かめ)” の例文
彼は部屋の隅にあるかめの水を汲んで、小坂部に飲ませてくれた。その水は天主閣の軒からかけいを引いて、天水を呼ぶのであると教えた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
同情を呈する事あたはず、いはんや、気宇かめの如くせまき攘夷思想の一流と感を共にする事、余輩の断じて為すこと能はざるところなり。
一種の攘夷思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
かめでも瓶子へいしでも、皆あかちゃけた土器かわらけはだをのどかな春風に吹かせながら、百年も昔からそうしていたように、ひっそりかんと静まっている。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小さな想像のかめには汲みつくすことのできない不思議な海もみた。それは藍色にすんで、そのうへを帆かけ舟の帆が銀のやうに耀いてゆく。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
極性ごくしょうしゅでござったろう、ぶちまけたかめ充満いっぱいのが、時ならぬ曼珠沙華まんじゅしゃげが咲いたように、山際やまぎわに燃えていて、五月雨さみだれになって消えましたとな。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かめ中の名を探る 法王に生れた化身けしんの候補者というのをごく秘密に取り調べて見ると、三人あるいは四人の子供を得ることになるけれども
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
真夏の正午前の太陽に照りつけられた関東平野の上には、異常の熱量と湿気とを吸込んだ重苦しい空気がかめの底のおりのように層積している。
浅間山麓より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
新庄の町はずれに東山ひがしやまと呼ぶ窯場があります。美しい青味のある海鼠釉なまこぐすりを用いて土鍋どなべだとか湯通ゆどうしだとかかめだとかを焼きます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
上ると土砂降どしゃぶりになった。庭の平たいかめの水を雨が乱れ撲って、無数の魚児の噞喁げんぎょうする様にね上って居たが、其れさえ最早見えなくなった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
主人穀賊に彼は誰ぞと問うと、彼こそ金宝の精で、この西三百余歩に大樹あり、その下に石のかめを埋め、黄金中に満ち居る、その精だといった。
谷間の途極ゆきとまりにてかめに落たるねずみのごとくいかんともせんすべなく惘然ばうぜんとしてむねせまり、いかゞせんといふ思案しあんさヘ出ざりき。
頁が足らんからと云うて、おいそれとかめからい上る様では猫の沽券こけんにも関わる事だから是丈これだけ御免蒙ごめんこうむることに致した。
ぎがてにあいちやんは、たなひとつから一かめ取下とりおろしました、それには『橙糖菓オレンジたうくわ』と貼紙はりがみしてありましたが、からだつたのでおほいに失望しつばうしました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
背中のかめの中には木醋から採つたアルコールが入れてあつたので、體の搖れる度にいくらかづつ吹き出すのであつた。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
つぼや、かめや、水差や、陶碗とうわんが、肩の張りと腰のふくらみに、古代の薄明をふくみながら、ひっそりと息づいている。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
米をケメシ(粥飯)に煮てかめに入れてさましてから、同じ量の麹を入れてかきまぜ、何か被せものをして二日ほど置いてから食べるという(農民日録)。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
天地をかしこみ人間の凡愚をわきまえていた。仏教にしても、浄土、法華宗、天台、真宗派別なく参究して、その神髄をんでみな自己の心のかめにたたえていた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小翠は笑い笑いそれを止めて、湯あみをすまし、その後で熱い煮たった湯をかめに入れて、元豊の着物を脱ぎ、婢に手伝わして伴れていってその中へ入れた。
小翠 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
空になったかめは、いずれも毛嫌いされて、家の中には再び入れてもらえず、一旦は公園の中に持ちこまれて、甕の山をきずいたが、万一この甕の山が爆発したら
「あの日足芸があって、友之助ね、ホラ池袋で殺された子供ね、あの子がかめの中へ入ってグルグル廻されるのを見たよ、あの子は本当に気の毒なことだったね」
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その後から金銀細工の鳳凰ほうおうや、蝶々なんぞの飾りを付けた二つの梅漬うめづけかめを先に立てて、小行李とか、大行李とかいった式の食料品や天幕テントなんぞを積んだ車が行く。
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこでその兄の言いますには、「もしお前がこの孃子を得たなら、上下の衣服をゆずり、身のたけほどにかめに酒を造り、また山河の産物を悉く備えて御馳走をしよう」
女は、ぎろりと眼を光らして、売場のかめから、土間につんだ四斗樽までを一巡見まわした。そして
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それはごくふる時代じだいにもあつて、その時分じぶんはたゞおほきなかめつぼあはせて使つかつたのですが、のちには石棺せきかんをまねて、やはり家形いへがたおほきなかん出來できました。(第五十七圖だいごじゆうしちず
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
大きな酒のかめをもって、革具くさい武士たちのあいだで杯を満たしてまわりながら、ふと女は
(新字新仮名) / 山川方夫(著)
「あれには驚きましたナ。イヤどうも腐りが早いので、首は、かめへ入れて庭へ埋めました。手紙はここに持っておりますが、私の身体まで、死のにおいがするようで——」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ドラム罐ではなく、かめ風呂である。ドラム罐の湯は荒々しいが、甕のは当りがやわらかで、彼等は気に入っていた。それから戦友五人と酒盛りが始まった。酒は白酒パイチュウである。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
いつか宝泉寺では、琥珀こはく色の透とほる水飴がかめに一ぱいあるのを持つて来て分けて呉れたことを僕は覚えてゐる。父の居ないときに時折兄と僕とがその水飴を盗んでめた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
空腹を防ぐために子への折檻せっかんをひかえた黄村、子の名声よりも印税が気がかりでならぬ黄村、近所からは土台下に黄金の一ぱいつまったかめをかくしているとささやかれた黄村が
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
其の利益金の三割は必ず金貨にして床下に埋めて在るかめの中に貯えて置きます。此所の田舎いなかの人々はフランス人の文明的仮面をひっぱがした赤裸々の姿を見せて呉れて面白いわ。
母と娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
卓子の上にある、彫刻を施したかめの中には、一輪の素枯れた白薔薇が生けてある。其はなびらは——一つだけ残つてゐたが——皆、香のいゝ涙のやうに落ち散つて、甕の下にこぼれてゐる。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
南岳また年々土中にかめを埋めて鈴虫を繁殖せしめ、新凉の節を待つてこれを知友にわかつ。南岳を知るものの家秋に入つて草虫琳琅りんろうの声を聴かざる処なし。知友また呼ぶに鈴虫の翁を以てす。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
私はよく怒鳴どなられた。そんなとき、私は私自らの心がどれだけひどく揺れ悲しんだかということを知っていた。おさない私の心にあの酷い荒れようが、ひびの入ったかめのように深く刻まれていた。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
むねせまく ふしぎなふるいかめのすがたをのこしてゆくばらのはな
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
夫の万吉が酒のさかな味噌漬みそづけを好きで、しかもそれは田舎いなかの麦味噌のが一ばんよいと、来るとからあちこち頼んであったのをかめにつめ、上の方があいているからといってはまた味噌をつめ足したりした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
棚の上には、伏せた鍋、起した壺、摺鉢すりばちの隣の箱の中には何を入れて置いたかしらん。棚の下には味噌のかめ醤油しょうゆたる。釘に懸けたは生薑擦子わさびおろしか。流許の氷は溶けてちょろちょろとしてどぶの内へ入る。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たもち得ぬ才はたとへばうまざけのれしかめにも似たるこの人
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
マリユスは青銅のかめで、ジルノルマン老人は鉄のつぼであった。
水うちて月の門邊かどべとなりにけり泡盛のかめに柄杓添へ置く
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
かめに肘をば突きまして、若くて綺麗な男をば
かめの中や、革嚢の中にしまってあります。
かめより、はたおもてよりあふれいでぬ。
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
砂石しやせきかめ、木づくりの古椅子。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
かめ
秋の瞳 (新字旧仮名) / 八木重吉(著)
剣利門けんりもんに蛇がいる。長さは三尺で、その大きいのはかめのごとく、小さいのも柱の如く、かしらは兎、からだは蛇で、うなじの下が白い。
娘は例のごとく素焼すやきかめを頭の上に載せながら、四五人の部落の女たちと一しょに、ちょうど白椿しろつばきの下を去ろうとしていた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大蛇だいじゃあぎといたような、真紅まっかな土の空洞うつろの中に、づほらとした黒いかたまりが見えたのを、くわの先で掻出かきだして見ると——かめで。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
米沢から遠くない所に成島なるしまと呼ぶ窯場があります。鉄釉てつぐすりの飴色や海鼠なまこ色で鉢だとか片口だとかかめだとかを焼きます。仕事はまだそこなわれてはおりません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
昼飯を食って汗になったので、天日で湯といて居る庭のかめの水を浴び、とうの寝台に横になって新聞を見て居る内に、い心地になって眠って了うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
封のしてあるかめをよくあらためその封を切ってふたを開けると、欽差駐蔵大臣が象牙の箸を持って、眼をふさぎながら甕の中へ突っ込んで一つだけ摘まみ出すです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)