業悪の鬼王丸のために……いやいやそれではあんまりむごい! なんでそんな事があるものか! どうぞお願いでございます! 市之丞様のお身の上を早く明かせてくださいまし!
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あまりに生々なまなましい現実であったせいか、ここ数日、不図ふとそのことばかりが、頭にうかぶのであった——けれど、それは、あの美しくもむごたらしい一齣の場面だけであって、その原因とか
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
なぜ、皆様方は梨の実が欲しいなどと無理な事をおっしゃったのです。可哀かわいそうに、わたくしのたった一人の孫は、こんなむごたらしい姿になってしまいました。ああ、可哀そうに。可哀そうに。
梨の実 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
一時に沢山の毛を抜くから血が出るです。誠にむごたらしい有様が見えて居るけれども当人はかえって平気です。いな、そういう風にしていかにも勇気凜乎りんこたる有様を人に示すのであるという。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
このやうにむごい目にあはされてゐるのです! その胸に可哀さうなこの孤兒みなしごを抱きしめて下さい! 廣い世の中に身の置きどころもなく、みんなからいためつけられてゐるのです!……お母さん
狂人日記 (旧字旧仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
政夫と夫婦にすることはこの母が不承知だからおまえは外へ嫁に往け。なるほど民子は私にそう云われて見れば自分の身をあきらめる外はない訣だ。どうしてあんなむごたらしいことを云ったのだろう。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それはむごたらしいなどというよりは、寧ろ気味の悪いものだった。知らせによって其場へ駈けつけた僕の目の前に転がっていたものは、生れてからまだ一度も見たことのない様な珍らしいものだった。
恐ろしき錯誤 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
だがおらあ、今夜という今夜こそ、自分の仕事がどんなにむごいものかってえことを知った。盗むこっちゃあどうせ酒か博奕ばくちに遣っちまう金が、あそこじゃ親娘三人を生かすか殺すかの楔になっている。
暗がりの乙松 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「ねえ、竹下——むごいことをする人達だな、どこまでも——」
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
そりやあんまりむごいといふものじやないの、え、銀さん
もつれ糸 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
おまへの耳にひそひそとむごい自由を吹込んだため。
日はをりの外よりぞむごくも臨む。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)