“狗(いぬ)” の例文
それを嗾(けしか)けられた狗(いぬ)のように、一方ばかり責めるとは何事だ。俺は牛飼を訴えて、村役人がどういうふうに処分するかを見てやるのだ。
成仙 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
で、彼はすっかり満足してにたっと笑いを浮べお尻を上げると、今度はどういうつもりか調理場の方へ狗(いぬ)のようにはいって行くや
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
その頃月が瀬には、俥(くるま)に狗(いぬ)の先曳(さきびき)がついて、阪路(さかみち)にかゝると襷(たすき)に首環(くびわ)をかけた狗が、汗みどろになつてせつせと俥の先を曳いたものだ。
頭髪(かみ)ブラッシに衣服(きもの)ブラシ、ステッキには金物の光り美しく、帽子には繊塵も無く、靴には狗(いぬ)の髭の影も映るというように、万事奇麗事で
旅行の今昔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この点は狗(いぬ)の声雞(にわとり)の声を、異人種がどう聴くかということと比較して見ても解ることで、土地と時代には定まった一つの耳の働きがあるから
けだし三月三日は仏を浴し六月六日は狗(いぬ)を浴する当時の風だったから、自分を仏と崇め、この客を狗と貶(けな)して嘲ったのだ。
が、心着いたら、心弱い婦(ひと)は、得(え)堪えず倒れたであろう、あたかもその頸(うなじ)の上に、例の白黒斑(まだら)な狗(いぬ)が踞(うずくま)っているのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若し此人達がそんな場合に出逢つたら、どんな事をするだらう。どんな態度を取るだらう。言ふまでもなく狗(いぬ)にも劣つた卑劣な挙動をするだらう。
雄が太い声でこけっこっこと云うと、雌が細い声でけけっこっこと云う。まるで余を狐か狗(いぬ)のように考えているらしい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは貴方御無理と申すもの、何も心得ん山出しの老人ゆえ、相手になすった処がお恥辱になればとて誉れにもなりますまい、斬ったところが狗(いぬ)を
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
狗(いぬ)の肝をとりて土にまぜて竃(かまど)を塗るときは、いかなる不孝不順の女人にても至孝至順の人となるといい、五月五日に鼈(すっぽん)の爪を衣類の衿(えり)の中に置けば
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
横幅(よこはゞ)は勝手にまかせ土手のやうに雪にてつくり、その上にちゞみをのばしならべてさらすもあり、かくせざれば狗(いぬ)など蹈越(ふみこえ)てちゞみをけがすゆゑ也。
素直に手をさげて詫びて帰ればよし、さもなくば、おのれの襟髪を引っつかんで、狗(いぬ)ころのように門端(かどばた)へ投げ出すぞ
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
人形は満州へ行った女の人の土産、大きい手まりと、紺色支那やきの硯屏(けんびょう)の前においてある、赤土素焼の二匹の狗(いぬ)と虎の尾は琉球の女の人の土産もの。
初は丁度軒下に生れた狗(いぬ)の子にふびんを掛けるやうに町内の人達がお惠下さいますので、近所中の走使などをいたして、飢ゑ凍えもせずに、育ちました。
高瀬舟 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
彼は売色塲裡(り)に人と成り、此も好色修行に身を抛(なげう)ち、彼も華奢豪逸を以て心事となし、此も銀むくの煙管を路傍の狗(いぬ)に与へて去るの傲遊(がういう)を以て快事となす。
と、折柄(おりから)絶入るように啼入る狗(いぬ)の声に、私は我知らず勃然(むッくり)起上ったが、何だか一人では可怕(おッかな)いような気がして
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
狗(いぬ)奴。胸の悪い、獣にも劣った獣奴。○ああ。無辺際なる精霊。この蛆虫(うじむし)を再び本(もと)の狗の形に戻してくれぬか。
「東門に人有り。その顙(ひたい)は堯に似、その項(うなじ)は皐陶に類し、その肩は子産に類す。しかれども腰より以下は禹に及ばざること三寸。纍々(るいるい)として喪家(そうか)の狗(いぬ)の若(ごと)し。」
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
李典は、書簡を持たせて、使奴につかえば似合う。満寵(まんちょう)には、酒糟(さけかす)でも喰らわせておき、酒樽のタガを叩かせておくとちょうどいい。徐晃(じょこう)は、狗(いぬ)ころしに適任だ。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は九州炭山坑夫同盟の真相を悉(ことごと)く大株主にして其重役なる山木に内通して、予防策を講ぜしめ、又た政府の狗(いぬ)となつて社会主義倶楽部及び我が組合の運動消息をば
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
死牛馬を扱ったエタが、銭にかえて狗(いぬ)一疋を捕え、射しめるべくこれを官人に供したという所為が、当時の僧侶の目より見たならば、いかにも無残に見えたには相違ない。
エタに対する圧迫の沿革 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
ただ一条の灰白(はいじろ)の路(みち)がぼんやりと見えて、提灯の光は彼の二つの脚をてらし、左右の膝が前になり後(あと)になりして行く。ときどき多くの狗(いぬ)に遇(あ)ったが吠えついて来るものもない。
薬 (新字新仮名) / 魯迅(著)
流石(さすが)の目科も持余(もてあま)して見えたるが此時彼方なる寝台の下にて狗(いぬ)の怖(こわ)らしく嘈(うな)るを聞く、是なん兼(かね)て聞きたる藻西太郎の飼犬(かいいぬ)プラトとやら云えるにして今しも女主人が身を危(あやう)しと見
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
時頼、善く聞け、畜類の狗(いぬ)さへ、一日の飼養に三年の恩を知ると云ふに非ずや。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
柱はかたむき廂(ひさし)は破れ、形容枯槁(ここう)して喪家(そうか)の狗(いぬ)の如く、ここらで金をかけて根本的にテコ入れしなきゃ、大変なことになりそうなのですが、そこはそれ誰の持ち家か判然(はっきり)しないものですから
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
狗(いぬ)の肉さえ供物にすれば、悪人の味方もすると云う、賊城隍がある位だから、人間の女房を追い廻した報いに、肘を折られたり頭を落されたり、天下に赤恥を広告する判官や鬼隷(きれい)も少くない。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかしながら『光琳画式』にある画で藍(あい)色の朝顔の花を七、八輪画きその下に黒と白の狗(いぬ)ころが五匹ばかり一所になつてからかひ戯れて居る意匠などといふものは別に奇想でも何でもないが
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
このあたり人け少なく、燈火(ともしび)まばらにして、一方に建てつらねたる造兵廠(しょう)の影黒く地に敷き、一方には街燈の立ちたるが、薄月夜ほどの光を地に落とし、やせたる狗(いぬ)ありて、地をかぎて行けり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
とにかく、江戸の市中を、喰うものも喰わず、喪家(そうか)の狗(いぬ)のように、雪溶けの泥濘(でいねい)を蹴たててうろつき廻っていた。そして、その暮方に、憔悴(しょうすい)しきった顔をして、ぼんやり両国の橋の袂(たもと)へ出てきた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
兵は物言わず馬は舌を縛して嘶(いなな)くを得ざらしめた。全軍粛々妻女山をくだり其状長蛇の山を出づるが如くして狗(いぬ)ヶ瀬をわたった。時正に深更夜色沈々只鳴るものは鎧の草摺のかすかな音のみである。
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ふつと、仲々死ねるものではないやうな気もした。時計を手放した事が、運命的でもあるやうに、喪家(さうか)の狗(いぬ)の如き、しをしをとした昨日までの感情が、少しばかり、酒の酔ひをかりて活々してきた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
杖持ちたる男冷笑(あざわら)ひて、聖母爭(いか)でか猶太の狗(いぬ)を顧み給はん、疾(と)く跳り超えよといひつゝいよ/\翁に迫る程に、群衆は次第に狹き圈(わ)を畫して、翁の爲(せ)んやうを見んものをと、息を屏(つ)めて覗ひ居たり。
蒙古より狗(いぬ)のごとくに吠ゆる風岬(みさき)にありて暗き磯かな
掏摸(すり)や狗(いぬ)のお守番(もりばん)
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
欧羅巴(ヨーロツパ)の外交家達は、その懺悔録の前で、真つ赤になつて馬のやうに鼻を鳴らしたり、狗(いぬ)のやうに取つ組み合を始めるに相違ない。
女児の心得をよくするマジナイに、狗(いぬ)の肝を取って土にまぜ、竈(かまど)を塗るときは必ず孝順のものになるというのもある。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
『本草』に虎が狗(いぬ)を食えば酔う狗は虎の酒だ、また虎は羊の角を焼いた煙を忌みその臭(かざ)を悪(にく)んで逃げ去る、また人や諸獣に勝つが蝟(はりねずみ)に制せらるとある。
もう争うほどの力もない千枝松は、子供につかまれた狗(いぬ)ころのように堤のきわまでずるずると曳き摺られて行った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
鋭次は笑つて黙り、清吉は泣て詫びしが、其夜源太の帰りし跡、清吉鋭次にまた泣かせられて、狗(いぬ)になつても我や姉御夫婦の門辺は去らぬと唸りける。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
汝は折田村で殺そうと掛ったそうだが……まアどうも狗(いぬ)とも畜生とも云いようのない此様(こん)な悪人を……私はマア沢山もない子でございますが、惣領と生れ
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
津田は小林の得意が癪(しゃく)に障(さわ)った。此奴(こいつ)が狗(いぬ)のような毒血を払ってはたして何物を掴(つか)んでいる? こう思った彼はわざと軽蔑(けいべつ)の色を面(おもて)に現わして訊(き)いて見た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こうと知ったら軽井沢で買った二合罎(びん)を、次郎どのの狗(いぬ)ではないが、皆なめてしまうのではなかったものを。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昔々春の末にある一人の狩人が、黒という狗(いぬ)をつれて狩に入り、彦山(ひこさん)に近い山の中で鹿を見つけた。
「あれは白じゃないねえ、阿母(おッか)さん? 最(もッ)と小さい狗(いぬ)の声だねえ? 如何(どう)したんだろう?」
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
市場又は祭礼すべて人の群(あつま)る所へいでゝ看物(みせもの)にせしが、ある所にて余(よ)も見つるに大さ狗(いぬ)のごとく状(かたち)は全く熊にして、白毛雪を欺(あざむ)きしかも光沢(つや)ありて天鵞織(びらうど)のごとく眼(め)と爪(つめ)は紅(くれなゐ)也。
遂には虎(とら)を畫いて狗(いぬ)に類するが如き人出でなむことをおそれ、ここに昔年シヤスレルが審美的華文の弊を論じたる卷(審美學首卷四六面以下)の中より一ひら二ひらを鈔出して
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
長兄(あに)がお由利にやった恋歌も読んでいる。お由利がそれを丸めて捨てたのをちらと見て、後から拾い取って見たのである。——狗(いぬ)のような、と彼は自分の浅ましい行為にも泣いた。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
誰か何時(いつ)やら、政府の狗(いぬ)ぢや無いかと注意したつけが、何(どう)も先生は既に左様(さう)と知つて居られるらしかつたよ、彼時(あのとき)の御返事を見ると——彼程(あれほど)敏慧(びんけい)な頭脳を邪路から救ひ出して遣(や)るものが無ければ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
そこでつくづくと考えて見るに、僕のような全く画を知らん者が始めて秋海棠を画いてそれが秋海棠と見えるは写生のお蔭(かげ)である。虎を画いて成らず狗(いぬ)に類すなどというのは写生をしないからである。
画 (新字新仮名) / 正岡子規(著)