しとね)” の例文
式場用の物のおおい、敷き物、しとねなどの端を付けさせるものなどに、故院の御代みよの初めに朝鮮人がささげたあやとか、緋金錦ひごんきとかいう織物で
源氏物語:32 梅が枝 (新字新仮名) / 紫式部(著)
硝子の窓から内部なかのぞいてみると、底にはふくよかな脱脂綿だっしめんしとねがあって、その上に茶っぽい硝子くずのようなものが散らばっている。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
設けられてある主人のしとねに坐るまえに、彼は、神榊みさかきの下に坐して、両手をつかえ、また退って、次の間の仏壇へもうでてをあわせた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母はそのあいだしとねの上にきちんと坐り、身うごきもしないで聴くのが常だった、それは亡くなる五日ほどまえまで続いたのである。
日本婦道記:おもかげ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この世に起るすべてのものは、いいのだ。また一度は、心をのどめて、絹のしとねのふちに打ち寛ろがう。いつも、軍人いくさびとの氣もちでゐまい。
そう、そのムカムカする感じは、昨今に始まったことではなく、そもそも結婚の第一夜、彼としとねをともにしたあの晩からそうであった。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
中央に、あついしとねをしいて、長の大病にやつれた十方不知火流ぽうしらぬいりゅうの剣祖、司馬先生が、わずかに虫の息を通わせて仰臥しているのだった。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
仏頂寺はそれを見ると、相当に仏頂面をほぐして、草をしとねにどっかと腰を卸したところへ、如才なく丸山勇仙が猪口ちょこをつきつけました。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
働き恐れ入り奉つる何卒彼方あれへ入らせらるゝ樣にとふすまを明れば上段に錦のしとねを敷前には簾を垂て天一坊が座を設たりやがて赤川大膳を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
太い、逞ましい喬木でも、しんが朽ちているから、うっかりつかまると枝が折れて、コイワカガミや、ミヤマカタバミの草のしとねのめったりする。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
書院というは名ばかり、几帳きちょう簾垂すだれ、脇息きょうそくしとね、目にうつるほどのものはみな忍びの茶屋のかくれ部屋と言ったなまめかしさなのです。
憐れなご様子で草をしとねに、倒れておいでなさいましたお姿、それを見ました時どうしたものか、妾はそれこそ産れてはじめての
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
其処そこには鹿島槍ヶ岳が空翠こまやかなる黒部の大谷の上、蒸し返す白雲をしとねに懐しみのある鷹揚さをもって、威儀儼然げんぜんと端座している
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
一人をしとねの上に据えて、お珊がやがて、一人を、そのあとからねやへ送ると、前のが、屏風の片端から、烏帽子のなりで、するりと抜ける。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はこの長者のくるしめるをよそに見かねて、貫一が枕に近く差寄りてうかがへば、涙の顔をしとね擦付すりつけて、急上せきあげ急上げ肩息かたいきしてゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
棺は暖かに柔かくしとねを張り、その蓋には墓窖の扉と同じ仕組みで、体をちょっと動かしただけでも自由に動くように工夫した発条ばねをつけた。
踊る足音が次第に彼方に去って夜が重なった。彼は陳子文のとむらいの駒の音と、夜の外気に鳴る風琴の不気味をしとねのなかで聞いた。
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
暖かいしとねにじっとしていたいからとて、母親の御意のままになるがよいとて、人もあろうに出家の外妾とは、どうした心の腐りであろうと
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そして、連れてゆかれたのは、奥深い、丸窓を持った一間ひとまだった。軽いしとねに、枕もなまめかしく、ほのかな灯かげが、ろうたくえている。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
『よくいらつしやいました。わたくしの側へお坐り遊ばせ』女王は白い光の様な、しなやかな指で、地に鋪いてある紫のしとねを指ざすのである。
バルタザアル (新字旧仮名) / アナトール・フランス(著)
草のしとねに憩ふ旅人の遣瀬ない氣持を感じながら、千登世を隱蔽してあるこのあなぐらに似た屋根裏を指して歸つて來るのであつた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
御隱殿裏に着いたのは、まだ朝のうち、とある藪蔭に、荒筵一枚をしとねに、淺ましくも美女の死骸は横たへられて居たのです。
お由羅は、緋羅紗のしとねの上へ坐っていたし、その側の、硝子ガラスの鏡、モザイックの手函、硝子の瓶——そうした調度類は、悉く舶来品であった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
なかには絵に描かれているような髑髏どくろがそこはかとない秋草をしとねにすわっていたという土産話も、今では嘘のようである。
中支遊記 (新字新仮名) / 上村松園(著)
平中はしとねを這ひ出すと、又元のやうに手探りをしながら、向うの障子へ辿たどりついた。すると障子には部屋の外から、厳重に懸け金が下してある。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
とお菊はすぐ乱箱みだればこの中に入って居ります黄八丈の袷小袖あわせこそでを出して着換させる、しとねが出る、烟草盆が出ます。松蔭大藏は自分の居間へ坐りました。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
白繻子しろじゅすでできてるボタンじめのしとねの上に、しっかりした大きな赤ら顔、王鳥式に新しく白粉おしろいをぬった額、高慢ないかつい鋭い目、文人のような微笑
しとねは言ふまでもない事、美しい衣裳小切こぎれまでしつぽり濡通ぬれとほつてしまつたが、鶴千代はその儘平気な顔で押通してゐた。
桑畑くはばたはしはうとうつた菜種なたねすこ黄色きいろふくれたつぼみ聳然すつくりそのゆきからあがつてる。其處そこらにはれたよもぎもぽつり/\としろしとね上體じやうたいもたげた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それと知つたあとでも、彼女はしとねのなかに半身を起したまま、凝然ぎょうぜんとその滅びた紙片の残響に聴き耳を立ててゐた。
垂水 (新字旧仮名) / 神西清(著)
それに反して少女のほうは——彼の娘に違いあるまい——腰かけた身を興ありげに勢いよく乗り出して、扇を持った両手をビロオドのしとねに置いている。
道化者 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
思えば結婚の当夜、しとねの上でさえ、眼鏡を御取りにならなかった理由が、今になって私にもはっきりわかりました。
秘密の相似 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
仕方なく今度は縁先にしとねを持ち運んで、席を変えてみました。欄干おばしまに凭れて、膝を崩してみると気持まで砕けて和やかになりました。欄干の下は池です。
むかでの跫音 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
実際、それが事実であったから仕方ない。何物にも換えられなかった楽しい結婚のしとね、そこから老い行く生命いのちむような可恐おそろしい虫が這出はいだそうとは……
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一段高くなったところに、年寄の座があって、老眼鏡をかけた、松助まつすけの堀部弥兵衛のようなのがしとねをなおす。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
目の前の飾窓の中では、真珠たちが、黒い天鵞絨ビロードの艶やかなしとねの上に、ふかぶかと光を収めて静まっている。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「医者は単に夜間やかんしとねひたす病気ですと言った。俺もそれで想像がついたから、君も常識で判断してくれ給え」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
柔らかなしとねを改めた卓上はすでにまったく清められて、新しい料理がまた、山のように並べられていた。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
此の血は余が起きてから今まで僅か五分とも経たぬ間に落ちたのに違いない、猶能く見れば、しとねの上にも二三点、云わば雨滴が落ちたかと云う様な形になって居る
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
其の夜はとうとうおしとねの上にもお乗りにならなかったようでございました。其の翌日はお上へは所労と申し上げられて、とうとうお邸に引き籠っておいでになりました。
殺された天一坊 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
山奥の青苔あおごけしとねとなッたり、河岸かしの小砂利がふすまとなッたり、その内に……敵が……そら、太鼓が……右左に大将の下知が……そこで命がなくなッて、跡は野原でこのありさまだ。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
宗右衛門自身が江戸の或る大名家老から頂戴ちょうだいした羽二重はぶたえしとねが紅白二枚、死出の旅路をひとりで辿たどるお辻の小さな足にも殊更ことさらに絹足袋たびを作つて穿かせ、穿きかへまでも一足添へた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
扶佐子は先に立って采配さいはいをふるった。昨夜は新婚のしとねだった貸ぶとんを引きずりだし
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
しとねをも敷かせず、幸いの折からと、学校の友達へ送る手紙などしたためておりました。
こわれ指環 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
然るにこの狭苦しい冷たい一室では、夫は恐ろしい罪名の許に背後にいましめの縄を打たれて、悔悟の涙に咽び、妻はしとねさえない板敷に膝を揃えて坐ったまゝ、不遇な運命に泣いているのだ。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ピンチヨオの草をしとねとし、繃帶したる頭を木の幹によせかけ、僅に唇をうごかすのみにて、傍にはべらせたる妻といふ女に、熱にて死になん/\としたる我夫を憐み給へ、といはせたるロレンツオは
この清新な葉のしとねの中に追いめぐり、追い駆け、狂って、再び奥の繁みから、左に抜け右に抜け、ある者は、どっと森を突き貫けて、更に月の青白く照る野をかすめて、どこかに行ってしまう。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
側役が宜しう御坐りますというと、それから小姓がしとねを敷くのである。褥の下には別に御畳といって、高麗りの少し広い一畳を敷く。これは御居間方と云う坊主があって、持ち出して敷く。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
人間の往来するあちらでは数年来のさんざんな労苦があったが、枝をひろげたオンコ松のからかさは、その根もとに太古からの落葉や小枝を積みかさね、ふわりとする自然のしとねで迎えてくれた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
愛着の影さえ荒んで見えたのである。私は君がみずから緑草芳しき柔らかな春のしとねに背を向けて、明けやすき夏の夜の電燈輝く大広間の酒戦乱座のただなかに狂笑しに赴くような気がしてならない。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)