褞袍どてら)” の例文
ひやの牛乳を一合飮み、褞袍どてらの上にマントを羽織り、間借して居る森川町新坂上の煎餅屋せんべいやの屋根裏を出て、大學正門前から電車に乘つた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
ともじッさまがいわっしゃるとの、馬鹿いわっしゃい、ほんとうに寒気がするだッて、千太は天窓あたまから褞袍どてらかぶってころげた達磨だるまよ。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
床もほこりでざら/\してゐた。茶の間へ入ると、壁にかゝつてゐる褞袍どてらがふと目についた。この冬晴代が縫つて着せたものであつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
寒中セルと褞袍どてらで暮しながら額のあたりに貧の垢ではない微かな艶を失わない彼の生活ぶりと、どこかでうまが合うのであろう。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その上にはさっき支倉が褞袍どてらの上にしめていた黒っぽい帯が蛇のようにのたくっていた。瞬間に彼の第六感はしまったと頭の中で叫んだ。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
この改築工事が終ると、小學校は、鬘を脱いで褞袍どてらを着た女形役者のやうな姿になつた。「別嬪が髮の毛を剃つて尼はんになつたやうや」
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
これより先、猿橋の西のつめの茶屋の二階で郡内織の褞袍どてらを着て、長脇差を傍に引きつけて酒を飲んでいた一人の男がありました。
褞袍どてらのまま紫檀の机の前に端然と坐って、朝日を吸い吸い私の話を聞いてくれたが、聞き終ると腕を組んで、傍の宇東記者をかえり見た。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
褞袍どてら連中は恐らく堀尾君を取っ占めて酒にする積りだったろう。しかし堀尾君は峠の喧嘩の中学生時代から決して飲ませない方針だった。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
洋服で來たM君と私とは褞袍どてら浴衣ゆかたを借りて着て、その上からもう一枚褞袍を重ねたが、まだ、それでも身體がゾク/\した。
伊豆の旅 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「御気分が悪そうね。何うかしたのですか。湯衣ゆかたにお着換えなさいまし。それとも、お寒いようなら、褞袍どてらになさいますか。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
例へば雪みぞれのひさしを打つ時なぞ田村屋好たむらやごのみの唐桟とうざん褞袍どてらからくも身の悪寒おかんしのぎつつ消えかかりたる炭火すみび吹起し孤燈ことうもとに煎薬煮立つれば
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
私は湯上りの身体からだを柔かい褞袍どてらにくるまりながら肱枕をして寝そべり、障子を開放した前栽せんざいの方に足を投げ出してじっと心を澄ましていると
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
障子しょうじに近い大きな白熊の毛皮の上の盛上るような座蒲団ざぶとんの上に、はったんの褞袍どてらを着こんだ場主が、大火鉢おおひばちに手をかざして安座あぐらをかいていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
近所で、ラジオが、やかましくりつくやうに鳴つてゐる。ゆき子は外套をぬぎ、宿の褞袍どてらを肩に引つかけて、吹き降りの廊下の外を眺めた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
縁側にすえた七輪を桃尻ももじりになってあおいでいるのを、古褞袍どてらの重ね着で、かかとの皮をむしりながら、平気でながめていられるところまで進歩した。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
がしかしそれも、脱ぎ棄てた宿屋の褞袍どてらがいつしか自分自身の身体をそのなかに髣髴ほうふつさせて来る作用とわずかもちがったことはないではないか。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ただ褞袍どてらを着て横臥おうがした寝巻姿ねまきすがたの津田の面影おもかげが、熱心に舞台を見つめている彼女の頭の中に、不意に出て来る事があった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
俺はそんなことを空想しながら、褞袍どてらにくるまって仰向に寝そべっていた。実は池部と飲んだ酒が変に空っ腹に廻ってだいぶ酔ってるらしかった。
神棚 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
作造はそういう子供らから掛蒲団を奪うよりは、炉辺の方がまだましだと考えて褞袍どてらのまま起き出し、土間から一束の粗朶そだを持って来て火を起した。
おびとき (新字新仮名) / 犬田卯(著)
「気の毒だが、その晩出した貸し褞袍どてらを見せてくれないか、——どうせ旅装束で土蔵相模へ行ったわけじゃあるまい」
つるりと片手で刈りたての頭を撫でて、着ふくれた褞袍どてら姿の、陀々羅だだらな足どりで、「はっはっはっ。」とまた笑った。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
アカシアがまだついの葉をせて睡っている、——そうした朝早く、不眠に悩まされた彼は、早起きの子供らを伴れて、小さなのは褞袍どてらの中にぶって
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
なるべく清潔きれい褞袍どてらを選んで持って来さしたり、自分の預品を使ってコヽアを溶いて作るように命じたりしました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼等かれら途次みちみちさわぐことをめないで到頭たうとう村落むら念佛寮ねんぶつれうひきとつた。其處そこにはこれ褞袍どてらはおつた彼等かれら伴侶なかま圍爐裏ゐろり麁朶そだべてあたゝまりながらつてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
私は流れに沿った一室に綿の入った褞袍どてらにくるまり、小杯を相手として静かに鰍の漿しょうを耽味したのであった。
姫柚子の讃 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「男だもの。あはははは」と快く笑いながら、妻がきまりわるげにはお大縞おおじま褞袍どてら引きかけて、「失敬」と座ぶとんの上にあぐらをかき、両手にほおをなでぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
お桐も炉の側に出て団欒だんらんの席に加はつた。眼ばかり大きくなつた血の気のない顔は凄味を帯びて居た。褞袍どてらを着た姿が時節柄平三にはむさくるしく思はれた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
広川氏は停車場ステーシヨンから一息に駿河台の自宅へ帰つて来た。そして窮屈な洋服を褞袍どてらに脱ぎかへるなり、二階へあがつて、肘掛窓から下町辺をずつと見下みおろした。
途中の坂路の曲り角の所で、宿の褞袍どてらを着た三人の女と出会った。その話し声の賑やかさが千鶴子の部屋と二つへだてた部屋の、潰れた汚い声の主だちだった。
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
先づ衣桁いこうに在りける褞袍どてらかつぎ、夕冷ゆふびえの火もこひしく引寄せてたばこふかしゐれば、天地しづか石走いはばしる水の響、こずゑを渡る風の声、颯々淙々さつさつそうそうと鳴りて、幽なること太古の如し。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
一足遅れて着いた金五郎は、宿の褞袍どてらに着かえながら、その視線は西方の一角に釘づけされていた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
悪い癖で宿屋の褞袍どてらを着ることの嫌いな私は、ほんの七八日の旅なのに、わざわざ鞄に入れて来た着物と着換えて、早目に床を延べてくれた奥の小間の唐紙からかみを締め切り
雨の宿 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
真蔵は銘仙の褞袍どてらの上へ兵古帯へこおびを巻きつけたまま日射ひあたりの可い自分の書斎に寝転ねころんで新聞を読んでいたがお午時ひる前になると退屈になり、書斎を出て縁辺えんがわをぶらぶら歩いていると
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
永禪和尚もう是までと諦らめ、逐電致すよりほかはないと心得ましたから、のぞきの手拭で頬冠ほゝかぶりを致し、七兵衞の褞袍どてらを着て三尺を締め、だく/″\した股引ぱっち穿きまして
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
朝起きて顔を洗うと、余は宿の褞袍どてらを引かけ、一同は旅の着物になって、茶ものまず見物に出かけた。宇治橋は雪の様なしもだ。ザクリ/\下駄の二の字のあとをつけて渡る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
気違い馬楽という人も、輪継ぎの褞袍どてらに紫の細紐を締めて高座にあがったのを覚えている。
噺家の着物 (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
永冷ひようれい歯に徹し、骨に徹し、褞袍どてら二枚に夜具をまで借着したる我をして、あごを以て歯を打たしむ、つひに走つて室に入り、夜具引きかづきて、夜もすがら物のに遇ひたる如くにおのゝきぬ。
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
垢のしみついたワイシャツの上からうすい褞袍どてらを着ている男が窓にもたれていたが
菎蒻 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
さ今度は都々逸どどいつ都々逸。お婆さん頼むぜ、いいかいエヘン。船じゃ寒かろ着て行かしゃんせ、わしが着ているこの褞袍どてら。エヘヘヘヘヘ。ああいい気持ちにやッとなった。どッこいしょと。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
三十そこそこの、ベットリ襟首へ白粉のあとを残した剣舞師のような大きな口をした、角張った顔の角張った身体つきの男が継ぎだらけの褞袍どてらを着て出てきて、睨みつけるように言った。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
逼塞ひつそく時代の寒い日のある夕方、羽織の下に褞袍どてらを着て、無帽で麹町通りの電車停留場に立つてゐたとき、頭の毛が寒風にそよいでゐた細い、丈の高い姿や、小意氣な浴衣の腕まくりをして
三十五氏 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
垢染みて膩光あぶらびかりのする綿の喰出はみだした褞袍どてらくるまつてゴロリと肱枕をしつゝ
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
座敷へ帰り、また横になって時刻を計っておると、もう二番鶏の声がする、よし、好い時刻が来たぞと、急に寝衣ねまきじぶん褞袍どてらに着かえ、そっと広間の方へ往って、の皿鉢を執って背中に入れ
幽霊の自筆 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
総じてへやの一体の装飾かざりが、く野暮な商人あきうどらしい好みで、その火鉢の前にはいつもでつぷりと肥つた、大きい頭の、痘痕面あばたづらの、大縞おほしま褞袍どてらを着た五十ばかりの中老漢ちゆうおやぢ趺坐あぐらをかいて坐つて居るので
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
金歯や指環などをぴかぴかさせて、糸織の褞袍どてら着脹きぶくれている、五十年輩のその親方は、そう言いながら、サンプルを見はじめた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
七輪を机のわきに持ちこんで食べ終ると、重吉は戸棚をあけて、田舎風に青い綴じ糸が表に出ている褞袍どてらをぐるぐると畳んで新聞紙に包んだ。
海流 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「御気分が悪さうね。何うかしたのですか。湯衣ゆかたにお着換へなさいまし。それとも、お寒いやうなら褞袍どてらになさいますか。」
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
四疊半の茶呑臺ちやぶだいの前に坐つて、髮の伸びたロイド眼鏡のZ・K氏は、綿のみ出た褞袍どてらを着て前跼まへかゞみにごほん/\咳き乍ら、私の用談を聞いた。
足相撲 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
鍵をかけたトランクを違ひ棚の上の天袋てんぶくろにしまつて、宿の褞袍どてらに着替へ湯にはいつたが、ゆき子は少しも落ちつかない。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)