小舎こや)” の例文
旧字:小舍
私が若い頃登った山には、番人のいる小舎こやが極めてすくなく、大体水に近い場所にテントを張り、飯をたいて食事をしたものである。
飢えは最善のソースか (新字新仮名) / 石川欣一(著)
かくして三時ちかく峠の小舎こやにたどりついた。海抜六千尺。小舎は富士などの室のように、山かげに風をさけた細長い一つ家だった。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
私はそのくびから鉄鎖てつぐさりを取り、羊飼ひつじかいに手伝わせて、ロボをブランカの死体をおいた小舎こやへ運び入れて、そのかたわらにならべてやった。
牧場、牧舎の見廻りが一通り済んで、小舎こやへ帰って、二人水入らずの晩餐ばんさんの後、番兵さんは一個の曲物まげものを、茂太郎の前に出して言う
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
スパセニアが番人にいい付けて、水門を開いて水を落して見せるのだと、私たちを離れてはるかの小舎こやの方へ駈け去っていった時でした。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
このとき、ちょうどおなむらんでいる、ひとのいいおじいさんが、やま小舎こやでおそくなるまではたらいて、そこをとおりかかったのであります。
いいおじいさんの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
荒れ果てて昔のおもかげもない、むさくるしい小舎こやの中で、初めて観る西洋映画は、現実からはづれたやうな奇妙な感じだつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
「うむ、馬を小舎こやに繋いで置いたから、急いで牡蠣を一ますやつてくれ。」フランクリンはかう言つて、亀縮かじかむだ掌面てのひらおとがひを撫でまはした。
それでいざやろうという段になると、君が物置みたいな所から、切符売場のようになった小さい小舎こやを引張り出して来るんだ。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ところがこれを聞くと、お婆さんは大層おこってしまいまして、小さな小舎こやから出て来ると、橋のまん中に立って怒鳴りました。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
樺林かばばやしひらいて、また一軒、熊笹と玉蜀黍とうもろこしからいた小舎こやがある。あたりにはかばったり焼いたりして、きびなど作ってある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
椰子の葉で屋根をふいた、小さい見すぼらしい小舎こやに棲んでいるが、やりや刀や、弓、鉄砲だけは、立派なやつを持っている。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
爺さんはもう長い間木工場の手伝人夫をして、何処どこには何があるとか、何号の小舎こやにはけやきの板が何枚あるとか、職工達の誰よりもくはしかつた。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
と見ればあと小舎こやの前で、昇が磬折けいせつという風に腰をかがめて、其処に鵠立たたずんでいた洋装紳士のせなかに向ッてしきりに礼拝していた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
小舎こやかへつてからもなほ、大聲おほごゑきながら「おつかあ、おいらはなんで、あのがんのやうにべねえだ。おいらにもあんないいはねをつけてくんろよ」
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
水車すいしゃは、「カタン—コトン、カタン—コトン、カタン—コトン。」とまわっていました。小舎こやなかには、二十にんこなひきおとこが、うすってました。
乾草の堆や小舎こやなどある畑の側の広場に立って、淋しい月あかりの海を見て立ちました。舟がかりをしている漁師の船窓にはあかりがこもっていました。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
馬の家の南に荒れたはたがあって、そこにたるきの三四本しかない小舎こやがあった。陶はよろこんでそこにおって、毎日北の庭へきて馬のために菊の手入れをした。
黄英 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その時に、私達はそれをどう云ふ風に扱つたらいいだらう? 私達は其の牝牛共を囲ゐや小舎こやの中に入れて、手の届く処におく、蟻も時としては木虱にさうする。
小舎こやにはいって行くと、兎どもは、腕白小僧式わんぱくこぞうしきに、耳の帽子を深くかぶり、鼻を仰向あおむけ、太鼓でもたたくように前足を突き出し、がさがさ彼のまわりにたかって来る。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
次に貧婦の小舎こやたたくと、歓び入れてあるたけの飲食おんじきを施し、藁の床に臥さしめ、己は土上に坐し終夜眠らず、襦袢を作って与え、朝食せしめて村外れまで送った。
途中にあるグース・ポンドにはジャコウネズミの集団がすまい、かれらの小舎こやを氷のうえ高く張っていたが、わたしが通りすぎたときには一匹も外に出ていなかった。
欣之介は、自分の農園の中央部に小さな洋風の小舎こやを建てて、そこでたつた一人で寝起してゐた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
正面に象の小舎こやがあり、左手に茶店ちゃみせがあり、右手の岡の上にライオンや虎や豹のいる所がある。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
「うんにゃ、お日様にひどく照りつけられたせいだよ。小舎こやで休んだらええかも知んねえ」
麦畑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
公園に着いた我々は、立派な樹木が並ぶ広い並木路を通って行ったが、道の両側には小さな一時的の小舎こや或は店があって、売物の磁器、漆器其他の日本国産品を陳列している。
でなければ鮮人の小舎こやのように見ぐるしく、またバラックの網納屋のようである。それらの家屋チセも絵葉書なぞで見る北海道アイヌの伝統的家屋チセとはほとんど趣を異にしている。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
筋肉にくの固く引きしまってることといったら、まったく吃驚びっくりするくらいで、鼻面が——針のように尖ってるのだよ!』そう言って二人を、非常に瀟洒しょうしゃな小さい小舎こやへと案内したが
「はっ」小舎こやを開けると、吏員は、何か狼狽した顔つきで、息をたかめていうのだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
オリットの小舎こやに着いた、私が恐い、怖ろしいおもいをしながらも、もう一遍後髪を引かれて見たいとおもった小舎の前の深潭しんたんは、浅瀬に変って、水の色も、いやに白っちゃけてしまった。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
行つても/\知らん地方ところだ。低地ひくちが高台になつて瀬の早い川が逶迤うね/\と通つてゐる処もあつた。烟突けむだしも無い小舎こやや木の枝を編むでこしらへた納屋があとになつて、立派な邸や石造せきざうの建物が見える。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
一体何者だろう? 俺のように年寄としとった母親があろうもしれぬが、さぞ夕暮ごとにいぶせき埴生はにゅう小舎こやの戸口にたたずみ、はるかの空をながめては、命の綱の掙人かせぎにんは戻らぬか、いとし我子の姿は見えぬかと
陵の供廻ともまわりどもの穹廬きゅうろがいくつか、あたりに組立てられ、無人の境が急ににぎやかになった。用意してきた酒食がさっそく小舎こやに運び入れられ、夜は珍しい歓笑の声が森の鳥獣を驚かせた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それから小舎こやに帰って寝ましたがね、いゝ晩なんです、すっかり晴れて庚申かうしんさんなども実にはっきり見えてるんです。あしたは霜がひどいぞ、砂利も悪くすると凍るぞって云ひながら、寝たんです。
化物丁場 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
年少組はバクスターを首領しゅりょうにして、ヴィクンヤなどを入れておく小舎こやを建てることにむちゅうになった、小舎はサクラ号から持ってきた板をもってつくり、屋根は松やにをった油布あぶらぬのをもっておおい
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
村はずれの小さな小舎こや、それがふたりの家でした。
家鴨の子は泣き泣き小舎こやの前に帰つて来た
都会と田園 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
きしかたくいをもて築きたる此小舎こや
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
鍛冶倉は眼へ血が入ったので、夢中になって、金蔵の首へかけた縄は放さずに小舎こやの外へ転がり出す。金蔵はそれに引っぱられて
ふゆになって、ゆきうえもると、にわとり小舎こやなかれられてしまいました。そしてそとることをゆるされませんでした。
ものぐさなきつね (新字新仮名) / 小川未明(著)
思ひあきらめて、ゆき子は、マアケットでカストリをビール壜に分けて貰つて小舎こやへ戻つた。富岡は炬燵につつぷしてうとうとしてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
赤錆あかさびたトタン張りの小舎こやが点在して色のさめた洗濯物やボロ蒲団ぶとんなど乾してあるのが哀れに目立つ戦災風景だつた。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
キチガイのようにれ狂い、さけぶアヤ子を、両腕にシッカリとかかえて、身体からだ中血だらけになって、やっとの思いで、小舎こやの処へ帰って来ました。
瓶詰地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
家鴨あひる天空そらがどうしてべませう。それども一生懸命いつしやうけんめいとびあがらうとしてんでみたが、どうしても駄目だめなのできだし、きながら小舎こやにかへりました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
広島県の者だと云うわかい木客の一人が、その時ふらふらとって外へ出て往った。一座の者は便所にでも往ったろうと思っていると、小舎こやの外の崖の方から
死んでいた狒狒 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
昇等三人の者は最後に坂下の植木屋へ立寄ッて、次第々々に見物して、とある小舎こやの前に立止ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
案内者は峠の小舎こやにたしかに泊れるといい、M君もとまってよさそうだったが、見わたす空に明日のよきさがしめすものは、露ないので、私はかえる方がよいと言い出した。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
其日は始終しじゅういてあるき、翌朝山の上の小舎こやにまだ寝て居ると、白は戸のくや否飛び込んで来て、蚊帳かやしにずうと頭をさし寄せた。かえりには、予め白をつないであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「では、可成り遠うございますな。私は河向うの或る小舎こやに寝泊りしておりますので」
幻想 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
欣之介は或日、——それは麦打のすんだ後で、農家の周囲まはりにはいたところ麦藁むぎわらが山のやうに積んである頃のことであつた——庄吉と二人で農園の一つのすみへ小さな小舎こやを一つ建てた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)