行方ゆくえ)” の例文
それっきり行方ゆくえ不明になって、警察にも訴え、実家の方でも血眼ちまなこになって探しているのだが、いまだに消息がわからないというのだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それから毎日、昼間ひるま甚兵衛じんべえがでかけ、よるになるとさるがでかけて、人形の行方ゆくえさがしました。けれどなかなか見つかりませんでした。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
壁の裏が行方ゆくえであらう。その破目やれめに、十七日の月は西に傾いたが、よる深く照りまさつて、ぬぐふべき霧もかけず、雨も風もあともない。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
キリストの人格を崇拝する点において私はけっして彼らに後れるものではない。私の行方ゆくえにはキリストが立ってるとさえ思っている。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
河水かわみずは、行方ゆくえらずにながれてゆきました。まえにも、また、うしろにも、自分じぶんたちの仲間なかまは、ひっきりなしにつづいているのでした。
河水の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「この話を聞いて何か変な気はしないかね、お品さん、近頃はあの天霊様の信心の者が、ちょいちょい行方ゆくえ知れずになるというが——」
あの当時から数えてもう四カ月もっている今日、今迄行方ゆくえ不明の人が現れないとすれば、もう死んだとあきらめるよりほかはありません。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
お銀様の行方ゆくえを追わせているから、どう間違っても、この迷子はつれ戻し先のわかっている迷子です——そうしてかくあるうちに
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その墓の行方ゆくえは探討したいものである。それに戴曼公たいまんこうの表石というものも、もし存していたら、名蹟の一に算すべきものであろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
甲二郎の知らせで、さっきから机博士の行方ゆくえを探していた団員たちは、それというので、山塞からとびだして、崖の上を見上げた。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「よくくおまえはなしでは、千きちとやらいうにいさんは、まる三ねん行方ゆくえれずになっていたとか。——それがまた、どうしてきゅうに。——」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
松山に渡った一行は、毎日編笠あみがさを深くして、敵の行方ゆくえを探して歩いた。しかし兵衛も用心が厳しいと見えて、容易に在処をあらわさなかった。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私は生憎あいにくある友達が精神異状で行方ゆくえ不明になりさがまわらねばならなかったりして松の内も終る頃ようやく地平さんの所へ行った。
篠笹の陰の顔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「いろいろと心配事が重なって、おかみさんも弱りなさる筈だ。そこで番頭さん。若いおかみさんの行方ゆくえはまだ知れませんかえ」
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
川上の恢復かいふくすみやかであった。とはいえ、川上は健康を恢復すれば、またも行方ゆくえ定めぬ波にまかせて、海の旅に出ると言ってきかなかった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
で、兄妹は連れ立って、名古屋へ来たのであって、この地へ来ると主水と澄江とは、とりあえず旅籠はたごに逗留して、陣十郎の行方ゆくえを尋ねた。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
葉子は言うのだったが、初めて庸三の家を飛び出して、行方ゆくえくらましてしまった彼女を、偶然にも捜し当てたのも、またこの家であった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
のみならず、コック場のコックやボーイや交替で休んでいた機関長や、ブリッジの上の船長やは、全部が小倉の飛んでった行方ゆくえを見守った。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
ともかくも本国においては永遠に行方ゆくえ知れずであり、この遠征によって彼我ひがの交通が、開けたことにはなっていないのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
決して急ぐことなく進んでいった——長い沈黙を伴って——それからまた行方ゆくえもかまわず進みだし、夜のうちに消えていった。
其処そこらの木屑きくずに火を移して読みますると、「我が恋は行方ゆくえも知らず果てもなし」までは読めましたが、あとしかと分りませぬ。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そして勝家は、ちかごろひんぴんと領海をあらす海賊かいぞく討手うってを向けたが、すでに、紅帆呉服船こうはんごふくぶね行方ゆくえはまったく知れなかった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その行方ゆくえをむなしく探しているうちに一年たち、ある寝苦しい夏の夜、登勢は遠くで聴える赤児の泣声が耳について、いつまでも眼がえた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
そのシャンマティユーは約三十年前にファヴロールを中心に各地で枝切り職をやっていた。ところがファヴロールで行方ゆくえがわからなくなった。
そして康はその一方で阿霞が来て自分の心を満足さしてくれるのを待っていたが、一年あまりしても行方ゆくえが解らなかった。
阿霞 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
私は、蓮華草れんげそうが紅い毛氈じゅうたんのように咲いた田へ、長々と寝そべりながら、ひねもす雲雀の行方ゆくえを眺めていたことがあった。
探巣遅日 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
さくらに十日ほどおくれて、若い下僕の吾平が行方ゆくえくらましたので、密通のうえかけおちということにまぎれはなかった。
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は寄宿舎から、帽子もかぶらずに、草履ぞうりのまんま、私の家へけつけた。私の家はもう焼けていた。私は私の両親の行方ゆくえを知りようがなかった。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
しばらく行方ゆくえをくらましていたと思ったら、はじめて先夜の会合に顔を出して、それ以来またばったりと消息を絶った。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
この死滅して行方ゆくえ知れずなるという事が、もののあわれを感ずることになって、文芸の基調をしているように思う。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
かみさま、うぞわたくしの一しょうねがいをおとどくださいませ……。わたくし女房奴にょうぼうめ入水にゅうすいするともうして、家出いえでをしたきり皆目かいもく行方ゆくえわからないのでございます。
保名やすなはいつのにかきつね行方ゆくえ見失みうしなってしまって、心細こころぼそおもいながら、もりの中のみちをとぼとぼとあるいて行きました。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
縫うて行く糸の行方ゆくえは、一針ごとに春をきざかすかな音に、聴かれるほどの静かさを、兄は大きな声で消してしまう。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あちらへのそり、こちらへのそり、ウチワ太鼓、踊り狂ういやちこき善男善女の間を縫いながら、逃げのびた女やいずこぞとしきりに行方ゆくえを求めました。
客がジッと見ているその眼の行方ゆくえを見ますと、丁度その時またヒョイッと細いものが出ました。そしてまた引込みました。客はもう幾度も見ましたので
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
父親は娘の前途をのろっただけで、行方ゆくえを捜索しようともしなかった。家の中はいよいよ落莫らくばくたるものになった。主人の吝嗇りんしょくはますます露骨になってきた。
父の行方ゆくえの心配、都に小娘一人住みのあやうさ、とうとう姫も決心して国元へ帰ろうとほとんど路銀も持たずただ一人、この街道をみ出して来たのでした。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
初めは確かに、弟の死を悲しみ、その首や手の行方ゆくえいきどおろしく思いえがいているうちに、つい、妙なことを口走ってしまったのだ。これは彼の作為さくいでないと言える。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
むかしわたしは一匹の猟犬と一頭の栗毛の馬と一羽の雉鳩とをうしない、今でもその行方ゆくえをさがしている。
辰男はしばらく船の行方ゆくえを見入っていたが、乗客の笑い話は静かな空気を伝って彼れの耳にも入った。入日の海や野天の風呂場をも彼れは久しぶりに見下した。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
サン・ミッセルの通りまで行って、例の「シモンヌの家」の人達を見に一寸ちょっと立寄った。そこの亭主は白耳義ベルジック方面の戦場へ向ったぎり行方ゆくえ不明に成ってしまった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
軌道の発見せられていない彗星すいせい行方ゆくえのような己れの行路に慟哭どうこくする迷いの深みに落ちていくのである。
二つの道 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それからのち、誰一人として彼女の姿を見たという者もない。彼女の行方ゆくえも消息もちっともわからない。
「小さい子を一人行方ゆくえ不明にしたと言って中将が憂鬱ゆううつになっていたが、そんな小さい人があったのか」
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
又何時会社をおっぽり出して行方ゆくえをくらますかもしれませんからな。ははは。……しかし、こうなるとやっぱり強情を張って独身を押し通したことを後悔しませんか。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
行方ゆくえも分かぬ、虚空こくう彼方かなたにぎらぎらと放散しているんだ。定かならぬ浮雲のごとくあまはら浮游ふゆうしているんだ。天雲あまぐもの行きのまにまに、ただ飄々ひょうひょうとただよっている……
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
あのあまッ子の行方ゆくえをさがして、どうにかしておめえに詫びが入れてえと、夜の目も寝ずに、寒い寒い江戸の町を、それも、このおれが、大ッぴらにゃああるけねえおれが
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
その船行方ゆくえなくなりてのちは、家に残る人も散々ちりぢりになりぬるより、絶えて人の住むことなきを、この男のきのうここに入りて、ややして帰りしをあやしとてこの漆師ぬしおじが申されし
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
何でも十四五人乗りの大きな帆前船だったが、二人ばかりどうしても行方ゆくえが分らなかった。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
高く強く速く頑張れアルティアスアスフォルティアスモルティアズ中村嬢——とか、様々な文句が書いてあるなかに、Y女子監督が——鯨吠くじらほゆ太平洋に金波照り行方ゆくえ知れぬ月の旅かな——とかいう様な歌を書いているので
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)