おけ)” の例文
上窄うえすぼまりになったおけ井筒いづつ、鉄のくるまは少しけてよく綱がはずれ、釣瓶つるべは一方しか無いので、釣瓶縄つるべなわの一端を屋根の柱にわえてある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
なつかしのプロヴァンスの唄でもうたいましょうか、胸の燃えるような思いで私は風呂おけの中の魚のようにやわらかくくねってみた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
男は立ち止まって、おけを地面におろし、身をかがめて、子供の両肩に手を置き、暗やみの中にその姿をながめその顔を見ようとした。
おけが一つさかさにはめこまれていて、まるで大きな劇場のように、プロンプターのベルが『リーン、リーン』と鳴りひびくのを合図に
夷陵の城はおけの如く敵勢に囲まれている。誰かその鉄桶てっとうの中へ入って、城中の甘寧と聯絡をとる勇士はないか——と周瑜がいうと
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
床板はちょうど塗り上がったばかりのところで、部屋のまんなかには小さなおけと、ペンキと刷毛はけのはいった欠け皿が置いてあった。
「赤城の山独活やまうどの漬です。お摘み下さい。新しくおけから出すと香気は高いのですが、相憎あいにくと、勝手の人間が誰も居らんもので——」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
生徒らはもう大活動、豚の身体からだを洗ったおけに、も一度新らしく湯がくまれ、生徒らはみな上着のそでを、高くまくって待っていた。
フランドン農学校の豚 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「御同様⁉」と五助は日脚を見て仕事にかかる気、寮の美人の剃刀を研ぐ気であろう。おけの中で砥石といしを洗いながら、慌てたようにいい返した。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それも直接消火ひけしの用を足すというよりは、屋根に登って働いている仕事師の身体を濡らすに用いた位のもの……ゲンバというおけを棒でにな
赤いたすきをかけた女工たちは、甲斐甲斐かいがいしく脱ぎてられた労働服を、ポカポカ湯気の立ちめているおけの中へ突っ込んでいる。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
そのまん中には女が一人、——日本ではまだ見た事のない、堂々とした体格の女が一人、大きなおけを伏せた上に、踊り狂っているのを見た。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
誰かが、焼け跡からおけのたがを見つけてきた。それを、そのつないだ帯のさきに結びつけたが、これだけでは、水のなかへ沈んでいかない。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
監督はおけ一杯に水を受取ると、枕木のように床に置き捨てになっている学生の顔に、いきなり——一度に、それを浴せかけた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
わたしたちの子供の時分によく嵯峨桂川あたりからあゆをおけに入れて、ちゃぷんちゃぷんと水を躍らせながらかついで売りに来たものである。
インチキ鮎 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
裾を端折り、襷を掛け、五升だるくらいのおけに向って、小さな腰掛にかけたまま、桶の中へ両手を入れて揉み出しをしていた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鮒は近在でれるのでしょう、大きなおけに一杯入れたのが重ねてあって、俎板まないたを前に、若い男がいつも串刺に忙しそうです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
と言いながら、おまんは隠居所の階下したにあたる味噌納屋みそなやの戸をあけて見せた。味噌、たまり、漬物のおけなぞがそこにあった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こうして、牝牛のおけには、枯草がいっぱいになりました。ニールスは、こんどこそおちついてねられるだろうと思いました。
これの水の中に沈澱させる装置をハナおけ、その前に垂れおけの中で攪拌かくはんするかいのような木をハナ起しというなど、いろいろの道具が具わっている。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ちいさきたならしいおけのままに海鼠腸このわたが載っている。小皿の上に三片みきればかり赤味がかった松脂まつやに見たようなもののあるのはからすみである。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
時代おくれのものと人は呼ぶかも知れぬが、手工の美を今もとどめているのはかかる店ばかりである。杓子しゃくしおけほうき竹籠たけかご
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼は自分がミチの為に湯をんでやり、その脇でおけを片付けたり、掃除の真似事まねごとをして居たことを意識して居なかった。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
たしかに男である、また小供こどもでもない。何かしきりに拾ってはかごおけかに入れているらしい。二三歩ふたあしみあしあるいてはしゃがみ、そして何か拾っている。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
また父親と縁側に東京仕入れのうりを二つ三つおけに浮かせて、皮を厚くむいて二人してうまそうに食っていることもある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そして今彼は、死を——解放を、重すぎるおけの中に入れて運んでいたその少女のことで、頭がいっぱいになった……。
棺はおけを用いず、大抵たいてい箱形はこがたなり。さて棺のまわりに糠粃ぬかを盛りたる俵六つ或は八つをたて立掛たてかけ、火を焚付たきつく。俵の数はしかばねの大小によりことなるなり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
よっちゃんと呼ばれる風呂屋の由蔵よしぞうが、誰かの背中を流しながらちょっと挨拶した。陽吉は黙って石鹸とながふだおけの上に置いて湯槽の横手へ廻った。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あの天狗てんぐの落とし子のような彼のおいたちがすでに仙人せんにんらしい飄逸味ひょういつみに富んでいるが、茶に沸かす川の水の清さをおけの中から味わい分けた物語のごとき
茶の本:01 はしがき (新字新仮名) / 岡倉由三郎(著)
水を入れた大きなおけが室の一方の端に立っていたし、もう一方の端には途方もない大きさの柱時計が立っていた。
それからしりっぱしょりになって、流し場へ、お湯をんだおけを積みあげ、ほどよく配置して、中央へその一党の場席を大きく陣取って待ちかまえるのだ。
油屋は己の所持せる油がほしいためであろうと思い、かつぎたる油おけを地に置き、ひしゃくにてくみ出して油の尽くるに至るも、狐は道を開いてくれぬ。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
さわやかなるはずであるべき天候が、まだなんとなく雲を持って、おけの底のようなこの土地を、ひたひたと上から押してくるようなので、湯の客人もなんだか
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
たとえばわれわれの世界ではおけの底に入れた一升の米の上層に一升の小豆あずきを入れて、それを手でかき回していれば、米と小豆は次第に混合して、おしまいには
映画の世界像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
初時雨はつしぐれと云うのだろう。豆腐屋とうふやの軒下に豆をしぼった殻が、山のようにおけにもってある。山のいただきがぽくりと欠けて四面から煙が出る。風に連れて煙は往来へなびく。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あるすみに小さなおけがおいてあって、中には水につけたえんどう豆と、ふやけたはだか麦の皮が見えた。
カシタンカ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そうしてペチャンコになったゴム人形は、小さくたたんで、どこかへかくしてしまうのだが、湯殿のときには一時おけの中につめて、ふせておいたのかもしれない。
青銅の魔人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おけを作ったり、おひつをこしらえたり、時には近くの村の醤油屋へ臨時の手伝いにやとわれていったりした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
壁ぎわや太い柱の陰におけ馬穴ばけつが汚物をいっぱい溜め、そこらに糞便をながし、骨を刺す異臭のなか
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
彼のいた所からは見えなかったが、その仕掛ははね釣瓶つるべになっているらしく、汲みあげられて来る水は大きい木製の釣瓶おけに溢れ、樹々の緑がみずみずしく映っている。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
一方、炊事場のかまどの灰をかきあつめておけに入れ、井戸水をいれて、黄色のあくをこしらえた。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
わたはまとめて、これは猫にやるのだ。彼は働いているつもりだ。忙しい。泡で白くなったおけの上へのしかかり、一心不乱である。が、着物をらさないようにしている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
さっきもおれアうっかり踏んむと、殺しに来たと思いやがったンだね、いきなりおけの後ろから抜剣ぬきみ清兵やつが飛び出しやがって、おいらアもうちっとで娑婆しゃばにお別れよ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そのござと毛布との外に、小さなおけなべとを持っていて、自分で御飯をたいて食べるのでした。
キンショキショキ (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
また、大池さんの家なんか、路傍みちばたおけを並べて路行く人に小便をさせて、その小便が桶一ぱいになると、それを百姓たちに売ってもうけたのが、いまの財産のはじまりだ。
親友交歓 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あるい畳針たたみばりかって来て畳のおもてえ、又或は竹を割っておけたがを入れるような事から、そのほかの破れ屋根のりを繕うまで当前あたりまえの仕事で、皆私が一人ひとりでして居ました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
汐汲しおくみ」の、「君にや誰かつげのくし、さし来る汐を汲もうよ汲み分けて」のところなどやかましく云って、「月は一つ影は二つ」でおけの中に月のある思いをせよと云ったこと。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
最後には食物がはいっているらしいおけ折櫃おりびつや、いろいろ珍しいものを持った男が並ぶ。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
金魚も肩にかついで売りあるくよりも、夜店に金魚おけをならべて見るべきものであろう。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お作のうちは、その町のかなり大きな荒物屋であった。なべおけ、瀬戸物、シャボン、塵紙ちりがみ草履ぞうりといった物をコテコテとならべて、老舗しにせと見えて、くろずんだ太い柱がツルツルと光っていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)