格子戸こうしど)” の例文
何の気なしに格子戸こうしどを開けて表へ出ると、丁度私のうちの格子窓の所に、変なおじいさんが立止っていますの。三度とも同じことなのよ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は門を入って格子戸こうしどの方へ進んだが動悸どうきはいよいよ早まり身体からだはブルブルとふるえた。雨戸は閉って四方は死のごとく静かである。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
砂きしみのする格子戸こうしどをあけて、帯前を整えながら出て来た柔和な細君さいくんと顔を合わせた時は、さすがに懐旧の情が二人の胸を騒がせた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
或夜あるよ重吉はもう来ないと思った檀那の杉村が突然格子戸こうしどを明ける音に、びっくりして裏口から逃出すと、外は寒い風が吹いている。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
肺患者には無惨なほこりまじりの風が散り残りの桜の花を意地わるく吹きちぎる日の午後、彼は大久保余丁町の綱島家の格子戸こうしどをくゞった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それから、またしばらくの後、或る日私が仕事場で仕事をしていると、一人の百姓のような風体ふうていをした老人が格子戸こうしどけてたずねて来ました。
往来をわずかに仕切る格子戸こうしどをそろりと明けると、なかは、ほのくらく近づくよいを、一段と刻んで下へ降りたような心持がする。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女はそこの入口の雨戸をそうと開け、それから格子戸こうしどを開けて入った。哲郎も続いて入ったが、下の人に知れないようにとせきもしなかった。
青い紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
格子戸こうしどのなかで、旅籠屋はたごやらしい掛け行燈あんどんを張り替えていた。頼む用事があって来た半蔵を見ると、それだけでは済まさせない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それから、ばあさんはやせこけた手でヘンゼルをつかまえると、小さい小屋こやのなかにつれていって、格子戸こうしどをピシャンとしめてしまいました。
お向うというのは、前に土蔵どぞう二戸前ふたとまえ格子戸こうしどならんでいた大家たいけでね。私の家なんぞとは、すっかり暮向きがちがう上に、金貸だそうだったよ。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
聞いてさえきょうもよおしければ妹は如何いかなる人物ならんと好奇心より早く見たくなり窓の格子戸こうしどへ顔を当てて「兄さん、きっとそうでございますよ」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
どうしようか、とまた瞬時立ちすくみ、それから、身を投げる気持で、玄関の格子戸こうしどに倒れかかるようにひたと寄り添い
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
かきがねをあげてとびらを開き、中にはいると、まだ格子戸こうしどがおろされず大ランプがともされてない劇場の箱桟敷はこさじきにはいったのと同じ印象を受けるのだった。
引きちがいに立てた格子戸こうしどまいは、新しいけれど、いかにも、できの安物やすものらしく立てつけがはなはだわるい。むかって右手みぎて門柱もんちゅう看板かんばんがかけてある。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
前に大溝の幅広い溝板どぶいたが渡っていて、いきでがっしりしたひのきまさ格子戸こうしどはまった平家の入口と、それに並んでうすく照りのある土蔵とが並んでいた。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
が、その手もかないのを見ると、手荒に玄関の格子戸こうしどをしめ、やっと門外に退散した。自分はこの時こう云う寄附には今後断然応ずまいと思った。
子供の病気:一游亭に (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、国彦中尉が、最後の西瓜の片を持ったとたんに、玄関の格子戸こうしどがガラリとあいて、大きな声がとびこんできた。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼はその時の幸福を想像して、おどり上がるほどの若々しい力を内に感じながら荒々しく自家うち格子戸こうしどをあけた。
米友は大音を揚げて財布ぐるみそっくりと格子戸こうしどの中へ投げ込むや否や、物にわれるように一目散いちもくさんに逃げ出して来ました。跛足びっこの足で逃げ出しました。
そして雨戸をあけ、格子戸こうしどをあけてはいると、そこでまた、——この格子を閉めよう、と云って格子戸を閉める。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
轟然ごうぜんと駆て来た車の音が、家の前でパッタリ止まる。ガラガラと格子戸こうしどく、ガヤガヤと人声がする。ソリャコソと文三が、まず起直ッて突胸とむねをついた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
入口の格子戸こうしどの上のところに、家に置いているの名札が濃い文字で掲げてあるのに、しかもその女の札は、もう七、八年もそこに住み古しているので、七
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
明るい玄関の格子戸こうしどから家の内へ馳け込むと中のから飛んで出て来た乳母はしっかりと私を抱き締めた。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
後声しりごえはげしく云い捨てて格子戸こうしどがらり明けっ放し、草履ぞうりもはかず後も見ず風よりはやく駆け去れば、お吉今さら気遣きづかわしくつづいて追っかけ呼びとむる二声三声
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
口小言くちこごとをいいながら、みずか格子戸こうしどのところまでってった松江しょうこうは、わざと声音こわねえて、ひくたずねた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
毘沙門びしゃもんかなんかの縁日にはI商店の格子戸こうしどの前に夜店が並んだ。帳場で番頭や手代や、それからむすこのSちゃんといっしょに寄り集まっていろいろの遊戯や話をした。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一枚の板にならべて書いて玄関の格子戸こうしどの上に打ちつけたのはまだ戦争の終らぬころだった。
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
門前払い同様にしたといわれ、ずっと前の家では格子戸こうしどてきり、水をぶっかけようとしたこともあるという。それは何かしら心の安定を失っていたときと見た方がよかろう。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
牛乳屋の硝子ガラス戸のはまった入口のかたわらに、少し奥まったところに格子戸こうしどの玄関が別にあった。そこで案内を乞いながら私ははじめて先生のあの懐かしい面に接したのであった。
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
駕籠は、屋号をしるした行灯あんどんが、ほのかに匂っている一軒の、格子戸こうしどの前に降された。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
これも老舗で、店の正面の神棚に、いつも灯明とうみょうがきらきらしています。その下の格子戸こうしどを透して、大勢の職人が忙し気に働いているのが見えます。そこで乾いた品を少し買います。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
不意に、するすると忍び込みでもするかのように表玄関の格子戸こうしどがあいたんで——。
二階は板戸が締まっていて、電燈の明りも差していなかったが、すぐ板塀いたべいの内にある下の六畳から、母と何か話している彼女の声が洩れた。庸三はほっとした気持で格子戸こうしどを開けた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
玄関の格子戸こうしどがけたたましくあいて、奥さんらしい女の人がいそいで出てきた。
こんにゃく売り (新字新仮名) / 徳永直(著)
私は玄関の格子戸こうしどのそとから呼びかける井田邸の女中さんの声に呼び起された。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
朝食の済むころには、かしらの四、五歳になる男の子が、玄関の格子戸こうしどつかまって、這い上ったり下りたりするのが、まるでお猿のようである。そこへ女中が風呂敷を持ったまま出て来る。
格子戸こうしどを開けて入ったすぐ横の三畳が茶の間になっていて、そこの長火鉢ながひばちの前でおばさんはいつも手内職をしているきりなので、弘は奥の八畳の間を一人で占領して、茶ぶ台を机の代りにして
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
淡泊あつさり仕舞しまふて殊更ことさら土産みやげをり調とゝのへさせ、ともには冷評ひようばん言葉ことばきながら、一人ひとりわかれてとぼ/\と本郷ほんごう附木店つけぎだな我家わがやもどるに、格子戸こうしどにはしまりもなくして、うへへあがるに燈火ともしびはもとよりのこと
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
二階建、格子戸こうしど、見たところは小官吏こやくにん住宅すまいらしく。女姓名おんななまえだけに金貸でもそうに見える。一度は引返えして手紙で言おうかとも思ったが、何しろ一大事と、自分は思切って格子戸をくぐった。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私が格子戸こうしどをあけて上ると、彼女はいつもの通り飛び出して来て、私にしがみ附こうとしたが、私の顔色のただならぬのと、こむらの部分がふくれ上って居るのを見るなり、いきなりひざまずいて
犬神 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
彼女は格子戸こうしどに掴まりながら朗かに微笑ほほえんで出て行った。
街底の熔鉱炉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
門をくぐり、玄関の格子戸こうしどをあけて小声で案内を乞うと、雨戸がしめてあるのか、真暗な奥の間からノソノソと、一人の男が出て来た。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「今朝はもう牛乳はぬきだ。日が当っていてもやっぱり寒い。」と兼太郎は楊枝ようじをくわへて寝衣ねまきのまま格子戸こうしどを明けて出た。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
省三は電車をおりて夕陽の中を帰って来たが、格子戸こうしどを開けるにさえこれまでのように無関心に開けることができなかった。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
身を横にしなければくぐれない格子戸こうしどだの、三和土たたきの上からわけもなくぶら下がっている鉄灯籠かなどうろうだの、あががまちの下を張り詰めた綺麗きれいに光る竹だの
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同門の医師金丸恭順のもとに一夜を語り明かして、その翌日今一度ふるいなじみの多吉夫婦を見に左衛門町の家の格子戸こうしどをくぐったこともある。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
子供たちの群れからはすかいにあたる向こう側の、格子戸こうしど立ての平家ひらやの軒さきに、牛乳の配達車が一台置いてあった。
卑怯者 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そこで、ばあさんは、やせがれた手でヘンゼルをつかむと、そのまま小さな犬ごやへはこんで行って、ぴっしゃり格子戸こうしどをしめきってしまいました。
斜めに見た格子戸こうしど造りの家の外部。家の前には人力車じんりきしゃが三台後ろ向きに止まっている。人通りはやはり沢山ない。
浅草公園:或シナリオ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)