真直まっすぐ)” の例文
旧字:眞直
その離れは母屋おもやから庭を隔てて十間程奥に、一軒ポツンと建っている小さな洋館であったが、母屋から真直まっすぐに長い廊下が通じていた。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
金重のった鋏はジョキリと一鋏で真直まっすぐに剪れるので大層に行われました。金重は六十五になりますが、無慾な爺さんでございます。
それで少しくらいの地震があっても、倒れることはない。ただあの塔が真直まっすぐに立っている場合よりも、安定の範囲が狭いだけである。
立春の卵 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
セエラは皆の眼を避けて、真直まっすぐに流し場へ行きました。ベッキイはせっせと茶釜を磨きながら、口の中で何かを口ずさんでいました。
方角も真直まっすぐじゃないが、とにかく見える。もしあなの中が一本道だとすれば、この灯を目懸めがけて、初さんも自分も進んで行くに違ない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
敦夫は外套の衿を立てて雨帽子のひさしを深く引下し、銃を右の小脇に抱えて街道へ出ると、耕地のあいだを真直まっすぐに北へ向って歩きだした。
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかなおこれは真直まっすぐに真四角にきったもので、およそかかかくの材木を得ようというには、そまが八人五日あまりも懸らねばならぬと聞く。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
兼太郎は返事に困って出もせぬ咳嗽せきにまぎらした。いつか酒屋の四つ角をまがって電車どおりへ出ようとする真直まっすぐな広い往来を歩いている。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして、いざこれから精霊の後に随いて出て行こうと身構えした時には、どうやら真直まっすぐに立ってさえいられないことを発見した。
真直まっすぐ、実際の責任者である政府、支配権力に向うだろうか。そこまで万遍なく明快であろうか。まだまだそこまでが一般水準とは言えない。
人民戦線への一歩 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
もう一匹は真直まっすぐに、浅草見附、すなわち今日の浅草橋へさしかかったが、何分にも不意の騒ぎで見附の門を閉める暇もない。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
通路とおりの右になった方は、真直まっすぐになって見渡されたが、左になった方はすぐ折れ曲がっていた。寺の本門ほんもんは左の方にあった。
赤い花 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
本堂の東側の中程に、真直まっすぐに石塀に向って通じている小径こみちがあって、その衝当つきあたりに塀を背にし西に面して立っているのが、香以が一家の墓である。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
また昔から「椿の木と後生願いに真直まっすぐはない」と言うて宗教に熱中する人に模範的人格を備えたものはかえって少ない。
教育と迷信 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
そうしてあなたはあなたの恐るべき罪を青木さんにかけようとしている。余りに罪に罪を重ねるものではありませんか。どうです真直まっすぐに白状しては
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
前の快艇はその漕手らの右の方に曲っていたが、ハンターと私とは、海図にある柵壁の方向へと、真直まっすぐに漕いで行った。
「我々が乳牛院の原で、お待ちうけしていることを、若先生には、ご存じないはずはないのに、どうして、いきなりここへ真直まっすぐに来てしまったのか」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よく捨吉は岡つづきの地勢に沿うて古い寺や墓地の沢山にある三光町さんこうちょう寄の谷間たにあい迂回うかいすることもあり、あるいは高輪たかなわの通りを真直まっすぐ聖坂ひじりざかへと取って
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
草原の上には一本の樹木も生えていなかった。心細いほど真直まっすぐな一筋道を、彼れと彼れの妻だけが、よろよろと歩く二本の立木のように動いて行った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ジャンセエニュ先生せんせいは高い椅子いす姿勢しせい真直まっすぐにして腰掛こしかけていらっしゃいます。厳格げんかくですけれど、やさしい先生せんせいです。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
しかるに彼女の弾丸による創管そうかんは、ほんの少し左へ傾いているが、ほとんど正面から真直まっすぐに入っている。これは違う。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
どっちの道も曲折きょくせつしていて、真直まっすぐはずれを望み得るものはない。どの方を見ても、こんもりとした杉の林が空に魔物が立っているように黒くなって見えた。
悪魔 (新字新仮名) / 小川未明(著)
俺んところはね、研究所の正門の通りね、あれを真直まっすぐ行った左側の「広田屋」っていう荒物屋、その二階だよ」
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
水に不自由がないので、久振りに顔を洗ったり体を拭いたり、洗濯物までしたのは贅沢な仕業であった。十時頃出発して国境を迂回せずに真直まっすぐに登って行く。
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
空穂うつぼ物語の藤原ふじわらの君の姫君は重々しくて過失はしそうでない性格ですが、あまり真直まっすぐな線ばかりで、しまいまで女らしく書かれてないのが悪いと思うのですよ
源氏物語:25 蛍 (新字新仮名) / 紫式部(著)
真直まっすぐなること鉄道線路のごときかと思えば、東よりすすみてまた東にかえるような迂回うかいの路もあり、林にかくれ、谷にかくれ、野に現われ、また林にかくれ
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その小家のあたりから、道は両側とも竹垣にはさまれながら、真直まっすぐに寺の庫裡くりの方に通じているらしかった。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
夕方に散歩をして見ると、作り芝の畠の上などを、虫を追いかけて何羽も飛びまわっている。雨あげくには真直まっすぐな新道を、低くどこまでも走って行くこともある。
ほどよい庭へ真直まっすぐに立ち、きびすそろへ両手を真直に垂れて「気を付け」の姿勢であなたは歌いはじめた。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
箱詰になったような重い空気が街の上にかぶさっている。遠くの煙突から細い煙が真直まっすぐのぼっていた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「橋を渡ったら、土堤を右に行くんだ。それから一軒家のてまえで土堤を下ると、あとは真直まっすぐだ。」
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
太田の宿しゅくにはいる。右へ折れて鉄橋を渡れば、対岸の今渡いまわたりから土田どたへ行けるのだが、それがライン遊園地への最も近い順路であるのだが、私は真直まっすぐにぐんぐんはしらせる。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
かれは寺から町の大通おおどおりに真直まっすぐに出て、うどんひもかわと障子に書いた汚ない飲食店のかどを裏通りにはいって、細い煙筒えんとつに白い薄い煙のあがる碓氷社うすいしゃ分工場ぶんこうじょう養蚕所ようさんじょ
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
希臘ギリシャ彫刻ちょうこくで見た、ある姿態ポーゼーのように、髪を後ざまにれ、白蝋はくろうのように白い手を、後へ真直まっすぐらしながら、石段を引ずり上げられる屍体は、確に悲壮ひそう見物みものであった。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
書生「言わなければ僕らが知ろうはずもない。よほどの御熱心ですな。貴君の顔の前にお登和さんという人の姿がブラ下っていましょう。真直まっすぐに白状なさらんとこの関門を ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それかといって真直まっすぐでもない。心持ち爪先が外を向いたり、内を向いたり、一足毎に一定せぬ。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
彼は、その人達の瞳と、自分のそれとが、はっきりと、真直まっすぐに衝突したのを感じた。そして意識的に、一種媚びを含んだ微笑をすら口元にほのめかして、見せるのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
これからもうパーリーという関所までは大方五、六日の路程みちのりしかないですが、真直まっすぐにパーリーへ行くよりは私はどうもほかの道を通っておでになる方が得策だろうと思う。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
……さっきから聞いとったら、「チーハー」の話をしよったが、どうも、豆八は、「蟻走ギソウ」をやっちょるらしいな。恰度ええ。訊きたいことがあるけ、真直まっすぐに、返事せえよ。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
……それで世の中が無事息災に通って行かれりゃァ、闇夜にぶら提灯は要らねえ理窟だが、どうもうばかりは行かねえ。さあ、恐れ入って真直まっすぐになんでも吐き出してしまえ。
半七雑感 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しろじろとした中にも際立きわだって白い一とすじの街道が、私の行く手を真直まっすぐに走って居た。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私は、地下道へ降りて何も見ずに、ただ真直まっすぐに歩いて、そうして地下道の出口近くなって、焼鳥屋の前で、四人の少年が煙草を吸っているのを見掛け、ひどくいやな気がして近寄り
美男子と煙草 (新字新仮名) / 太宰治(著)
お前の竿の先の見当の真直まっすぐのところを御覧。そら彼処あすこに古い「出しぐい」がならんで、乱杭らんぐいになっているだろう。その中の一本の杭の横に大きな南京釘ナンキンくぎが打ってあるのが見えるだろう。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
海の音をうしろに、鉄道線路を踏切ふみきって、西へやりの様に真直まっすぐにつけられた大路を行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
石橋を渡りて動物園の前へで、車夫には「先へ往ッて観音堂の下辺したあたりに待ッていろ」ト命じて其処から車に離れ、真直まっすぐに行ッて、矗立千尺ちくりゅうせんせきくうでそうな杉の樹立の間を通抜けて
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼女たちの弱つた注意力はそれでも長い廊下を隔てた乳児院の物の気配へと絶えず張られてゐる。いまその廊下を一人の若い看護婦が足音も立てずに真直まっすぐに産児院の方へと歩いて行く。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
この意は時鳥は横一文字に飛ぶものにして雲雀は下より上へ真直まっすぐに上る者なり。故に丁度ちょうど雲雀の上る処を時鳥が横ぎりてあたかも十文字の如くなりたるをいふなり。最も巧妙なる句なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
わたくしんな場合ばあいにいつもはだからはなさぬ、れいはは紀念かたみ懐剣かいけんを、しっかりとおびあいだにさしなおして、いそいで砂丘すなやまりて、おじいさんからおしえられたとおり、あの竜宮街道りゅうぐうかいどう真直まっすぐすすんだのでした。
伝馬町を真直まっすぐに、二人は甲州街道を落ちのびようというつもりでした。二人ともあまり地理に慣れないものですから、道を反対に取違えてしまって小石川の水戸殿の邸前やしきまえへ出てしまったのです。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何でも人間の行くべき処は江戸に限る、れから真直まっすぐに江戸に行きましょうと決心はしたが、この事については誰かに話して相談をせねばならぬ。所が江戸から来た岡部同直おかべどうちょくと云う蘭学書生がある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)