ゆる)” の例文
それより目がどんよりとち込んで、ちからのないゆるみを帯びていること、ものを正視するに余りに弱くなっていることに感づいた。
(新字新仮名) / 室生犀星(著)
此処ここは河だと考えたが、急に畳の上にでも居るようなゆるんだ気持になって、その儘、倒れると水を呑んで悶掻もがいたが、死んでしまった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
軍服を着て上官の小言を聞いている時と大抵同じ事ではあるが、少し筋肉がゆるんでいるだけ違う。微笑の浮ぶのを制せないだけ違う。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
ただこれあるがゆえに、攻城の士気はゆるまなかった。そしてなお半歳もかかったが、よく三木城の堅守けんしゅおとし得たともいえると思う。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蝶子さん、だが、弓も張り拡げたまゝでは、ついにゆるみが来てしまいます。手鞠てまりもつき続けていれば、しまいにははずまなくなります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼は九十に近い老齢になつても、きちんと居ずまひを正して、少しのゆるみをも見せない国師の前に坐つて、丹念に像を刻み出した。
飛び下りる心構えをしていたすねはその緊張をゆるめた。石垣の下にはコートのローラーが転がされてあった。自分はきょとんとした。
路上 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
うだ、んだとへば、生死いきしにわからなかつた、おまへ無事ぶじかほうれしさに、張詰はりつめたゆるんで落胆がつかりして、それきりつたんだ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しかし品夫は依然として手をゆるめなかった。相手の腕の力が抜けて来れば来るほど、スブスブスブと深くメスを刺し込んで行った。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「君は何故なぜ、最後の一歩というところで追求をゆるめたのだ?」と熊城はさっそくになじり掛ったが、意外にも、法水は爆笑を上げて
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
神には撃たれ友には誤解せらる、みずから自己のために弁明するもすこしの効なく、神の我を苦むる手はゆるまず友の矢はますますしげきたり注ぐ。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
蝮蛇のうちにも毒質のおいのとすくないのがありましてアルコールや焼酎へ漬けた時肉の縮まるのは良いし肉のゆるむのは悪いと申します。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
うもゆるみますと、到底とてももとやうしまわけにはまゐりますまいとおもひますが。なにしろなかがエソになつてりますから」とつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
自分の考えでは温浴のために血行がよくなり、肉体従って精神の緊張がゆるんで声帯の振動も自由になるのが主な原因であるまいかと思う。
電車と風呂 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
厳重にゆわえたようでも、引窓の綱にはかなりのゆるみがあり、上からコジられるごとに、隙間は少しずつ大きくなって行きました。
私達の病室のある二階へ通じる階段を昇ろうとして機械的に足をゆるめた瞬間、その階段の一つ手前にある病室の中から、異様な
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
初めの中はさうでもなかつたが、だん/\居慣れて来るに従つて、心にいくらかゆるみが出来たものか、私は時々居眠りをする様になつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
めばことをもくなり。彼が手玩てすさみと見ゆる狗子柳いのこやなぎのはや根をゆるみ、しんの打傾きたるが、鮟鱇切あんこうぎりの水にほこりを浮べて小机のかたへに在り。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
大いにテレて力がゆるむ隙を、得たりと振りもぎって前にのがれようとしたが、真三郎が何に怖れたか、急に方向を転じて、後ろへ逃げて
それはその時故郷の声が、ひときわ高く聞こえて来るからであった。しかしすぐに歩みをゆるめ、さも苦しそうにあえぎ声をあげた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
安心しきって、心の張りがすっかりゆるんでしまったからだ。そして妾の心が弛むことは、あの人の妾に対する興味がさめることなんだから。
彼は大きな椅子の凭れに埋まったまま、両肘を張り、両の握り拳の背を目にあてて、黒ずみゆるんだまぶたを、ゴシゴシとこすった。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もう大丈夫と思って、それまでは張りつめていた心をすこしゆるめたのがいけなかった。それで急に頭がフラついてきたのだ。
人体解剖を看るの記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「あゝ君は一つ囃子方はやしかたになり給へ。」遠野が道助に云つた。道助は漠然と微笑ほゝゑみながらバネのゆるんだ自働人形のやうに部屋の中を歩き廻つた。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
末期養子の禁は爾後じご次第にゆるんで、天和年間に至ると、五十歳以上十七歳以下の者の末期養子でも、「吟味之上可之」
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
而してこの懐胎は八犬子を生む為にあらずして、そのじつ、宿因の満潮を示したるものなり。これよりして強く張りたる弦はゆるみはじめたるなり。
同じ秩父銘撰の着物の半襟のかかったのに、引ッかけに結んだ黒繻子の帯のゆるみ心地なのを、両手でキュウとめ直しながら二階へ上って行く。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
長「旦那……高言か高言でねえか打擲ぶんなぐってごらんなせい、打擲って一本でも釘がゆるんだ日にゃア手間は一文も戴きません」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
すると、ゆるんだ障子の根に添って見覚えのねずみがちょろちょろと這い出て来ると梶を見詰めたままじっと様子を伺っていた。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
されど告げよ——若し心安きあまりにわが手綱ゆるみなば請ふ友として我を赦し、今より友いとして我とかたれ 一九—二一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
これ 殿下に丁寧に忠告する処なり。今貴国の幸福なる地をして兵乱のため荒廃せざらしめんと欲せば、異国の人を厳禁する法をゆるめ給うべし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
はげしい格闘が、じきに二人のあいだに初まった。小野田が力づよい手をゆるめたときには、彼女のびんがばらばらにほつれていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
仏教の干渉かんしょう介助かいじょが始まってこの作法のややゆるんだ頃に、すなわちかの多くの水の神が妻をもとめる話は起ったのであろう。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「今度は、」と堅く噛んでゐた下唇をゆるませて彼は云つた。「ちよいと私の鞭を取つて下さい。生垣の下にあります。」
丸尾夫人にしても、カン/\になって後を追って来たものゝ、上り込んでしまって、下にも置かないように扱われたら、張り詰めていた気がゆるんだ。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
程経て次第に警備ゆるみて候得者さふらへばそのゝちは心安くかの御許おんもとへ通ひ候、然者しかればこれは去年の秋より実に一年後のこと也
どういう顔をしていただろうか。日常のゆるんだ心にも主のほかむことはできなかったのだろうか。そして肉体の中にも?——私には分らないのである。
篠笹の陰の顔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
どちらかといえばぼくはすぐ夢中になりやすい人なつっこい甘えん坊で、ちょっとタガをゆるめるとすぐに流れ出し、全身で相手にもたれかかってしまう。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
お葉は初めて手をゆるめた。荒鷲の爪から逃れ出たぬくどりのように、冬子は初めてほッと息をいたが、髪を振乱ふりみだした彼女かれの顔には殆ど血色ちのいろを見なかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
少女は再び身を起して、我に光明を授け給へと唱へかけしが、張り詰めし氣やゆるみけん、小舟の中にはたと伏し、舷側ふなばたなる水ははら/\と火花を飛しつ。
さなきだにやみ疲れし上に、嬰児みどりごを産み落せし事なれば、今まで張りつめし気の、一時にゆるみ出でて、重き枕いよいよ上らず、明日あすをも知れぬ命となりしが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
激動からさめて心の張りがゆるむと、私はまず、撲ぐられたり蹴られたりしたところの痛みを感じ出してきた。櫛が折れて頭に傷をつけていたこともわかった。
おことこゝろさへかはらずば、女々めゝしい臆病心おくびゃうごゝろために、敢行してのくる勇氣ゆうきさへゆるまなんだら、此度このたび耻辱はぢのがれられうぞ。
恐らく洗煉琢磨せんれんたくまされ、その表現の一々がテエマにたいして少しの無駄むだも、少しのゆるみもなく、簡潔緊張かんけつきんちやうきはめてゐるてんに於て、志賀氏の作品程さくひんほどなのはありません。
三作家に就ての感想 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
しかし窓は一つも開かれず、戸口は一つもゆるめられなかった。夜明けではあったが、目ざめではなかった。
二人は四ツの手を掴み合ったまま、身をかがめて互に隙を窺っていた、早く力のゆるんだ方が喉を絞め上げられるのだ。息を殺して寸分の隙も無く組み合っている。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
しょせん水戸斉昭の尊王攘夷は天保薪水令(一八四二年)和親条約(一八五三年)と、鎖国厳制をゆるめては蹂躙じゅうりんし去った幕閣にたいする幕府祖法の怒りであった。
尊攘戦略史 (新字新仮名) / 服部之総(著)
(といっても、其の動作は余り速くなく、ぜんまいのゆるんだ機械玩具のような奇妙なのろさであった。)
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
吾人われわれは、いくらか名前を知られ、人の尊敬をるようになると、たちまちもうらくなったような気がして、心がゆるみ、折角せっかく青年時代に守り本尊としていた理想を
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「まあいいや。それは思い違いと言うもんだ」と、その男は風船玉のしぼむ時のように、張りをゆるめた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)