くく)” の例文
「灰が湿しめっているのか知らん」と女が蚊遣筒を引き寄せてふたをとると、赤い絹糸でくくりつけた蚊遣灰がいぶりながらふらふらと揺れる。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
建築用けんちくようの木材は火にてき切り又は打製石斧いしおのにてたたりしなるべし、是等をくくり合するには諸種のなわ及び蔦蔓つたづるの類を用ゐしなるべし
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
首をくくりつけた板は、明かに舟にしたもので、その船首に当る箇所には、船名のつもりか、筆太に「獄門舟」としるされてさえいた。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
猪の焙肉あぶりにくや、薄焼や、干飯ほしいやかち栗、乾した杏子あんずなど、それぞれの包みを中に入れて巻き、それを背負えるようにしっかりとくくった。
政公の両腕は後ろへくくり上げられている。そこから長さ一丈ばかりになる一条の縄がつづいて、それが竜之助の片手に取られている。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
松の内の登城ですから、無論式服、熨斗目のしめかみしも長袴ながばかま、袴のくくりは大玄関の板敷へ上がるとすぐに下ろしてすそを曳くのが通例でした。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何だ小説なんかという高のくくりようは出来るものではない、一つの作品ごとにこんどは気をつけて書いてやろうという気がなかったら
陶古の女人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
下衣こいを脱ぐと帯で背中にくくりつけ、半裸の妙な風体で水の中に跳び込んだ。汗を流したやさきではあったが、夜の水は骨を刺した。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
潰してはいられないぞ。三つ股の兄哥あにき、この道人を引っくくってくれ。寺社のお係りへ渡して、いわしくわえさして四つんいに這わしてやる
小初は電球をひねって外出の支度をした。箪笥たんすから着物を出して、荒削あらけずりの槙柱まきばしらなわくくりつけたロココ式の半姿見へ小初は向った。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼は背中でくくりあげてある袖の結び目を解きはなち、狭窄衣を振りほどいてしまうと、長いことじっと看視人のいびきに耳を澄ましていた。
らない、という風に相手は首をうごかした。鷲尾は赤ン坊を自分の背にくくりつけ、腕木に腰かけながら、フッと窓外を見ようとした。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
母は枕もとの看護婦に、あとの手当をして貰いながら、昨夜ゆうべ父が云った通り、絶えず白いくくり枕の上に、櫛巻くしまきの頭を動かしていた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ナオミが使を寄越さないのは、事にったら事件を軽く見ている証拠で、二三日したら解決がつくとたかをくくっているんじゃないかな。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
声をあげ首を左右に振る口にハンカチを押しこみ、スカーフか手拭いで上からかたくくくって、その呻きを聞きながら行為を終えたりした。
愛のごとく (新字新仮名) / 山川方夫(著)
真黒まっくろの木綿著物——胸の釦をはずして幅広の黒帯をだらしなく腰のまわりにくくりつけ、入口へ来るとすぐに老栓に向ってどなった。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
妻の肉体は私の思いのままと高をくくっていた私の楽観を裏切って、ドローレスが最初の約束を真っ向から実行に移してきたことであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
警察に命じて容赦なく引っくくらせて、貴様の口をふさいで見せるぞ……という威嚇も、その兇悪な面構つらがまえの中に含んでいるようだ。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は夫婦仲好のまじないと云って誰でも探すと笑いつゝ、松にじ上り、松葉の二つい四本一頭にくくり合わされたのを探し出してくれた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
鼻環はなかんは、木綿もめん針を長さ八分ほどに切り落とし、真んなかを麻糸でくくった撞木しゅもく式。テグスの鈎素はりすへ、鈎を麻で結びつけた鈎付け。
想い出 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
婿一人の小遣こづかい銭にできやしまいし、おつねさんに百俵付けをくくりつけたって、からだ一つのおとよさんと比べて、とても天秤てんびんにはならないや。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
美人の一声 それからその美人が門口の紐でくくってあるテントのひらきを明けてこっちへ進んで来てその犬を一声叱り付けますと
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それを防ぐには空気を吹込んだ後鳥の喉を糸でくくらねばならんがマサカ糸で括った鳥はあるまい。君のはなしは随分訳が分らんよ
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ちまたでは、行逢ゆきあう人から、木で鼻をくくるような扱いを受けた殺気立った中に、何ともいえぬ間の抜けたものも感じられる、奇怪な世界であった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
(あゝもうだめだ、おれの講演を手をたたいて笑ったやつはみんな同類なのだ。あの村半分以上引っくくらなければならない。もうとても大変だ)
税務署長の冒険 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
因って竜一人ともしてラの宅に近づくと、暫く待っておれ、我は先入って子供が汝を食わぬよう縛り付けて来るとて宅に入り太縄で子供をくく
巾着もダラコも同じもので、巾着の形は近い頃まで、口をくくれば薺の実のように三角になるものが、子供や年寄に愛好せられていたのである。
俥に乗るほどのこともなかろうと高をくくってブラ/\歩き始めたが、伊賀の上野はそのお手本の東京の上野よりか余程広い。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
五、六枚畳んで重ねられた蒲団の上には、角材をそのまま切って、短冊形の汚れた小蒲団をくくりつけた枕が置かれてある。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
そこへいってみれば、大体どうすればいいかがひとりでに分かってくるだろう位に、僕はいつもの流儀で高をくくっていた。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
少くとも自分等全軍を鏖殺みなごろしにすることの出来るく能く十二分の見込が立た無くては敢てせぬことであると多寡をくくって
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
兜はなくて乱髪がわらくくられ、大刀疵たちきずがいくらもある臘色ろいろ業物わざものが腰へり返ッている。手甲てこうは見馴れぬ手甲だが、実は濃菊じょうぎくが剥がれているのだ。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
ボタンで止めるのでもなければ、紐でくくるのでもない、ゴムの帯が附いていて、すぽっと足の入るやつ、あれであった。
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
腰にくくってある紫の風呂敷が、揺れると、強烈な色彩の波動バイブレーションが、流水の震動と一つになって、寂しい谷が、ぱっとなる。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
木で鼻をくくったような態度で面白くもない講釈を聞かされ、まかり間違えば叱言こごとを喰ったり揚足を取られたりするから一度で懲り懲りしてしまう。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
わしは女などと云うものは、酒や煙草たばこなどと同じに、我々男子の事業の疲れを慰めるために存在している者に過ぎないとまで高をくくっていたのです。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一壜の液体をのみすと、彼は前にあるくくりづけの蜜柑箱のように四角な卓子テーブルの上に両肘りょうひじをついてガバとおもてを伏せた。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「そういう口で、何で包むもの持って来ねえ。糸塚さ、女﨟様、くくったお祟りだ、これ、敷松葉の数寄屋すきやの庭の牡丹に雪囲いをすると思えさ。」
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
飛騨生活の形見として残った烏帽子えぼしを片づけたり無紋で袖のくくってある直衣のうしなぞを手に取って打ちかえしながめたりするお民と一緒になって見ると
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これは唐人とうじんの姿をした男が、腰に張子はりこで作った馬の首だけをくくり付け、それにまたがったような格好でむちで尻を叩く真似をしながら、彼方此方あっちこっちと駆け廻る。
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
両足をくくって水に漬られているようなもので、幾らわたしが手を働かして泳ぐ積りでも、段々と深みへ這入って、とうとう水底みずそこに引き込まれるんだわ。
いじらしい笑みを浮かべて時たまの夢に現われるだけになってしまうだろう——そんなふうに彼は高をくくっていた。
以前のお葉ならば、「お前がいやだからさ」と、木て鼻をくくったようにすげなく断ったかも知れぬ。が、今はうでない。彼女かれは優しく重太郎の手をった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
細い紐は母親の体にくくり付けている。呼吸をするたびに、弱々しい胴骨がびくりびくりとやみに浮き上るようだ。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
廊下から掛った鍵をひねって三階の表部屋をあけると、緑色のドレスを着けた娘が手足をばくされて椅子にくくりつけられたまゝ、部屋の隅に小さくなっている。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
お堂の中には、小指の先ほどのくくざるや、千代紙で折った、これも小さな折鶴おりづるつないだのが、幾つともなく天井から下っています。何を願うのでしょうか。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
巨大な臀部でんぶはにわかにくくれ、S形の腰を呈していた。ピッチリ合わされた股と股、肉が互いに押し合っていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
榾を運んで仕舞つたら楔で割つたのを二本三本づつ藤蔓の裂いたのでくくりはじめた。兩端を括つて立て掛ける。餘つ程重さうである。これが即ち炭木である。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
三人は果物包を下駄の台がくくってころがされていた傍へこっそり置いて、いくつもお辞儀をしてそこを出た。
道づれ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
新宮しんぐうの町の店先きにツバキの生葉を十枚ずつくくって売っていたのを見たのでそれは何にするかと聴て見たら
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)