硫黄いおう)” の例文
ゆくてに高きは、曾遊そうゆうの八ヶ岳——その赤岳、横岳、硫黄いおう岳以下、銀甲つけて、そそり立つ。空は次第に晴れて山々もあざやかに現れる。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
硫黄いおうを燃せばちょっとのくるっとするようなむらさきいろの焔をあげる。それからどうくときは孔雀石くじゃくいしのような明るい青い火をつくる。
たまり兼ねて起出した様子、——火打鉄ひうちがねの音や、荒々しい足音にも、憤々ふんぷんたる怒りはよく判ります。プーンと匂う、硫黄いおう付け木の匂い。
康頼 でもあの山で硫黄いおうを取って、集めてそれを漁師りょうしの魚や野菜と交換しなかったら、わしたちはどうして生きてゆくのでしょう。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
火口かこういけ休息きゆうそく状態じようたいにあるときは、大抵たいてい濁水だくすいたゝへてゐるが、これが硫黄いおうふくむために乳白色にゆうはくしよくともなれば、熱湯ねつとうとなることもある。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
じつにさまざまな人だったが、硫黄いおう島からよび戻された僧の文観もんかんやら、讃岐さぬきの配所にいた宗良むねなが親王などもそのうちのお一人だった。
硫黄いおうにおいもせず、あおい火も吹出さず、大釜おおがまに湯玉の散るのも聞えはしないが、こんな山には、ともすると地獄谷というのがあって
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少女は、硫黄いおうを採るために来たのだろう。が、硫黄を入れるはこをそばへ置き捨てたまま、いつまでも俊寛が鰤を釣り上げるのを見ている。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ばてれんの前にはまたかまが置かれ、ぐらぐら煮つめられているその硫黄いおうの毒気は、すべてその男の口に当たるように鼻はふさがれている。
欲念、本能的衝動、思想などが、あたかも火山地帯から硫黄いおうの煙が噴出ふきだすように、相次いで飛び出してきた。そして彼はみずから尋ねた。
硫黄いおうのかたまりだよ。これを蜂の巣の下でいぶすんだ。きみたちみたいにただでむかっていっても仕方がない。僕は知恵があるだろう?」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
体がかゆくて困るといわれてうちの代診の工夫で硫黄いおう風呂ふろを立てたこともあり、最上もがみ高湯の湯花を用いたことなどもあった。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「何だろう——」と指に附けて拾って見た、それは硫黄いおうの粉末のような物だった。——敦夫は指で潰したり、においを嗅いだりしていたが、不意に
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もしくはゴム・硫黄いおう等に富み、その郊原には三千万の農夫をしてその業を営ましむべき田地あるの大国なるにかかわらず
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
どうしてこんなにガランとしているのかと思ったが、それはみんな湯川氏が硫黄いおう発見に入れこんでしまうのだった。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ゆで玉子の奇妙な、気持の悪い臭気があたりに充ちていたが、これはこの地に多い硫黄いおう温泉から立ち上るものである。
黄色きいろなすきとおるようなはねは、気味きみわるいほど、つめたく、硫黄いおういろのようにえたのです。はなは、高原こうげんにいる時分じぶんに、たくさんのをばました。
公園の花と毒蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
和尚のはからいに男を伏せてかくまったこの鐘よ、硫黄いおう色のほのおを吐きながらいくめぐり巻くかと思ううち、鐘も男も鉛のようにどろどろ溶けてしまったわ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
もしも木片の頭に硫黄いおうを塗り付けた附木があったら、かがんで頭の髪を灰だらけにする苦しみはなかったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
例のあたかも硫黄いおうのような、蒼光あおびかる焔をたき出したが、さらに一段声を落とすと、膝まで進めていい出した。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
山にのぼって硫黄いおうとやらを取り、商人船の来る度に食物と代えて貰っていたが、体が弱ってからは、網人あみびとや釣人に手をすり合せて、さかなを恵んで貰い、時には貝を拾い
ほのかに硫黄いおうかおりの残っている浴後よくごはだなつかしみながら、二人きりで冷いビールをわした。そのとき彼の口から、この事件の一切の顛末てんまつを聞くことが出来たのだった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
父は洋服に着換る為め、一先ひとまず屋敷へ這入る。田崎は伝通院前でんずういんまえ生薬屋きぐすりや硫黄いおう烟硝えんしょうを買いに行く。残りのものは一升樽いっしょうだるを茶碗飲みにして、準備の出来るのを待って居る騒ぎ。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
硝石しょうせきの精製所も出来ました。硫黄いおうの蒸溜所も出来上りました。機械類の磨き方は、鉄砲師の川崎長門ながとと国友松造という者が来て引受けました。水圧器の組立ても出来ました。
すると、わたしの父は、遠くのほうから、わたしと同じように面白がって、彼らの華やかな、血のような赤い、また硫黄いおうのように黄色い色の飛びかう様を眺めていた。
しかしそんなに眩しいのはその緑色の葉のせいばかりではないかも知れない。その緑の茂みの上に一面に硫黄いおうのような色をした斑点はんてんのようなものが無数にちらついているのだ。
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
トレープレフ アルコールの用意はいいね? 硫黄いおうもあるね? 紅い目玉が出たら、硫黄のにおいをさせるんだ。(ニーナに)さ、いらっしゃい、支度はすっかりできています。
硫黄いおう岳を窮め、十勝とかち岳を窮めて、北海道の中央に連亙せる高山には足跡到らぬ隈もなし。
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)
やや二時間もたったと思うころ、あや目も知れないやみの中から、硫黄いおうたけの山頂——右肩をそびやかして、左をなで肩にした——が雲の産んだ鬼子のように、空中に現われ出る。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「第一に太陽、それから硫黄いおうですよ。ところが、水銀と硫黄との化合物は、朱ではありませんか。朱は太陽であり、また血の色です。つまり、扉のきわで算哲の心臓がほころびたのです」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
坐浴に使う硫黄いおうにおいは忽ち僕の鼻を襲い出した。しかし勿論往来にはどこにも硫黄は見えなかった。僕はもう一度紙屑の薔薇の花を思い出しながら、努めてしっかりと歩いて行った。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「でもまあ、そのためにすぐ天から硫黄いおうが降ってくるわけでもありませんやね」
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
お師匠さまはわたしに取っては仇じゃが、そのお弟子のお前はいとしい。あけても暮れても硫黄いおうの煙りを噴くという怖ろしい鬼界ヶ島、そのような処へお前をやらりょうか。のう、千枝ま。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
消毒の方法は硫黄いおうにてくすべるなりとぞ、さてはと三人顔を見合すべき処なれど、初めより他の注目を恐れてただ乗合の如くによそおいたれば、雑沓ざっとうまぎれて咄嗟とっさの間にそれとなく言葉を交え
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
求めらるるものは幾世紀もかかって積み重ね積み重ねして来たこの国の文化ではなくて、この島に産する硫黄いおう樟脳しょうのう生糸きいと、それから金銀のたぐいなぞが、その最初のおもなる目的物であったのだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たとえば硫黄岳いおうだけとか硫黄山と言っても、それがはたして硫黄を意味するものであるか実は不明である。のみならずむしろあとから「硫黄いおう」をうまくはめ込んだものらしいと思われるふしもある。
火山の名について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
... 黄身の鉱物質はおも硫黄いおうだ」小山「なるほど、第二問に何故なにゆえ玉子を ...
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
平次はお越の後ろ姿が廊下に消えると、踏台を戸棚の前に持って行き、硫黄いおう付け木を一枚灯して、念入りに戸棚の上を調べ始めました。
後世ごせこそ大事なれと、上総かずさから六部に出た老人が、善光寺へ参詣さんけいの途中、浅間山の麓に……といえば、まずその硫黄いおうにおい黒煙くろけぶりが想われる。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昼間はさしては白くもみえない湯けむりが、宿屋の軒にまでモクモクと這いだして、硫黄いおうの匂いまでがなんとなく生新なまあたらしく鼻をうってくる。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
俊寛 (※の中をのぞきこむ。何かいいかけて躊躇ちゅうちょす。やがて思いきりたるごとく)この魚をわしの硫黄いおうえてくれまいか。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
フェレラはその硫黄いおうの灰のような色をしたあごひげを逆になで上げながら横を向いてこうボツボツいった。「あなたに一つお頼みしたいことがありまして。」
部屋の中は硫黄いおうと物の酸敗したような臭気が充満していて、うっかりするとこっちが嘔吐おうとしそうになった。
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ぽつんとしたまっ赤なあかりや、硫黄いおうのほのおのようにぼうとしたむらさきいろのあかりやらで、をほそくしてみると、まるで大きなお城があるようにおもわれるのでした。
月夜のでんしんばしら (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
硫黄いおうを採りに行く時でも、海藻を採りに行くときでも、よく二人きりで行ってしまう。その上、三人でいるときでも、二人はよく顔を寄せ合って、ひそひそ話を始める。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
火山かざん噴出物ふんしゆつぶつ固體こたいほかおほくの氣體きたいがある。水蒸氣すいじようき勿論もちろん炭酸瓦斯たんさんがす水素すいそ鹽素えんそ硫黄いおうからなる各種かくしゆ瓦斯がすがあり、あるものはえてあをひかりしたともいはれてゐる。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
空を飛ぶ鳥も、稀に小さな黒い影をこの沙原に落すことがあっても何等の音もしない。ああ、この白い花、硫黄いおうさらされて、すべての色の死んでしまった後の白い抜殻のようだ。
日没の幻影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
次も同じく越後の事であるが、これは会津八一あいづやいち氏の話を聴いたのである。妙高山の谷には硫黄いおうの多く産する処があるが、天狗の所有なりとして近頃までも採りに行く者は無かった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
硫黄いおうたきで……今夜、今!」島君は太息を吐きながら、「こうしている間も気にかかる! おおどうしようどうしよう!」島君は無残に身を揉んだ。それに連れて丑松は周章あわて出した。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)