つか)” の例文
そして、濠の腐った水の中に、胸の辺まで、体がつかってしまうのもかまわず、野獣のように、じゃぶじゃぶと渡って行くではないか。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを支那の下男が石油缶へ移して天秤棒てんびんぼうかついで、どこかへ持って行く。風呂につかりながら、どこへ持って行くんだろうなと考えた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
折からの日曜で、海岸へ一日がえりが、むらがかかいきおいだから、汽車の中は、さながら野天のでんの蒸風呂へ、衣服きものを着てつかったようなありさまで。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
風呂につかっていると、ちょうど窓から雨にぬれた山のみどりまゆに迫って来て、父子おやこの人情でちょっと滅入めいり気味になっていた頭脳あたまが軽くなった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
なにしろ沼の水面が、なんにもつかっていないのに、一部分がえぐりとったように穴ぼこになっていたのだ。地球の上ではあり得ない水面の形だ。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
はげかかつた絆創膏が額にぶらぶらしてゐて椀を口に持つて行く度にずぶりと汁の中につかるのや、さすがに成瀬も思はず嘔気を催すのであつた。
癩を病む青年達 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)
吉原土手で辻斬にあったやつがお鉄漿溝はぐろどぶの中へころげこんで、そこに三年三月みつきつかっていたというようなおんぼろ駕籠。
顎十郎捕物帳:23 猫眼の男 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
母娘おやこはいっしょに湯につかったり、香りたかい草木の芽をあしらったひなびた午食をたべたりしたのち、まだ珍らしい山独活やまうどをみやげに屋敷へ帰った。
日本婦道記:糸車 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
まずのぞいて見たほどのものが、風呂桶につかっている米友の顔を、風呂行燈ふろあんどんの光で眺めて、案外の叫びをなしました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
朝の八時といえば、士官や役人や避暑客連中が蒸暑かった前夜の汗を落しに海にひとつかりして、やがてお茶かコーヒーでも飲みに茶亭パヴィリオンへよる時刻である。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
注射が済んで浴室へ行った時、寺田はおやっと思った。淀で見たジャンパーの男が湯槽ゆぶねつかっているではないか。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
おいらの心の臓はね、ひょっとすると、べっとり固まった血のりの中に、ずぶりつかっているようなもんだぜ!
文部視学官の丸山たまき氏は九人の子福者こふくしやで、お湯に入る時には自分が湯槽ゆぶねつかりながら、順ぐりに飛び込んで来る子供達を芋の子でも洗ふやうにあかこすつてやる。
気長にして、ここの温泉につかっていればいいのを、時々、あせって足試しなどするのがいけないのだ。
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
をはるやあいちやんの片足かたあしすべつて、みづなかへぱちやん!あいちやんは鹹水しほみづなかあごまでつかりました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
鮎をけてゐるのであらう、編笠を冠つた背の高い男が、腰まで水につかつて頻りに竿を動かしてゐる。種鮎たねあゆか、それともかかつたのか、ヒラリと銀色のうろこが波間に躍つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
二人は春の日が何時いつ暮れるとも知らぬような心持で、ゆっくりと此の湯槽の中につかって、道後の温泉の回想談やその他取りとめもない雑談をして大分長い時間を此の湯殿で費した。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
水難をおそれるためか、どうかは知らないが、私は性来、水につかる事が大嫌いである、いかに三伏さんぷくの酷暑であっても、海の風に吹かれると私の血は、腹の奥座へ逃げ込んでしまうのだ
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
そこは横浜の磯子いそごの海岸だった。私達は一日じゅう潮水しおみずつかったり潮風に吹かれたりして暮した。そしてその時を境として、私の肉体は生れ変ったように健康になったということである。
行水ぎょうずいの捨て処なし虫の声」虫のに囲まれて、月を見ながら悠々と風呂につかる時、彼等は田園生活を祝した。時々雨がり出すと、傘をさして入ったり、海水帽をかぶって入ったりした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
芋畑のふちで雨が降ればからかさをさして這入るやうな風呂につかれるものか——などと、東京に住んだところで、何うせ長屋風の家より他に知りもしない癖に彼女達は事毎に勿體振つた風を吹かせて
痴日 (旧字旧仮名) / 牧野信一(著)
衣服をえて久し振りに、屋敷の湯につかって化粧けしょうを改めた月江の姿は、今旅から帰った人とも見えず、久米之丞にはまぶしすぎる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これはまさしく熱湯のうちに長時間のあいだ我慢をしてつかっておったため逆上ぎゃくじょうしたに相違ないと咄嗟とっさの際に吾輩は鑑定をつけた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
銅壺どうこつかった酒のかんなどを見ながら、待っているお雪の顔を見ると、意味ありげな目色をして、にやりと笑った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「行って見給え、江戸からのお客というのを途中で迎えて、それを案内してあの辺の名所を見物し、その帰りに塩山えんざんの湯にでもつかってみるも一興であろう」
それが、見世もののおどりを済まして、寝しなに町の湯へ入る時は、風呂のふちへ両手を掛けて、横に両脚りょうあしでドブンとつかる。そして湯の中でぶくぶくと泳ぐと聞いた。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ベルナアルさんは、私の部屋に来る前に、深い雪に蔽われた丘を通って海岸へ下りてゆき、海の水に顎までつかりながらお祈りをしてそれから私の部屋にやって来るのだった。
葡萄蔓の束 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
また、銭湯で湯舟に永くつかり、湯気のふき出している体に冷水を浴びることが好きだった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
到頭とうとう其處そこふかほとんど四五すんおほきないけ出來できて、大廣間おほひろま半分はんぶんつかつてしまひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
清七が母親に抱かれて湯につかっていると、あとから知らない女がはいって来た。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
米国の前国務卿ブライアン氏が、先年西部のあるまちへ講演に出かけた事があつた。ところが、その頃降り続いた雨のせゐで、河が溢れて鉄路レールが水につかつたので汽車は途中で立往生をしてしまつた。
品川へ行く灌漑専用の堀川で、村の為には洗滌あらいすすぎの用にしかならぬ。一昨々年の夏の出水に、村内で三間ばかり堤防が崩れ、つつみから西は一時首までつかる程の湖水になり、村総出で防水工事をやった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
揚子江ようすこうの水でをつかい、大江たいこう河童かっぱといわれたくらいな者で、水の中につかったままでも二タ晩や三晩は平気な男なのである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
両人ふたりは顔を見合せて苦笑しながら小屋を飛び出して、四半丁しはんちょうほど先の共同風呂まで行って、平気な風にどぼりとつかった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いつも、こんな時には留守居役の老女中、お早婆さんが、居睡いねむり半分、仕舞湯しまいゆつかっているはずである。
九州の温泉宿ではまた無聊ぶりょうに苦しんだあげく、湯につかりすぎて熱病をわずらったが、時々枕頭まくらもとへ遊びに来る大阪下りの芸者と口をくほか、一人も話し相手がなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
みぞつかつた麥藁帽子むぎわらばうしが、たけかは一所いつしよに、プンとにほつて、くろになつて撥上はねあがる。……もう、やけになつて、きしきるむし合方あひかたに、夜行やかう百鬼ひやくき跳梁跋扈てうりやうばつこ光景くわうけいで。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
脚の傷口もえきるまでには日数もかかろうが、まず一時の痛みさえんだら播磨へ立つつもりじゃ。ここ五、六日も湯につかって
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが茶碗の中には元からツユが八分目這入はいっているから、迷亭の箸にかかった蕎麦の四半分しはんぶんつからない先に茶碗はツユで一杯になってしまった。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昨日も、そうして、恍惚うっとりとお湯につかっていると、不意に戸があいて、浅吉さんが入って来ましたが、私のいるのを見つけて、きまり悪そうに引返そうとしますから
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
笹村はいつまでも、この部屋につかっていたいような気がした。ことによると、ここはお銀が婚礼の晩に初めてこの家で寝た部屋ではないかというような感じもした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
殊に、その日は、暗いうちから、沼地の葦や水溜りの多い湿地に半日もつかっていたので、急激に容態が悪くなっていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
始めはひざくらいの深さであったが、だんだん腰から、胸の方まで水につかって見えなくなる。それでも爺さんは
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「それだで私も気味が悪くて、帰っているうちに一度もあの人と行き逢わずしまったに。」と母親は親のようなその婆さんのところへつかっている良人のことを悪く言い立てた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
地を掘れば湯が湧いて出る、その湯につかることは誰に遠慮もいらぬことになっている。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
みている間に、そうじゃ、又八の肌着や小袖もある、それを出しておいて上げよう、飯の支度もしておこう。……ゆるりと、湯につかっていたがよい
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左手ゆんでに受ける茶碗の中へ、箸を少しずつ落して、尻尾の先からだんだんにひたすと、アーキミジスの理論によって、蕎麦のつかった分量だけツユのかさが増してくる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
思い切って水につかっているうちに、不思議なもので、お豊は何とも知れない心強さを感じてくるのであります——この冷たい水の中に、もっともまだ秋のはじめで、水が苦になる時でないとはいえ
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼もそこの河につかってこれへ渉って来たので、濡れ鼠であったが、頭部や顔面の血しおは洗われていなかった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
れる」とさも何物をか取ったように云った。やがてみのを着たまま水の中に下りた。勢いのすさまじい割には、さほど深くもない。立って腰までつかるくらいである。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)