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御自分
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ごじぶん
ふいと
立つて、「
一所に
來な。」で、
通へ
出て、
右の
濱野屋で、
御自分、めい/\に
似合ふやうにお
見立て
下すつたものであつた。
私が
事と
言へば
御自分の
身を
無い
物にして
言葉を
立てさせて
下さる
御思召有難い
嬉しい
恐ろしい、
餘りの
勿躰なさに
涙がこぼれる
かかる
艱苦の
旅路の
裡にありて、
姫の
心を
支うる
何よりの
誇りは、
御自分一人がいつも
命のお
伴と
決って
居ることのようでした。
その
脊中の
模樣が
一組の
其他のものと
同じことであつて、
女王樣には
何れが、
園丁か、
兵士か、
朝臣か、
又御自分のお
子供衆のお
三方であつたかを
『あゝ
貴方も
此へ
入れられましたのですか。』と
彼は
嗄れた
聲で
片眼を
細くして
云ふた。『いや
結構、
散々人の
血を
恁うして
吸つたから、
此度は
御自分の
吸はれる
番だ、
結構々々。』
玄竹さまは、わたくしがお
火のことをおしと
言つて、ひをしと
訛るのをお
笑ひになりますが、
御自分は、しをひと
間ちがへて、
失禮をひつれい、
質屋をひち
屋と
仰しやいます。ほゝゝゝゝゝ。
早速王は
御自分の作つた詩を見せたいと
思召したから、王
偶然にも
船の
惡魔が
御自分に
祟つたものであらうか。
同道にて忠兵衞の
宅に到り私しは赤坂表町家主長助と申す者なりと
初對面の挨拶も
濟扨段々と此お光より
承まはりしに
御自分事八ヶ年以前八月廿八日
未明に平川天神御參詣の
折節麹町三丁目
町醫師村井長庵にお
逢なされしとの事道十郎殿
寃の罪に
墮りしも長庵は其
朝不快にて
臥り居り弟の
見送にさへ出る事
能は
指導役のお
爺さんはそんな
御愛想を
言いながら、
教え
子の
少女に
水をすすめ、
又御自分でも、さも
甘そうに二三
杯飲んでくださいました。
御自分はかくし
給へども、
他所行着のお
袂より
縫とりべりの
手巾を
見つけ
出したる
時の
憎くさ、
散々といぢめていぢめて、
困め
拔いて、
最う
是れからは
決して
行かぬ
『ああ
貴方もここへ
入れられましたのですか。』と
彼は
嗄れた
声で
片眼を
細くして
云うた。『いや
結構、
散々人の
血をこうして
吸ったから、こんどは
御自分の
吸われる
番だ、
結構々々。』
「
媼さん、
又豆府か。そいつを
食はせると
斬つ
了ふぞ。」で、
豫てこのみの
長船の
鞘を
拂つて、
階子段の
上を
踏鳴らしたと……
御自分ではなさらなかつたが、
當時のお
友だちもよく
話すし
つまり
自然界の
仕事は
幾段にも
奥があり、いかに
係りの
竜神さんでも、
御自分の
力のみで
勝手に
雨を
降らしたり、
風を
起したりはできないようでございます。
御自分の
口から
出てゆけとは
仰しやりませぬけれど
私が
此樣な
意久地なしで
太郎の
可愛さに
氣が
引かれ、
何うでも
御詞に
異背せず
唯々と
御小言を
聞いて
居りますれば、
張も
意氣地もない
愚うたらの
奴