こまぬ)” の例文
なんにもならないで、ばたりと力なく墓石から下りて、腕をこまぬき、差俯向さしうつむいて、じっとして立って居ると、しっきりなしに蚊がたかる。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
暮のやりくりと違つて、こいつは何うやら思案の仕甲斐がありさうです。それを眞似するともなく、八五郎も高々と腕をこまぬきました。
彼は手をこまぬいで島田の来るのを待ち受けた。その島田の来る前に突然彼のかたきの御常が訪ねてようとは、彼も思い掛けなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また、さう云ふものが存在してゐる世の中に、住みながら、教育家とか思想家などと云ふ人達が、晏然として手をこまぬいてゐるのですもの。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
袁世凱の後ろ姿を手をこまぬいて見送った。何故飛びかかって行かなかったのか? 手箱を貰った恩義のためか? いいや決してそうではない。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「はての」——村重は大きく腕をこまぬいた。そして、官兵衛の使命をほぼ察したが、同時に、そこに介在する羽柴秀吉を思いうかべずにいられなかった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こは事難ことむづかしうなりぬべし。かなはぬまでも多少は累を免れんと、貫一は手をこまぬきつつ俯目ふしめになりて、つとめてかかはらざらんやうに持成もてなすを、満枝は擦寄すりよりて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
わが子の命のことは、とにかく、多くの忠臣が、死罪となるのに、腕をこまぬいて、斉興公任せにしておるのも、判らん
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
と私は或晩腕をこまぬいた。もう赤ん坊を抱いていない。男女取り交ぜて十人あるから、大きい奴等が相応役に立つ。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
こまぬきて茫然たる夫の顔をさし覗きて、吐息つく/″\お浪は歎じ、親方様は怒らする仕事は畢竟つまり手に入らず
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ほんとに寶の山に入つて手をこまぬくとは、このことですよ。いくらでも夜學にだつて行けるぢやありませんか。
滑川畔にて (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
自由が身自らそこなわんことを常に喜ぶ専制政府の目から見れば、恐るべきものでありながら、しかも静かに手をこまぬいてるということが七月革命の錯誤であった。
近世きんせいでは、いぬ使命しめいといふこと左迄さまで珍奇ちんきことではないが、それとこれとは餘程よほど塲合ばあひちがつてるので、二名にめい水兵すいへいあやぶみ、武村兵曹たけむらへいそううでこまぬいたまゝじつ稻妻いなづまおもてながめた。
「ふむ、それは困ったことになったな」と、新左衛門は両腕をこまぬいたまま、溜息ためいきを吐いた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
やむをえず、座敷へ戻って腕をこまぬいて考えていたが、俺の胸にあったのは、忿怒でもなく、悲哀でもなく、妬忌ときの念でもなく、どうして体面を膳おうかというそのことであッた。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と藤吉は腕をこまぬいた。と、中庭の植込みを透かして見える置場の横を顎で指しながら
実際、高山を見ること平地の如く、天変と気候とを超越すること金石の如き肉体でなければ、こんなことはできないと、兵馬は手をこまぬいて、空しくその後ろ影を見送るばかりです。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「よいわ。この上は、林右衛門も意地ずくじゃ。手をこまぬいて縛り首もうたれまい。」
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「こういわれてみるとせがれの言う所も無理はない」と両眼を閉じ腕をこまぬきて黙然たり。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
すてが再びとりでの前に立って、例の手をこまぬいて見やった時に、はるかな山平に袴野ノ麿と貝ノ馬介とが、みやこの先刻の女を間に置いて、なにか問答の渡り合いでもしているふうであった。
振返るを見て飯島もハテナと思い、しばし腕こまぬき、小首かたげて考えて居りました。
松島は膝を正して手をこまぬけり、「何卒我が過去の罪は梅子さん、おゆるし下ださい」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
やけに腕をこまぬいて考え込んでいる姿が目に映ったので、退屈男は急に何か素晴らしい奇計をでも思いついたもののごとく、にんめり微笑をもらすと、その武者窓下にぴたり身をひらみつけて
さうして、私が、ほんたうに鎭まつたのをたしかめると、押へてゐた手をゆるめた。それから、二人は、立ち上つて、手をこまぬいて、正氣かどうか怪しむやうに、漠然と迷ひながら、私の顏を眺めた。
こまぬきてたりしがとは云物いふものの五十兩容易よういの金に有ぬ故如何どうしてあなつぐなはん實家へ何とか方便はうべんいふて時借なりとせんものか外に手段しゆだんさらに無しとむねに思へども久八にも夫のみは云出しかねて居たりしを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
憲作は腕をこまぬいて聴いた。時々眼を丸くした。最後に高らかに笑った。
黒白ストーリー (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
あきれたことだ。腕をこまぬいてばかりいて、だれも家の前の歩道を掃くだけの勇気をもっていない。国家も個人もともにその義務を尽くしていない。両者たがいにとがめ合って責を免れたと思っている。
こいつはちょっと難問題だと、腕をこまぬいたまま考え込んだ。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
いかにも腕をこまぬく、とはこのことと思われた。
夢幻泡影 (新字新仮名) / 外村繁(著)
人々は唯手をこまぬいて河の怒りを眺めてゐた。
唯手をこまぬいて悲しげに眺めたことか。
鳥料理:A Parody (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
手をこまぬいてかわらに座すのみである。
水垢を凝視す (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
血汐を浴びて、腕をばこまぬきて
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
尉官は腕をこまぬきて、こもまたやわらぎたるていあらず、ほとんど五分時ばかりの間、互に眼と眼を見合せしが、遂に良人まずびたる声にて
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
野次馬を分けて入ってみると、玉垣の下、紅白の鈴の緒で縛られた堂守の死体を前に、銭形平次は腕をこまぬいて考えているところでした。
また、そう云うものが存在している世の中に、住みながら、教育家とか思想家などと云う人達が、晏然あんぜんとして手をこまぬいているのですもの。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
甲野さんは首を壁に向けたまま、宗近君は腕をこまぬいたまま、——時計はきちきちと鳴る。日本間の方で大勢が一度に笑った。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこへ登って来た政子が、自分の前にあるのも知らずに、彼は、御堂のぬれ縁に腰かけたまま、こまぬいて俯向いていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こまぬきて茫然ぼうぜんたる夫の顔をさしのぞきて、吐息つくづくお浪は歎じ、親方様は怒らする仕事はつまり手に入らず
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
素破すわとばかりに振り返って見ると、白井誠三郎が袈裟に斬られ朱に染まってたおれていた。そうして彼のすぐ背後に鏡葉之助が腕をこまぬき黙然として立っていた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
されど狼狽うろたへたりと見られんは口惜くちをしとやうに、にはかにその手を胸高むなたかこまぬきて、動かざること山の如しと打控うちひかへたるさまも、おのづからわざとらしくて、また見好みよげにはあらざりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
士官しくわん水兵すいへいいさましきはたらきぶりはまでもない。よし戰鬪員せんとうゐんにあらずとも如何いかでかこまぬいてらるべきぞと、濱島はまじまも、わたくしも、おも上衣うわぎけて、彈丸だんぐわん硝藥せうやくはこぶにいそがはしく。
単に手をこまぬいていて時機を逸したのだが、それを一向に惜しかったとも思っていない。元来一理窟ねないと気の済まない男だ。一生涯に関係する就職の問題だから、無論手間がかゝる。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「ふむ、そうか」と、小平太は腕をこまぬいで考えこんだ。そういうことがあるとすれば、いっそここでこの女に大望を打明けて、その手蔓てづるで何事かを聞きだすようにしようかとも思ってみた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
夕ばえの富士の雪とも見るべき神々しき姉のおもてを仰ぎて、剛一は、うでこまぬきぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
圭一郎は默然として手をこまぬき乍ら硬直したやうになつて日々を迎へた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
こまぬいて居たりけり翌日伊勢屋の養子千太郎は我が爲に久八が昨日きのふ始末しまつと夜の目もあはず少しも早く六右衞門にあうて實をあかさんと首尾しゆびせしかたくを出でて本石町なる六右衞門の宅へいたり久八に逢度あひたき由を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と言った米友は、腕をこまぬいて考え込んでしまいました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なんにもならないで、ばたりとちからなく墓石はかいしからりて、うでこまぬき、差俯向さしうつむいて、ぢつとしてつてると、しつきりなしにたかる。
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
彌次馬を別けてはひつて見ると、玉垣たまがきの下、紅白の鈴の緒でしばられた堂守の死體を前に、錢形平次は腕をこまぬいて考へて居るところでした。