草鞋わらじ)” の例文
それで、一般に町人の若い者たちは、心掛けの好いものは、手鍵てかぎ、差し子、草鞋わらじ長提灯ながぢょうちん蝋燭ろうそくを添えて枕頭まくらもとに置いて寝たものです。
そのほか、野袴の者もあれば立っ付きをつけた者あり、下駄唐傘や、菅笠に股引と草鞋わらじなど、まことに異形の姿の者ばかりであった。
『七面鳥』と『忘れ褌』 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
この雨にふり籠められたばかりでなく、旅絵師の澹山は千倉屋の奥の離れ座敷に閉じ籠って、当分は再び草鞋わらじ穿きそうもなかった。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
笠を被り、泥まびれでガワガワになったもんぺを穿いた彼女が、草鞋わらじがけでたくさんな男達を指揮し出すのを見ると、近所の者は皆
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
旅人たびにんだよ、この通り、旅路だから草鞋わらじ脚絆きゃはんという足ごしらえだあな、まずゆるゆるこれを取らしておくれ——それ、お洗足すすぎの用意用意
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とたんにがけの両側からバラバラと飛び下りて来た野袴のばかまの武士、前をふさいで十人あまり、いずれも厳重な草鞋わらじがけ、柄頭つかがしらをそろえて
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを見ていた白山方の人が、急いで自分の草鞋わらじをぬいで、それを樋の端にあてがったところが、それでちょうど双方が平になった。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「宿屋きめずに草鞋わらじを脱ぐ」……母がこんな事を葉子の小さい時に教えてくれたのを思い出したりして、葉子は一人で苦笑にがわらいもした。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そのほかに二人、一人は初めて見る顔で、旅の者らしい、手甲てっこう脚絆きゃはん草鞋わらじをはき、合羽かっぱを着て、頭にちりよけの手拭をかぶっている。
夜の蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もうおひるを少しすぎた。木之助の袂はずしんずしんと横腹にぶつかるほど重くなった。草鞋わらじばきの足にはうっすら白い砂埃すなぼこりもつもった。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
足袋たび草鞋わらじぎすてて、出迎う二人ふたりにちょっと会釈しながら、廊下に上りて来し二十三四の洋服の男、提燈ちょうちん持ちし若い者を見返りて
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
旅の人だか何だか、草鞋わらじ穿かないで、今時そんな、見たばかりで分りますか。それだし、この土地では、まだ半季勘定がございます。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
僕は朝早く弟と共に草鞋わらじ脚絆きゃはんで元気よく熊本を出発った。その日はまだ日が高いうちに立野たてのという宿場まで歩いてそこに一泊した。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「岡っ引に脅かされて獲物を吐き出したとあっちゃ、この東作の名折れだ。今すぐ長い草鞋わらじをはくまでも、そいつは御免蒙ろうよ」
旅行せんとする人はその出発にさきだち、新草鞋わらじをうがちて一度わが家の便所へ行き、しかるのち旅程につくときは無難に帰宅すべし。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
そうこうするうちに日暮れに近かったので、浪花講なにわこうの看板を出した旅人宿を両国に見つけ、ひとまず彼はそこに草鞋わらじひもを解いた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
序でに酒屋へ行って酒を二升、味淋みりんを一升ばかり、それから帰りに半紙を十じょうばかりに、煙草を二玉に、草鞋わらじの良いのを取って参れ
「子犬」といわれて取ってあげるのは、草鞋わらじに子犬が二つむつれている形でした。大きさもほどよく、ほんとに可愛らしいのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
村を逃げだした由平は、足のむくままに吉田よしだへ往って、其処の旅宿へ草鞋わらじを解いた。宿のじょちゅうは物慣れた調子で由平を二階の一間へ通した。
阿芳の怨霊 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
一時は長え草鞋わらじをはいても、いつかはこの土地へ取って返し、縄張りを切り拓いて俺の天下をつくってみせらあ。さあ、行こう。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
遍路のはいている護謨底ごむそこ足袋たびめると「どうしまして、これは草鞋わらじよりか倍も草臥くたびれる。ただ草鞋では金がってかないましねえから」
遍路 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
藤橋十一時昼食をなし、草鞋わらじを買い出発、川を渡りて急峻を攀じ高原へ出でブナ小屋にて休む。弘法、追分小屋等を過ぎ地獄を見物せり。
単独行 (新字新仮名) / 加藤文太郎(著)
吉良は、穿き古した草鞋わらじのような感じの、細長い顔をまっすぐ立てたまま、平茂のことばは、聞こえていて聞こえていなかった。
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私は階下で遅れて夕飯を食べていたが、万年屋はいかにも疲れきった様子で、ドッカリ上り框に腰を下ろすと、もう草鞋わらじを解く勢もない。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
往来はほこりが二寸もつもつてゐて、其上に下駄の歯や、くつの底や、草鞋わらじうらが奇麗に出来上つてる。車の輪と自転車のあとは幾筋だか分らない。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
家鶏にわとりなどが飼ってあり、壁にはみの、笠、合羽、草鞋わらじ、そんなものが掛けてあり、隅には鋤だの鍬だのの、道具が寄せて立てかけてあった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この茗荷谷を小日向水道町すいどうちょうの方へ出ると、今も往来の真中に銀杏いちょうの大木が立っていて、草鞋わらじ炮烙ほうろくが沢山奉納してある小さなお宮がある。
両足がまったくだめで、手に草鞋わらじのようなものをはいている上に、顔じゅうが腐れただれて、ほとんど眼鼻もわからないむごたらしさだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
脚絆に草鞋わらじがけという実誼じつぎなりで一年の半分は山旅ばかりしているので、画壇では「股旅の三十郎」という綽名あだなをつけている。
生霊 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
次の朝は綺麗にれた。雨に洗われた山の空気は、まことに清浄それ自身であった。Mさんはよろこんで、早速草鞋わらじをはいた。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
紺の脚袢きゃはんがまはばきは、ゲートルに、草鞋わらじは、ネイルドブーツに、背負梯子しょいなは、ルックサックに、羚羊の着皮は、レーンコートに移り変る。
案内人風景 (新字新仮名) / 百瀬慎太郎黒部溯郎(著)
一束にした草鞋わらじと一歩一歩踏み昇る場合の足場を掘るためのスコップとを鞍の一端に結びつけて来たのであるが、今、それが私の眼の先で
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
そこへかんとて菅笠すげがさいただき草鞋わらじはきて出でたつ。車前草おい重りたる細径こみちを下りゆきて、土橋どばしある処に至る。これ魚栖めりという流なり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
貧家に人となった尊徳は昼は農作の手伝いをしたり、夜は草鞋わらじを造ったり、大人のように働きながら、健気けなげにも独学をつづけて行ったらしい。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
最後に涼葉りょうよう十七句を調べてみた。「牛」が二頭いる。「草鞋わらじ」と「むしろ」と「わら」、それから少しちがった意味としても「かご」と「かご」がある。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
船中の混雑は中々容易ならぬ事で、水夫共は皆筒袖つつそでの着物は着て居るけれども穿物はきもの草鞋わらじだ。草鞋が何百何千そくも貯えてあったものと見える。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ナラの樹のかたい葉が土地の低みに吹きたまって、ざくりと踏み入ると、千万本の針のような霜柱が草鞋わらじの先に蹴あげられた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
夜が明けますと太郎と二郎と二人して、弁当を腰に下げて、杖をもって、草鞋わらじ穿いて、同じ、扮粧いでたちで出掛たのであります。
迷い路 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そしてよろいかぶとおいの中にかくして、背中せなか背負せおって、片手かたて金剛杖こんごうづえをつき、片手かたて珠数じゅずをもって、脚絆きゃはんの上に草鞋わらじをはき
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
その旅中伊豆の三島から一葉の写真を余の下宿に送ってくれた。それは菅笠を下に置いて草鞋わらじひもを結びつつある姿勢で
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
朝の手水ちょうずを済ませ、浴衣ゆかたがけにパッチ、紺足袋こんたび草鞋わらじばきという、どんなに汗をかいても心配のない、気楽な身ごしらえの出来上ったところへ
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
地球の緯度線が草鞋わらじの爪先に引っかかるわけである、しかも争うべからざるは朝の神秘なり、一たび臨むとき、木偶でくには魂を、大理石には血をあたえる。
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
草鞋わらじばきの古トンビや、市の学校へゆく学生や、大きな風呂敷を脊負せおった行商人たちや、そんなのがウルさそうに電車を見送ってはあるいていた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
「木瓜薊、旅して見たく野はなりぬ」せわしくなる前に、此花の季節きせつを、御岳詣みたけまいり、三峰かけて榛名詣はるなまいり、汽車と草鞋わらじで遊んで来る講中の者も少くない。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
翌朝五時半には、私どもは粉奈屋をった。空は薄く曇っているが、月があるので明るい。新しい草鞋わらじに、少しく湿った土を踏んでゆく心持はよい。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
ラムプを吹消して、手探りで草鞋わらじを穿いて、地面じべたへジカに置いた座布団の上にドッカリと坐って、潜り戸にりかかりながら腕を組んで眼を閉じた。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
こういいながら、男の方は、市九郎の店の前で、草鞋わらじの紐を結び直そうとした。市九郎が、返事をしようとする前に、お弓が、台所から出てきながら
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あられの如き間投詞かんたうしの互にかはされたる後、すゝぎの水は汲まれ、草鞋わらじがれ、其儘奧のへやに案内せられたるが、我等二人はまづ何を語るべきかを知らざりき。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
そなえたる少年、とし二十に余ることわずかなれば、新しき剃髪ていはつすがたいたましく、いまだ古びざる僧衣をまとい、珠数じゅずを下げ、草鞋わらじ穿うがちたり。奥の方を望みつつ
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
警察でも不審をもち、東京の地から草鞋わらじをはいて地方へ出たのかと思って、それぞれに問いあわせてみたが、千太郎はどこにも草鞋をぬいでいなかった。
ヒルミ夫人の冷蔵鞄 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)