まろ)” の例文
旧字:
二度目にさけんだ時は、武蔵はもう前後もわきまえなかった。ただ燃え苦しむ火のかたまりのように駈けまろんで行って、愚堂のあしもとへ
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殊に青木原一帯の丸尾(先人の説によれば「まろび」のなまりならんという)を超越して、多くの側火山そくかざんと噴気口を行列させている。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
蔭凉軒の跡とおぼしきあたりも激しいいくさの跡をしのばせて、焼け焦げた兵どもの屍が十歩に三つ四つはまろんでいる始末でございます。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
桜子は部屋からまろび出るように、続いて追い迫ろうとする父親の裾を犇と掴んだまま、絶え入るばかり、縁側の月光の中に泣き伏しました。
そして、ドアが一杯に開ききられたとき、その薄明りの中から、法水は自分の眼に、くらまろばんばかりの激動をうけたのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
あとをも見ずしていっさんに走り出ずれば、心急こころせくまま手水口の縁に横たわるむくろのひややかなるあしつまずきて、ずでんどうと庭前にわさきまろちぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「夜は誰と寝ん、常陸の介と寝ん、寝たる肌もよし、(これが末いと多かり、又)男山の峯の紅葉は、さぞ名に立つ/\」と、頭をまろがし振る。
濫僧考補遺 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
ひくきしたがつて今来りたる方へ乗下のりくだりたるに、一束いつそくの柴雪車よりまろおち、谷をうづめたる雪の裂隙われめにはさまり(凍りし雪陽気を得て裂る事常也)たるゆゑ
実雅は片足でそれを二、三度揺り動かしてみたが、兼輔は石のようにまろばったままで、再び身動きをしそうもなかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
糞を見ると羽を収めて地に降り、一銭銅貨の大きさに丸めた糞を後方から押して、まろばせながら地上を行くのである。
彼が宮を追ひてまろび落ちたりし谷間の深さは、まさにこの天辺てつぺんの高きより投じたらんやうに、冉々せんせんとして虚空を舞下まひくだ危惧きぐ堪難たへがたかりしを想へるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
なぜか相手は得物を捨てて、昼雷ひるかみなりにでも打たれたかと思うばかり、あの沙門の足もとへ、まろび倒れてしまいました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ほしいままに駕籠舁風情ふぜいの命を取ることを好まなかった。こけつまろびつ彼等が上野の山蔭に逃げて行くに任せて、さて十五人のやいばは一つの乗物に向う。
彼は窓に近づきぬ、窓の顔は一たび消えて戸をあけてまろび出でたり、「佐太郎主今がお帰り、して宿の主は」と
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
兄上先にお渡りなされ、弟よ先に渡るがよいと譲り合いしが、年順なれば兄まず渡るその時に、まろびやすきを気遣いて弟は端を揺がぬようしかとおさゆる
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
四方の木々から庭を目がけ、飛礫つぶてのように十、二十、百、二百と無数の猿が、飛び下り馳け下りまろび落ちて来た。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
可哀さうに王は地にまろんで、最後の一瞥をバルキスの上に投げると、其儘視力を失つて仕舞つたのである。
バルタザアル (新字旧仮名) / アナトール・フランス(著)
母君を何も残らぬ無にしておしまいになったことで、宮は伏しまろんで悲しんでおいでになった。
源氏物語:39 夕霧一 (新字新仮名) / 紫式部(著)
岩に腰をかけて暁の霧を浴びながら吹いていますと、私の尺八の音でもって朝霧が晴れ、私のまろばす音につれて日がだんだん昇るようにまで思ったこともあったのでございます。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
橋が無ければ徒歩じゃ徒歩じゃと、一同ジャブジャブ水を漕いで渡るに、深さは腰にも及ばぬ程であるが、水流は石をもまろばすいきおいなので、下手をすれば足すくわれて転びそうになる。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
けつまろびつ、裾踏み乱して嗚咽おえつしながら、門まで大次郎のあとを追って出て千浪の耳に聞えたのは、そこの練塀小路の町かどをまがって消えて行く、かれの詩吟の声のみだった。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そのたびごとに女のむれはさもさも恨めし気に此方こなたを眺めては、身も世もあられぬように声を立てて泣くのである。種彦も今は覚えず目がくらんでそのまま水中にまろび落ちてしまった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いうより早く隣席にありし武男が手をば無手むずと握りて二三度打ちふりぬ。同時に一座は総立ちになりて手を握りつ、握られつ、皿は二個三個からからとテーブルの下にまろび落ちたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
本堂の如来によらいさま驚きて台座よりまろ落給おちたまはんかと危ぶまるるやうなり、御新造ごしんぞはいまだ四十の上を幾らも越さで、色白に髪の毛薄く、丸髷まるまげも小さく結ひて見ぐるしからぬまでの人がら
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
娘は姉に向ッて言うには,「このごろ江戸で名の高い馬琴という作者の書いた八犬伝という本を読みましたが、その本に出る人で……」とかの犬飼犬塚の両犬士が芳流閣上よりまろび落ちて
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
その高い通路の上を今、こけつまろびつ、小山の陰になって、見えつ隠れつ、全身いき不動のように紅蓮ぐれんの焔を上げた三人の男女が、追いつわれつ狂気のようになって、走り狂っているのであった。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「なに事とも知らず」と答えたるは、アーサーを欺けるにもあらず、またおのれいたるにもあらず。知らざるを知らずといえるのみ。まことはわが口にせる言葉すら知らぬ間にのどまろでたり。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
珍しと土にまろべるこがねむし手足うごくに拾ひて来たる
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
美奈子は、たまらなくなって、寝台からまろび落ちた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あな、うちまろぶ人のむれ、おともころころ。
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
煉瓦塀をおし破つてまろびにゆく青い草地
体操 (新字旧仮名) / 仲村渠(著)
そのさあらめ、あたかねぶまろ
かねうずたかまろがし出だせり。
貝はまろびて常に泣く。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
られたと見えて苦しそう、京橋づつみをタタタタと逃げまろんできた。と、その影を追い慕って、波を泳いでくるような銀蛇ぎんだが見えた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蔭凉軒の跡とおぼしきあたりも激しいいくさの跡をしのばせて、焼け焦げた兵どもの屍が十歩に三つ四つはまろんでゐる始末でございます。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
地にまろびてようようち、力無ければ争い得ず、悄然しょうぜんとして立去るを、先刻さきより見たる豆府屋は、同病相憐の情に堪えず
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
格闘中同人が卓子テエブルと共に顛倒するや否や、首は俄然のどの皮一枚を残して、鮮血と共に床上しょうじょうまろび落ちたりと云う。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
思ひも懸けず宮の入来いりくるを見て、起回おきかへらんとせし彼の膝下ひざもとに、早くも女のまろび来て、立たんと為ればたもとを執り、なほひしと寄添ひて、物をも言はず泣伏したり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
お妙は手をあわせながら、起きつまろびつ逃げまわりて、上のかたの竹薮へ逃げ込めば、おいよもあとを追って飛び込む。月また薄暗く、竹薮のざわざわと揺れる音。
人狼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
甲州へは帰れもすまい、どこへ落着いて誰を頼る——お浜の頭はまだそこまで行っていないので、ただ無暗むやみに口惜しい口惜しいでしつまろびついきどおり泣いているのです。
足を上げて蹴り、蹴られて、紙帳の裾にまろび寄ったお浦を、帳中から手が出て、引き入れた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あやまてり過てり、告げずして往くべかりしに」と、返す返すも悔みたれど、早やまろでたる玉いかんともするに由なければ、「サラバひそかに用意してよ人に知れては面倒なれば」
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
無礼ぶれいものめとかたをつきたるゆゑたわら脊負せおひていかでたまるべき、雪の中へよこさまにまろたふれしに、武士も又人になげられしごとたふれければ、田中の者はおきあとも見ずしていそぎゆきけり。
烈風いらかを飛ばし、豪雨石をまろばし、いきおいで、東都下町方面も多く水に浸され、この模様では今回の旅行も至極しごく困難であろうと想像しているところへ、ここに今考えても理由わけの分からぬ事があった。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
馬鹿野郎めとののしりながら袋をつかんで裏の空地へ投出なげいだせば、紙は破れてまろび出る菓子の、竹のあら垣打こえてどぶの中にも落込むめり、源七はむくりと起きてお初と一声大きくいふに何か御用かよ
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あまりの凄愴せいそうさに、我々は思わずそこに佇立ちょりつしましたが、しかもその奥の部屋からは、とばりを揚げて三人ばかりの侍女たちが、両手で顔を掩いつつ、声を放って泣きながらまろぶように出てきたのです。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
と泣き声とともにそこの角からまろび出たのは、裾ふみ乱した萩乃だ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
手は刀を離さず、必死となっ夢我むが夢中、きらめくやいばは金剛石の燈下にまろぶ光きら/\截切たちきる音はそらかく矢羽やばねの風をる如く、一足退すさって配合つりあいただす時はことの糸断えて余韵よいんのある如く、こころ糾々きゅうきゅう昂々こうこう
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
白髪しらがふり、まろび、そでとる殊勝しゆしやうさや。——
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)